第9話
「……それはどうだろうな? あの強盗だけで判断したのなら、たまたまかもしれないぞ?」
「いえ、そんなことはありません。……私は、あなたの力を信じています。ですので! 私とともに、自堕落生活を送りませんか?」
すっと、こちらに手を差し出してくる。
提案だけ聞いたら、完全に堕落に誘う悪いやつだが……魅力があるのは確かだ。
さすが、ラスボスだ。怪しい道に人を誘うのは得意なようだな。
「……強い聖騎士がいたら、もっと野望とかあってもいいんじゃないか?」
「そんなことは常人の考えることです。私自身、かなり優秀な聖女です。巷では、最強聖女、と呼ばれているほどでして、そんな聖女と聖騎士が手を組んで、さっさと仕事を終わらせればサボり放題では……? というわけです。完璧な作戦ではありませんか?」
こいつ……どんなところに思考の労力を割いているんだ。
……アレクシアの語る内容は、本心なのだろうか?
もしかして、俺の知っているラスボスのアレクシアと、このぐーたら聖女様は別人なのか?
いや、でも……PVに映っていたアレクシアと同じ顔だ。
……まだ、ラスボスになる前のアレクシア、とか?
「あんまり圧倒的な力は見せないほうがいいぞ? 妬みややっかみの対象になるだけだ」
「それはすでに経験しております。力、のほうではもちろん容姿に関しては、あまりにも魅力的すぎるようでよく嫉妬にさらされますね」
「……いい性格してるな」
自分の美貌を理解して、謙遜するわけではないようだ。
ウインクしてきたアレクシア様にため息をついていると、誘うように手を差し出してきた。
「そういうわけでして、勤務に関しては明日から開始でよろしいですよね?」
「何採用した気になってるんだ?」
「え? ……申し訳ございません。退職に関しては、こちらの都合がありますので……後継者が見つかるまでは辞められませんよ?」
「勝手に話を進めるな。こっちは聖騎士になるつもりはないんだよ」
「それでは、こういうのはどうでしょうか? 呼び方を変えましょう。私の同行者とか……どうですか?」
「仕事内容は?」
「聖騎士同様のものになりますね」
「おまえ、アホか。下請けをパートナーに言い換えるくらい意味ないからな? 聖騎士の仕事内容に文句をつけているわけじゃないんだよ俺は」
「では、何に文句があるのでしょうか? あなたは、先ほどからそれに関して意図的に発言を避けていますね?」
……気づいていたか。
あまり感情を表に出してはいなかったが、さすがの観察力か。
アレクシアがじっとこちらを見てきて、ここで逃亡してもまたあとで追いかけまわされる羽目になると思った俺は……正直に話してしまおうと思った。
「……聖騎士カインの話は知っているか?」
「ええ、知っていますよ。今から千五百年年ほど前にいた歴代最強の聖騎士ですね。圧倒的な実力は、邪神やその手下の魔族たちも一撃で仕留めたほどだと……歴史の授業で学びました」
「あいつの最後は知っているか?」
「人々を救うために、千を超える魔族たちとの戦いで、命を落とした……と聞いています」
……だから、教会は信用ならないんだよ。
魔族たちに行っていた人体実験のことはもみ消され、俺は魔族と戦った英雄として……死んだことになっていた。
まあ、人々にとって邪神を滅ぼした『英雄カイン』の偶像は残しておきたかったんだろう。
聖騎士や聖女が嫌、というよりはそういうことを平気で行う教会という組織が信じられなかった。
……アレクシアが、マジでラスボスなら余計にな。
ただ、カインの真実を知っているのは俺だけだ。アレクシアにここで事実を伝えるわけにはいかない。
「それが、どうしたのですか?」
長い沈黙が影響し、アレクシアに再度問いかけられる。
「いざってときには、命をかけて戦う必要もあるんだろ? そんな面倒な仕事はしたくないんだ。おい、もう腕離せ」
これで、話は終わったと思うのだが、彼女は未だに俺の腕をつかんで離さない。
「命をかける必要なんてありませんよ。いざというときは逃げてくれればいいですから。はい、これで問題ありませんね」
「いやいや、さすがにそういうわけには行かないだろ?」
「大丈夫です。とりあえず、試用期間ということにしておきます。そうすれば、万が一の場合も問題ありませんから」
「おいこら、何勝手に話を進めてんだ。そんなの教会が認めないだろ」
「私が認めさせますから、安心してください。お願いします。私ののんびり自堕落だらだらぐーたらスローライフのために……あなたの力を貸してはいただけませんか? とりあえず、試用期間、お試しということでもいいので!」
さっきより怠け度が増してるじゃねぇか。
「試用期間ねぇ……それでも、嫌だといったら?」
「今日は諦めます」
「明日は?」
「明日は明日の風が吹きます」
吹かねぇよ。
アレクシアは俺の腕を掴んで離さない。
ここで断ったところで、アレクシアは恐らく再び俺を追いかけまわしてくるだろう。
聖女として忙しいとは思うので、さすがに24時間ずっとということはなくても、それでもどこに逃げても追ってくるかのような執念を感じる。
嫌すぎるだろこのラスボス。
……腹をくくるべきだろうか?
アレクシアの能力が高いのは、こうして対面しているだけで分かる。
これまでに出会ってきた誰よりも、アレクシアは強い。
ラスボス、のはずなんだからそりゃあアレクシアが強いのは当然だ。
聖騎士という職業自体は……ぶっちゃけ美味しい。
俺は今までどおり執事のような仕事をしているだけで、聖騎士としての給料が手に入り、さらに衣食住も与えられる。
そう考えれば、悪くない仕事だ。
聖騎士として、ちょろっと金を稼いでおいて、嫌になったらやめる。
……こうなれば生活基盤も整えられるな。
問題があるとすれば、目立つこと。
聖騎士は良い意味でも悪い意味でも人目につく。聖女の隣に常にいるため、市民たちにも知れ渡ることになるだろう。
それは嫌だ。
聖騎士でそこそこ稼いで転職するためには、俺の顔まではバレてはいけない。
「……そっちがそれだけ無茶を言うなら、こっちも提案させてもらっていいか?」
「なんでしょうか? 善処しますよ」
「俺は自分の正体をバレたくないんだよ。だから、人前ではフードと仮面をつけさせてもらうってのはどうだ? 試用期間ってわけだし、もしも辞める場合は姿も隠しておきたいんだよ」
「別にそのくらいであれば構いませんよ」
……俺の要求はあっさりと通った。
これならば、周りに俺の存在がバレることもない。
魔力がないモスクリア家の次男、として俺はそこそこ顔が知られてしまっている。
だからこそ、正体を隠しておきたいというわけだ。
「それでは、契約成立ですね。早速、あなたを教会に連れて行って紹介したいのですが……」
「まず服や仮面を買わせろ」
「それでは、近くのお店に行きましょうか」
「おまえと行ったら目立つだろうが……」
「大丈夫ですよ。このお面をつければ」
そういって彼女はひょっとこのお面をつけた。
「……なんだそれは」
「以前、お祭りのときに購入したものを持ってきました。あなたに、街中でフードを剝がされましたからね」
「そんなこともあったな」
「懐かしむほどの時は流れていませんよ? そういうわけでして、怒りもまだ残っていますよ?」
「落ち着け。怒ると皺が増えるぞ?」
「皺を増やしてでも怒りたいときというものはあるのですよ」
俺は彼女の怒りから逃げるように歩き出すと、アレクシアも隣に並んだ。
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