第14話

 俺が気さくに片手をあげて挨拶をすると、聖女たちは何やらきょとんとしていた。

 アクリルを見ると、額に片手をあてていて、大聖女とアレクシアはくすくすと楽しそうに笑っていた。


「まあ、彼は平民の出身だから細かい礼儀はないわ。でも……ここにいる誰よりも強いわよ? ね、アクリル」


 大聖女はふざけた調子ながらも、周囲の教会騎士たちに対してはっきりと言ってみせた。

 あんまり、余計なことを言わないで欲しいんだが。

 大聖女の牽制するような言葉に、何人かの騎士たちがぴくりと眉尻をあげている。

 アクリルはため息を吐きながらも、こくりと頷いた。


「大聖女様の発言に嘘はありません。昨日、模擬戦を行い、私は敗北しましたので」


 アクリルがそういうと、どよめきが周囲に広がった。

 皆が驚いたように俺を見てきていて、アクリルが評価されているのが窺えるな。

 ただ少し、言い方が気になったので俺が訂正する。


「昨日はあくまで軽くやりあっただけで、お互い本気でやったわけじゃないからな。そこは誤解しないように」


 アクリルが俺の評価をあげるためにそう言ってくれたのは分かっているので、俺としてもアクリルが馬鹿にされないように訂正しておく。

 大聖女は俺の意図も分かってくれたようで、小さく頷いた。


「そうね。アクリルはちょっと過剰に報告をしたけれど、そういうことよ。実力に関しては申し分ないわ。ちょっとばかり、性格に難ありだけど」

「性格に難ありなら、クビにしてくれてもいいんだけど」

「だ、そうよアレクシア?」

「クビにはしませんよー」


 あー、はい。そうですよねー。

 大聖女とアレクシアが仲良さそうに話していて、俺に逃げ道がないことはわかった。

 まあ俺も、ほどほどに頑張る、くらいで聖騎士を続けるつもりなのでいいんだけど。

 和やかに話している俺たちをみて、俺に対しては教会騎士たちが、アレクシアに対しては聖女たちの嫉妬のような鋭い視線を向けている。

 ……俺たち、結構立場的に敵が多そうだな。


「そういうことで、新しい聖騎士が決まったわ。顔を見られたくないそうなので、基本この格好にはなるけれどそれも私が許可しているわ。そういうわけだから、皆。仲良くしてあげてね」


 大聖女がそういうと、パチパチと拍手がされる。聖女たちはともかく、教会騎士たちは露骨に不満そうな顔の人が多い。

 まあ、これまで頑張って聖騎士を目指していたやつもいるわけで、ぽっと出のよく分からん男にその一つの座を取られてしまったんだから気に食わない部分もあるだろう。


 まあ、俺にはどうでもいいことだ。

 自己紹介が終わると、俺たちは解散となった。




 朝礼も無事終わり、俺とアレクシアは教会内を歩いていた。


「この後はどうするんだ? 昼寝でもするか?」


 朝から活動していたし、そろそろ一休みしても文句は言われないだろう。


「私としてもお休みしたいところなのですが、日々何かしらの仕事があるんですよね。依頼が届いていますので、そちらへ確認に行きましょう」


 アレクシアがそう言って歩きだす。俺も彼女の隣に並んで歩いて行く。

 アレクシアについていき、ある部屋へと入る。

 決して大きくはないが、小さいということもない部屋だ。

 テーブルと椅子。来客者の対応用なのか、テーブルを挟んでソファが二つ、並んでいる。

 

 奥のテーブル近くには白い鎧を身につけた教会騎士がすでに待機していて、俺たちに気づくとすっと頭を下げてくる。


 髪の質や衣服の綺麗さから、おそらくは貴族出身なんだろうことは窺える。

 だからか、俺に向けられた視線は力強くもあった。

 アレクシアが奥の席へと向かい、くるりと振り返る。


「ここはアレクシアの部屋か?」

「はい。仕事用の、ですね・毎朝、こちらで本日の仕事について聞くことになります。今日は何かありますか?」

「はい。聖女様には、魔物の討伐、迷宮の封印、結界の確認を行って欲しいとのことです」


 そういって、教会騎士が数枚の紙をアレクシアに差し出す。

 それを受け取ったアレクシアがこくりと頷くと、椅子に腰掛けながらペラペラと紙を捲る。


「少し多いですが……分かりました。本日中に対応しておきます」

「よろしくお願いします」


 教会騎士はぺこりと頭を下げてから、俺の方をちらと睨んで外へと出ていった。

 そんなに敵意剥き出しで来られたからといって、聖騎士の立場が入れ替わるわけでもないだろうに。


 その様子を見ていたアレクシアが、からかうような調子で口を開いた。


「嫌われたみたいですね」

「俺何もしてないのにな」

「私の聖騎士になりましたね」

「それで友人できなくなるならやめようかな……」

「いいじゃないですか。私という最高の聖女がいるんですよ?」


 わざとらしくウインクしてきたアレクシアを、俺は鼻で笑っておいた。


「さっきの挨拶の時も思ったが、そんなに嫌われるのか?」

「まあ、私って優秀じゃないですか?」

「強引な姿しか見てないからなんとも言えんが……まあ、周りの聖女からは嫉妬されてるみたいだったなおまえも」


 聖騎士を準備したから、というよりは大聖女と仲が良くて、という感じではあったが。


「次の大聖女候補の中でも一番手ですからね、私。だから、そんな人の聖騎士になりたい人もいるわけです。なったら、それはもう将来安泰じゃないですか?」

「でもおまえは大聖女になる気はないんだろ?」

「はい。聖女くらいでちょうどいいんです。これ以上……周りの顔色窺って生活するなんて嫌ですし、何より忙しくなりますしね」


 周りの顔色、か。

 アレクシアが特に気にしているのはその部分のようだ。


「つまりまあ、アレクシアと違って皆は仕事熱心ってことか」

「それにほら、私可愛いですからねぇ。教会騎士の人たちも私を狙っているようなんですよ」

「聖女に可愛さって関係あるか?」

「一緒にいるなら、可愛い子の方が良くないですか?」

「まあ、可愛いとは思うが」

「ふふ、そうでしょう? スチルとしても気になるお年頃ですか?」


 こちらにやってきた彼女はうりうりと肘でつついてくる。面倒臭いな。

 アレクシアの攻撃を払いながら、ソファに座り、足を組む。


「あくまで、世間一般的な感覚での話だ。でも、さっき聖女たちを見てきたが、皆可愛いかったと思うが。そこまでアレクシアに拘る必要もないだろ?」


 俺が冗談のつもりで返すと、アレクシアは頬を僅かに膨らませながら、俺の隣に座り睨んでくる。

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