【短編】幾つになっても君は、俺をからかう。

たいよさん

『けっこんしたい』


 おれ――ゆうとは、小学一年生のおとこのこ。

 でね、すきな人がいるの。

 ――そのおんなのこは、ひなちゃんってなまえなんだ。

 ようちえんもいっしょで、いっぱいあそんだの。

 そしたらね、うんが良かったから、同じクラスになれたんだー!


「ゆうとくん! かーえろ!」

「はーい! いまいくねー!」


 そして、おれとひなちゃんは、おうちも近くて、いつもいっしょに帰るくらい仲良しなんだ。

 まあ、おれは"好き"なんだけどね。


「おにごっこたのしかったねゆうとくん!」

「ね! ひなちゃん、はやかったなー!」


 歩きながら、おれとひなちゃんはそんなことを話してる。 

 ――やっぱり、ひなちゃんと話すのがいちばん楽しいなー。

 ひなちゃんと帰る時はいつもそうやって考えるんだけど、そのたびにおれの気持ちが"ばーん"って、ばくはつしそうになっちゃうんだ。


 ――だから、ひなちゃんに「けっこんしようね」って言うことにきめたよ。


「ねーねー、ひなちゃん」

「んー?」


 やっぱり、ひなちゃんの顔はかわいい。

 あと"せいかく"も好きだし、色んなとこがすき。

 ぜんぶぜんぶすき。


 いまから言うから、ちゃんときいてね。ひなちゃん。


「――けっこんしたい!」


 ふう。こんなおれでも、さすがにちょっとドキドキしたよ。

 でもちゃんと言えたから、ひなちゃんにも、ちゃんと届いてくれてたらいいな。


「……ぷ」


 ――すると、おれのことばをきいたひなちゃんは、なぜかわらってた。


 ◇◇◇◇◇


 中学生になった俺は、今でも妃奈ひなの事が好きだ。

 中学生ともなれば、胸の膨らみや体の変化などが少しずつ出てきて、大まかな体の形成が成される時期だ。

 妃奈もその通り、大きいとは言えないが胸の膨らみも出てきて、より一層女の子らしくなっていた。

 ……って、どんなとこ見てるんだよ、キモイな俺。

 ――でも、妃奈が女の子らしくなったせいで、もっと好きになった。

 

 そして、義務教育的な関係で中学校も一緒で、クラスも同じだった。

 

 でも、一緒に帰る回数はどんどん少なくなった。

 中学生だから、思春期で恥ずかしいのかなーって思うけど、それは俺も一緒だから、生意気な事は言えないな。

 周りの目がちょっと恥ずかしいけど、本当は一緒に帰りたいし、好きだから少し寂しい。

 まあ、"寂しい"なんて本人には絶対言えないけどね。

 でも、一緒に帰りたい。

 ――返事聞けてないし。


「優斗! 日直日誌書き終わったから帰ろ!」

「あ、うん。いこいこ」


 こうしてたまに帰れる日は、本当に嬉しい。

 周りに「付き合ってるんじゃない?」とか冷やかされるのも、実は少し嬉しいんだ。

 妃奈はそうでも無いのかもしれないけど、俺は妃奈が大好きだから……って、こんなことも本人には絶対に言えないね。

 小学生の頃から変わらない気持ちだ。

 それでも、小学一年生以来、気持ちを伝えてない。

 妃奈はもう、俺の気持ち……忘れちゃったかな。 


 ――こうして、たまに帰る日でも、決まって言ってくることがあった。


「優斗が『けっこんしたい』とか言ってきたの、本当びっくりしたんだけど! 今でも笑っちゃう!」


 小学生の頃に告白したことを、妃奈はこうしてバカにしてくる。

 ――おれは今でも好きなのに。

 しかも、返事だって聞いてないし。

 まあ、可愛いから許しちゃうんだけどね。


 ――ちょっと、悲しくなっちゃうけど。


 ◇◇◇◇◇


 高校生になっても、俺の妃奈への気持ちは変わらなかった。

 それは――妃奈と高校も一緒だったからだ。

 中学生の頃のような雰囲気とはガラリと変わり、オシャレをしたり、メイクをしたり、スカートを短くしたり。

 無造作に作られていたポニーテールも、今では丁寧で、触覚なんてのも忘れずに作られている。

 俗に言う、"垢抜け"というやつを、妃奈はしていた。

 ――そのせいで、もっともっと好きになった。

 

「じゃあね優斗!」

「おう。部活頑張れよ」

「うん! ありがとー!」

「はいよ」


 クラスは、別々になってしまった。

 まあさすがに、小中高で同じクラスなんて奇跡は起きないよな。

 とはいえ、妃奈はこうして、俺のクラスまで来てくれる。

 言い換えれば、今でも「じゃあね」と言い合う程には仲良しなのだ。

 まあ、妃奈は"幼なじみ"としか思っていないんだろうけど……。

 

