恋は嘘で編む
割箸ひよこ
スカートを揺らす春
第1話
作家は、自分の経験したことしか書けないらしい。
それならSFは? ファンタジーは?
殺人事件を解決するミステリーは?
全部経験した人が書いているの?
私はそんな風には思わない。
「できた」
マウスホイールをくるくる回しながら、完成した小説を読み直す。
誤字、なし。脱字、なし。展開に変なところだって、きっとない。
「はぁ。よし」
私は深く息を吐いて、マウスを握る。
右上に表示されている青い「公開」ボタンに、おそるおそるカーソルを合わせて……。
「……えいっ!」
私が「公開」を押すと、「エピソードを公開しました!」という文字と、この小説の文字数が画面に表示された。
「くうぅ〜〜〜〜」
遂に、遂にだ。
小説を初めて投稿しちゃったよ……!
文字数は3252字。主人公の女の子園田恵が、同じ高校に通うイケメン、戸田晴翔に恋をする物語となっている。いわゆる恋愛小説だ。ジャンルはラブコメにした。
物語を考えて、実際に書いて、いろいろ手直しをして実に一ヶ月。長いようで、短かった。
達成感と高揚感で胸いっぱいで、気持ちが熱く高ぶっている。私は私の夢へとまた一つ近づけた、そんな気がした。
「あ! もうこんな時間か。寝なくちゃー」
気づくともう23時。部屋の電気の紐をカチカチと二回引っ張って、常夜灯に切り替える。眠れそうにはないのだけれど、明日からは新学期、私もいよいよ高校三年生だ。新学期早々遅刻なんて絶対にできない。
私はベッドに横たわって、布団を頭まで被った。ふわふわした達成感に浸りながら、物語を作っていた日々を思い出す。
小説を書こうと思ったきっかけは高校二年生の冬、つい二ヶ月前のことだ。
私はラブコメが好きで、王道からマイナーなものまで、媒体も漫画やアニメ《二次元》からドラマ《三次元》まで、とにかくたくさん触れてきた。対照的に、小説はこれまでほとんど読んだことがなかった。
そんなある日のこと。面白そうなラブコメを見つけに本屋さんをふらふら歩いていると、たまたま一冊の小説が目に入った。
その表紙の女の子が可愛くて、なんとなく手に取ってそれをぱらぱらとめくってみた。
衝撃だった。
――小説は初めて読んだわけじゃない。
中学校のころ、朝読書の時間で強制的に読まされたことはあったし、それこそ今、現代文の授業でも読んでいる。
それでも、これまで読んできた全ての小説は小説じゃないんじゃないかってくらい、すごかった。
どうすごいかはうまく表現できないけれど、とにかくすごかった。
正直、小説は文字による説明しかないから、同じ本の漫画よりもつまらないと勝手に思い込んでいた。ページも漫画より多いし、何が面白くて読んでいるのか理解できなくて、完全下位互換とすら思っていた。
けれど、本当は全くの逆で、小説の面白さは文字による説明しかないところにあった。
漫画にも、アニメにも、ドラマにもない、小説だけが持つ力。
想像させる力だ。
場所、天気、においや肌触り。恋愛小説なら特に、登場人物の仕草、表情、声の色、ドキドキや心のうちでさえも。読み進めていくと、物語の世界が私の頭の中に勝手に作られていくような――。
そんな、小説を読むことでしか感じることのできない感覚が、私の頭を吹き抜けていった。
「ば、馬鹿にしててごめんなさい!!」
私はその場で小説家のみなさんに渾身の謝罪をしたことを覚えている。同時に、強くあこがれた。
どうしたらこれだけ素敵な文章を書けるのだろうかと。
私もそんな、読むと勝手に世界ができてしまうような、読んだ人が恋焦がれるような恋愛小説を書いてみたい。
そして、私みたいな小説に魅力を感じない人たちを、小説の力だけで見返すような小説家になりたい。
私は気づけばその恋愛小説と、小説の書きかたガイドを一緒に買っていた。
そうして今日、ついに私は初めて小説を書き上げたのだ。
「ん……」
「んん……」
「ん〜〜〜〜」
寝れない!
すごく、胸がドキドキしている。
もしかしたら誰かが私の小説を応援してくれていたり、私の小説をフォローしてくれていたり、星をつけてくれていたり、はたまたコメントをつけてくれているかもしれない。そう思うと、ドキドキで眠ることなんてできそうになかった。
通知、来てないかな。
私はベッドの隣にあるスマホへと手を伸ばそうとする。
「ダメダメ! 明日の朝のお楽しみにしないと」
私は伸ばした手を降ろして、スマホに背を向けるように寝返った。
明日になったら通知がいっぱい来てますように。
――
―
ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
「んあっ……」
私はスマホのタイマーで目が覚める。お日さまの光がカーテンのすき間から差し込んでいて、眩しい。新学期早々晴れなのは気持ちがいいな。
「じゃなくて!」
昨日あげた小説の反応見ないと!
私はスマホのうるさい目覚ましをスパンと止めて、小説投稿アプリを開く。
「あ…………」
私はスマホを落とした。スマホはベッドの上で跳ねて、もう一度私に現実を見せつけた。
通知の上に書かれたベルには、通知を知らせる赤いマークがついていない。
つまり、私の小説は――。
「だ、誰にも反応してもらえて……ない」
私はがっくりと肩を落とした。
「そんな」
「そんなあ……」
自分の中ではかなり頑張ったつもりだった。ガイドを数学の教科書よりも読み込んで、小説の書きかたをネットでも検索して、それ通りにプロットを書いて、アイディアを練って、キャラクターもしっかり考えた。5W1Hだって、意識した。
それなのに。
応援も、フォローも、星も、コメントも、一つも貰えないなんて……。
「つもりは、つもりか……」
ベッドに倒れこむ。
私はふと本棚にある、あの恋愛小説と小説の書きかたガイドを見やる。どっちも何度も何度も読み込まれていて、背表紙の端から少しくたびれていた。私は溜息を深くこぼす。
どうやら作家は、自分の経験したことしか書けないらしい。
「やっぱり、私には無理、なのかなあっ……」
私はこの人生で、一度も恋をしたことがない。
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