ep2.鬼のお宿の女将

■後神暦 2649年 / 春の月 / 空の日 am 05:00


――ヨウキョウ付近の森



「ハァ…ハァ………た、たぶんここだよな…」


ティスタニアと別れてから数時間。

蛍のような光が常に行く先を照らす森を歩き続け、ようやくそれらしい場所へ辿り着いた。



「でもコレって…”トリイ”、か…?」


本で読んだことがある。

ヨウキョウには神の類いを祀る場所にはこのような門を置くのだとか。

朱色の”ソレ”が規則的に並び、今まで道標にしていた光に替わりオレを導く。


初めは物珍しさから、くぐったトリイの数を数えながら歩いていた。

しかし、段々とそれも飽きてきたころ、石段を上がった先でようやく建物を見つけた。



「看板があるけど…店……なワケないか、こんなとこ誰もこないよな」


「誰もこないとは失礼じゃな」


背後からの声に驚き、反射的に振り向く。

そこには植物で編んだザルを持った深紅の瞳の少女が立っていた。

金糸のような髪から覗く二本の角、鬼人族きじんぞくと呼ばれる種族だ。


ヨウキョウでは一般的な服、キモノを纏った少女。

怪しまれないよう精一杯に笑顔を作って言葉を返す。



「ごめんね、随分と森の奥だったからさ。

ところでお嬢ちゃんはここの家の人かい?」


「はんっ! お嬢と呼ばれる歳でもないわ! ワエがここの女主人じゃ!!」


「…は?」


いやいやいや、どう見ても子供だろ。

あ、分かったぞ……アレだ、ごっこ遊び。

まぁいい、付き合ってやるか。


「それは失礼した。ところで女将殿、大女将はいらっしゃいますか?」


「…お前さん、莫迦にしておるじゃろ? もう一度言うぞ? ワエが主人。

ここにはワエ以外はおらんわ」


言われてみれば、確かにここは目の前の少女以外に人の気配がしない。

奥に見える建物からも無人の家が放つ独特の空気を感じる。



「あのさ…本当に一人なの? 他の人は?」


「当然! 此処にはワエしかおらんよ」


「嘘だろ…こんな小さな子を独りにするとか親はどんな神経してんだ…」


「あのなぁ…お前さん、勘違いしておらんか? 

ワエはこう見えて102歳、立派な大人じゃぞ?」


いやいやいや、嘘吐くならもう少しリアリティを持たせろよ…


「…のぅ、信じておらんじゃろ?」


ムスっとした顔で少女は建物の門の近くの木を真っ直ぐに拳で打ち抜く。

直後、地面が軽く揺れ、メキメキと音を立てて4~5mはある木がドスンと倒れた。

鬼人族は膂力に長けていると聞くが、子供にこんなことできるワケがない。


ちびっ子が大人で、パンチ一発で木をへし折るって冗談だろ…?


「え…本当に貴女が女主人…?」


「だから何度も言っておるじゃろ」


彼女は「もうよい」とため息を吐きながらオレの腕を引っ掴んで建物へ引きずった。

”引きずった”は比喩ではない、さっき見た通り、バカみたいに力が強い。

どんなに腕を掴む手を剥そうとしてもビクともしなかった。



「で、お前さんが此処で働く者じゃろう?」


「働く? いや、そんなこと言ってないけど?」


「匿って欲しいんじゃろ? だったら働くのは当然! 客人として養う余裕なぞワエにはない!!」


ヨウキョウ風の客室のような場所へ通され、いきなりお互いの話が食い違う。

それにしても「余裕がない」に随分と力が入っていたの気のせいだろう。



「お前さんは姐様に連れられて此処に来たのじゃろう?」


「姐様って白髪の?」


「そうじゃ、それ以外に誰がおる」


段々と噛み合ってきた。

つまりティスタニアはここで働いて生活基盤を整えろと言いたかったのか。

それにしても、彼女が姐様って……ティスタニアだって14~5くらいだろ?

どちらかと言えば「ティスちゃん」の方がしっくりくる。


しかし、こんな場所で何をすればいいんだ?


「えっと………」


「レンカク、陶芸家じゃ。家名はすまんが名乗りたくない」


「ありがとうございます、レンカクさん、アレクシスです。

オレも家名はできれば名乗りたくないのですが良いですか?」


「かまわんが……なんじゃ急にかしこまって。

レンで良い、言葉遣いもこそばゆいから戻せ」


雇い主になるワケだから丁寧に、と思ったけれどレンは砕けた性格のようだ。

家名は名乗りたがらないのも勝手ながら親近感が湧く。



「分かった。あのさ、ここでどんな仕事をするんだ?」


「ん? 見ての通り此処は宿、名は『ワスレナグサ』じゃ。

宿の仕事と言えば、客を迎え、もてなす、それ以外に何がある?」


「そうなんだ。ヨウキョウ式の宿を見るのは初めてだよ。

そっか、宿か…いいな!」


宿屋も客商売だ、悪くない。

でも、どうしても聞いておかないといけないことがある…



「レン、一つ確認させてほしいんだ。

実はオレ、無実の罪でアルコヴァンから逃げていてさ…

つまり逃亡犯扱いされている者ってことになるんだけど、そんな奴、雇っていいのか?」


「お前さんも言っていたが、無実なんじゃろ? 何より姐様からの頼みじゃ、異論などないよ」


彼女にとっては何気ないことなのかもしれなけど、さも当然と信じてくれたレンの態度はオレにとって救いだった。


母国でもこうであったなら、どれほど良かったことか。



「……ありがとう、レン。これからよろしく!!」


この辺境の宿『ワスレナグサ』で新たなスタートを切ろう。

聖女の血筋へのやかっかみが無いこの土地なら、きっとオレはやり直せる。



少しだけ涙ぐむオレに「貴方ならできる!」と、誰かがそう言った気がした。


【レンカク イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093079603147252

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