 ――部活も勉強も忙しくなった高校では、一緒に帰ることが殆ど出来なくなった。

 お互いに別々の友達も出来て、遊ぶことも少なくなった。

 今でも妃奈が大好きな俺からすれば、寂しくてしょうがない。

 ――未だに、返事も聞いていないし。


 ある日のこと、妃奈の部活がオフの日らしいので、一緒に帰ることになった。


「なんか、久しぶりな感覚だね」

「んね。妃奈も部活忙しそうだもんな」

「そうそう。顧問が厳しくてさー」


 夕焼けに照らされながら、俺たちはそんな会話を交わす。

 一緒に帰る頻度が「たまに」になっても、妃奈と話してるのが一番面白いのは、それ程に俺が妃奈のことを好きだからだ。

 ――そして、妃奈は「たまに」の頻度になっても、未だに言ってくることがある。


「てか、『けっこんしたい』とか本当ウケるんだけど。ストレートすぎない? 普通最初って『すきだよ』とかだと思ってた」


 返事も聞かせてくれないまま、妃奈はまだバカにしてくる。


「……うるせ。思い出すなよ」


 でも、俺も「返事を聞かせて」とは言えなかった。

 

 ――こうしてバカにしてくるという事は、聞きたくない結末が待っているに違いないから。

 

 怖くて、辛くて、逃げたくて、聞けなかった。

 自分の気持ちに妥協して、現実を見れなかった。

 

 ……情けないな、俺。


 ◇◇◇◇◇


 俺は、大学生になった。

 さすがに忘れられるかなーとか思ってたが、予想以上に妃奈の存在は大きくて、今でもしっかりと心を掴まれている。

 良く言えば一途、悪く言えば……考えたくないな。


「優斗、単位取れそう?」

「まあ。割と楽単ばっかりだったから大丈夫そう」


 ――ちなみに、俺たちは大学も一緒だった。

 学びたい専攻がたまたま同じで、その流れで一緒のキャンパスに足を運んでいる。

 何というか、ここまで来れば運命とも感じるのだが、それは恋心から来る俺の一方的な想いなのだろう。


「んー、美味しい……」

「妃奈、毎回それ食べるよな」

「だって美味しいんだもん。本当に」


 仲の良さも、共に学食をとる程には健在だ。

 大学生ともなれば、自分も、周りも、精神年齢が必然的に上がる為、女子と二人で居ることに変な噂は立ったりしない。

 ……俺からすれば、ちょっと悲しいけどな。

 まあ、妃奈とこうして居れるだけで幸せだし、欲張らずに今の幸せを堪能出来ればいいか。


 というか、本当に大人びた雰囲気になったな。

 黒だった髪色も、大学生になった今ではミルクティー色に変わっていて、ポニーテールだったのも、セミロングに変わっている。

 まあ、俺も俺で、茶髪に染めたり、ピアスを開けたりしているのだが。

 ――もっと、ずっと好きになった。


「てか、妃奈は彼氏作らないのか?」


 ……俺も男だ。このくらいは聞かせてくれ。

 叶わない恋だろうが、好きな女の子の恋愛事情は、喉から手が出るほどに気になる。


「うん。作らないっていうか――んーん、何でもない」


 ふう、良かった良かった。

 なんか言いよどんでたけど、彼氏が居ないなら何でもいいか。

 まあ、これから妃奈にどんな彼氏が出来ても応援するけど、妃奈に恋してる俺からすれば、居ないことが一番いいしな。

 ……なんて無駄なことを考えて、俺はまた悲しくなった。


「優斗は、彼女作らないの?」


 不意に、妃奈から質問が飛んできた。

 

 ……いやいや、あなたが好きなんです。

 今でもずっと、小学生の頃からずーっと。

 そのつぶらな瞳と、綺麗な黒髪と、整った顔と、優しすぎる性格と、包容力のある言葉と、大人びた雰囲気と、たまに見せる無邪気さと。

 まだまだ挙げられるけど、キリがないからここでやめておく。

 ……って、本当にストーカーみたいだな俺って。

 ――けど、それくらい好きなんだよ。

 そんなことを、伝えられる訳も無かった。


「――俺はなー、うん。作らないだけだよ」


 見苦しい言い訳だ。

 まるで勘違いしてる男じゃないか。

 ――目の前に、大好きな女の子がいるのにさ。

 

 あれから時は経ち、最後のコマに入れていた講義も終わった。


「あー疲れたー! 教育学概論、難しすぎて死ぬんだけど!?」

「そうだな。てか、電車もうすぐじゃん」

「え……って、もう疲れたから走りたくないし、一本後の電車で帰ろーよ」

「そうするか。妃奈は疲れるの嫌いだもんな」


 大学になっても、俺たちはこうして一緒に帰る程に仲良しだ。

 意外にも、大学は自分で時間割を決められるので、高校よりも一緒に帰れる回数が多くなった。

 

