聖女の末裔は鬼のお宿の従業員 ~孤独を持て余した神はお節介~

きんくま

chap.1 春 ~ ワスレナグサへ

ep1.聖女の末裔は冤罪を被る

■後神暦 2649年 / 春の月 / 天の日 am 07:00


――他種族国家アルコヴァン 古都リム=パステル とある商店



「アレクシス、お前はクビだ」


久しぶりに店に顔を出した支配人オーナーに、ワケの分からないままにそう宣告された。



「あの…どうしてオレがクビなのでしょう…?」


だってそうだろう?

たまにしか店に来ないクセにいきなりクビって言われても意味が分からない。

納得する理由を出せってんだ。



「理由なら分かってるだろう?」


いや、全然?


「今更言い逃れができると思ってるのか?」


何から逃れると言うんだい?


この人は何を言ってるんだ。

危ない薬でもやって現実と妄想の区別がつかなくなったんじゃないか?



「心当たりがありません」


もちろんクビにされるようなことはしていない。

だってオレはこの仕事が大好きなんだから。

毎日遅れることなく店に来て、真面目に働いている。


自分好みの商品を多く入荷することはあるけれど、そんなものでクビになるなら即裁判で訴えてやる。



「はぁ…往生際が悪いな…これを見てもそう言うか?」


心底呆れた顔をした支配人オーナーが机に並べたのは店の帳簿。

それも改竄かいざんしたモノと本来あるべき帳簿の二つ。

確かにオレは会計も任されている、しかしこんなモノ見たこともない。


ここで言いがかりでクビにしようとかの次元の話ではないことに気づき焦る。

これは認められない、だってこんなの犯罪だろ。



「身に覚えがありません! そもそもオレがつけていた帳簿はこっちですよ!?」


当然、本来あるべき数字が記された帳簿を指さす。

それでも支配人オーナーの表情は依然固いまま。



「実際に店の金庫にある金は改竄された帳簿通りだ……横領だぞ?」


「あり得ません! オレは昨日確認もしましたよ!!」


その後も何を話しても信じてもらえなかった。

帳簿の付け合わせは二人以上でやっていることを言っても無駄だった。

何故なら…



「そのお前と一緒に確認をしていた、スコットからの告発だ。

お前に横領した半分を渡されたと金を返してきたよ、『罪悪感で使えなかった』と泣きながらな」


何それ、ふざけるな。スコットが罪悪感?

あの我儘に皮を被せたような豚野郎がそんなモン持つワケないだろうが。



「オレは横領なんてしていませんよ!! スコットの家でも調べてくださいよ!! 残りの金だって絶対あるはずですから!!」


「見苦しいぞ!! もう衛兵も呼んである!! 潔白だと言うならそこで訴えろ!!」


マジかよ…


こうしてオレは呆気なく捕まり牢へ入ることとなった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――拘留所 独房



狭くはないが薄暗い独房の壁にもたれて独房こんなとこにいる理由を考える。

と言っても答えは出ている、ハメられたんだ。

スコットは衛兵に連れられたオレに小声でこう言った。



――『聖女の末裔だが知らないが調子に乗った末路だな』



今まで聖女の血族であることを鼻にかけたことなんてない、むしろ逆だ。

聖女の血こんなものは厄介ごとしか生まない。


アレクシス=リュミエル、オレの名前である”リュミエル”は大昔、まだこの街が国の首都だった時代に魔物の大群から街を救った聖女のファミリーネームだ。



「くそが…っ!!」


この性で良い事なんてなかった!!


黒髪黒目で聖女の血筋の特徴を持たないオレは世間から見れば”偽物”。

父の色とも違うオレを産んだ母は不貞を疑われ苦労したそうだ。

同じ境遇だった曾祖父だけが理解者だったけどもういない。



「聖女なんて伝承だろ!? なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ!!」


昔を思い出していたら思わず部屋に反響するほどの大声が出て我に返る。


……やってしまった、騒げば看守に咎められる。

下手をすれば暴力だってあり得る、そう思い身構えたが、返ってきた言葉はオレが想像したどれとも違った。



――「聖女はいたよ」



女性の声、看守はこちらが委縮してしまうような筋骨隆々な男だったはず…

状況が飲み込めずにいるとギギギ、と錆びた蝶番の不快な音と共に独房の扉が開いた。



「こんばんは」


現れたのはこの国では割と多い種族、猫のような特徴をもつ猫人族びょうじんぞく

それもまだ成人前の女の子、顔は整っているのに口元だけの笑顔が不気味な印象だ。

混乱するこちらのことはお構いなしに少女は話し出す。



「アレクシスだよね? キミさ、たぶんこのままだと罪人になっちゃうよ」


「……知ってる、完全に手詰まりだよ。それで…あんたは誰?」


もうどうにでもなれ、と自棄を起こして少女に食ってかかった。

そんなオレを毛ほども気にせずに彼女は続ける。



「ねぇ、逃げたい? もし逃げるなら手を貸してあげるよ」


逃げる?

そんなことしたら、それこそ手配書が回るだろ…

いや、このままでも罪人になるから同じか…?



「逃げるとして、どこに逃げるんだよ?」


「ん~…そうだねぇ、隣国のヨウキョウ、もしくは船に乗って遠く…イゼルランドなんて良いんじゃないかな? 涼しくて良い国だよ」


何が面白いのかクスクスと嗤う少女の真意が読めない。

しかし、何故かここは彼女の申し出を受けろ、そう感じる。

まるで誰かに背中を押されたように次の言葉は自然と口から出た。



「分かった、逃げる。場所はヨウキョウだ」


「そう…ふふ、そう言うと思ったよ」


オレの返答に満足したように、今度は目元も笑顔になった少女に手を引かれ独房の扉を出た……と思ったが、そこは見知らぬ場所。


ここは…子供部屋? 魔法……か?


でもこんな魔法、聞いたこともない。

それに子供が使えるのは”水をちょっと出す”程度の生活魔法がいいとこだろ。


呆気にとられるオレを無視して少女は「ついて来て」と言う。


古い家を出て、星明りが照らす道を馬が牽かない不思議な荷車に乗って進む。

御者をする少女は先ほどと打って変わって喋らない。

こちらもどう切り出せば良いか逡巡しているうちに1時間ほど経っていた。



「さぁ、付き添いはここまで。

ここから森に入るといいよ。目的地はきっと分かるし、迷わないから」


夜中に灯りもなしに森を?

そう思ったが、今は信じるしかない。



「ありがとな。よく分からないし、何をしたか分からないけど、多分この辺がヨウキョウなんだろ?」


「ふふ、そうだよ。よく分かったね」


一瞬で国境付近まで移動した理由は知りたいけれど、きっと少女は答えないだろう。

でも一つだけ、どうしても知りたいことがある。



「なぁ、名前だけ教えてくれないか?」


「………ティスタニア」


そう言って少女は夜の星の光に溶けるように消えていった。



「ティスタニア、ありがとう」


もう誰もいない虚空へ向かって呟く。

風になびく真っ白な髪に銀灰の瞳…

掴みどころのない雲のような少女だった。



「さぁ、行くか…」


森を見据えたオレに「頑張って!」と、誰かがそう言った気がした。


【アレクシス イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093079554778451

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