 ――故に、俺の心のもどかしさ、というか切なさも、その分多くなっている。


 次の電車が来るまでの空き時間、俺と妃奈は海沿いへと向かった。


「綺麗だね、夕日」


 海沿いのベンチに座り、水平線に沈んでいく夕日を見ながら、妃奈はポツンと呟く。

 その横顔を見ていると――やっぱり、可愛くて。

 

 ――もう、ずっとこの気持ちのままなのか……


 妃奈の横顔を見ていると、そんな気持ちになった。

 幼稚園から一緒で、親を除いて一番近くで成長を見てきた自信がある。

 そして――想う時間も、一番長い自信がある。

 なのに、なのに。

 あの時から、小学一年生以来から、ビビってずっと伝えられない。

 ――そんな自分に、情けなくなった。


 すると、俺の視線に気付いたのか、妃奈はこっちを向いて、無邪気な微笑みを浮かべた。


「――なんかその顔、小学生の時に『けっこんしたい』って言ってきた時の顔みたいだよ?」

 

 妃奈はいつでも変わらない。

 無邪気に微笑みながら言ってくる所も、内容も、言葉遣いも、――返事が無い所も。

 結局、大学生になってもこうして言ってくるんだな。


「……うるせ」

  

 ――でも、そんな妃奈の言葉が、俺の気持ちの着火剤になったのも確かで。

 

 ずっと変わらない妃奈に対して、どんどんと悲観的になっていく自分が、本当に情けなくなった。 

 そんなずるい笑顔を向けられたら、言わなきゃ気が済まない。言いたくて仕方がない。

 ……小学生ぶりの緊張だ。でも――


 ――俺、言うから。今度はちゃんと返事を聞かせてくれよ、妃奈。


「――あのさ、俺、妃奈が好きだ。誰よりも、何よりも大好きだ。だから、もう一回言わせてくれ。――"けっこんしよう"って」


 夕日が沈む水平線よりも、真っ直ぐで素直な想いを、俺は妃奈に伝えた。


 ◇◇◇◇◇


 あれから時は経ち、大人になった。


優菜ゆうなー! 宿題やったのー?」

「やってなーい!」

「ゲームする前にやりなさい!」


 仕事から帰り、玄関を開けるとそんな会話が聞こえてきた。


「あ、おかえり! お風呂沸いてるよ」

「おう、ただいま。ありがとね」


 家族を持ち、可愛い妻が玄関に迎えに来てくれる日々。

 なんとも幸せだ。

 すると、二階から娘が階段を駆け下りてきた。

 

「あ、パパ! おかえりー!」

「ただいま優菜。宿題やったか?」

「んーん! 今からやる!」

「そうか、偉いね」


 クライアントに追われ、部長には怒られ、満員電車に揺られて。

 それでも、娘の笑顔を見れば一瞬で疲れは吹き飛んだ。

 頑張って良かったと思える瞬間の一つだ。

 

 スーツをハンガーに掛け、リビングに置かれたソファへと、俺は腰を下ろす。

 妻はキッチンで料理を作っており、娘はテーブルで宿題をしていた。


「あ、今日の宿題はママパパインタビューだ!」


 そう言うと、娘は妻の方へと行き、手を繋いで二人で俺の元へとやってきた。


「どーした?」

「ん、今日の宿題! ママとパパにインタビューするから答えて!」

「そ、そうか」


 娘は、A4サイズの紙を見ながら、用意されたインタビューを聞いてくる。

 仕事のこと、普段の生活のこと、家族の思い出のこと、ママの好きな料理のこと。

 ……パパの好きな所が無いのは何で?

 なんか悔しいけど、まあいいや。

 

 そして、最後の質問になったのか、娘は何やら嬉しそうな顔で聞いてきた。


「――ママとパパは、どっちからプロポーズしたのー?」


 ……本当に、学校の先生は答えにくい質問を用意するな。

 というか、そんな事を娘に答えるのは、恥ずかしいったらありゃしない。

 ――すると、隣に座っていた妻が、嬉しそうに口を開いた。


「パパだね。――小学校の頃から『けっこんしたい』ってプロポーズしてくれたんだよ? ママはそれが嬉しくて、一緒に帰る度にからかってたなあ。なのにね、パパは全然私の気持ちに気付いてくれなかったの。今ではいい思い出だけどね」

「……うるせ」


 大人になった今でも、こうして子供の前でからかわれている。

 夕飯の時も、お出かけした時も、いつもだ。

 ――妃奈の顔には、あの頃のような、無邪気な笑顔が浮かんでいた。 

 

――――――――


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