第5話 婚儀

 「一縷ちゃん、よく食べるなあ!」


 酒気で顔を赤らめた親父が日本酒をすすりながら大食いの峰を称賛する。


さっきまで大福を3つは食べただろうに、峰の白飯はこれで3杯目だ。


「えへへ、太寿さんもよく飲みますね」


「そうだろそうだろ! 地元じゃ負け知らずの酒豪よ! 土屋太寿と言えばこの辺で

知らねえ奴はいねえ」


「そうなんですね! 太寿さん、かっこいいです!」


 無遠慮に人の家のご飯を貪り食う峰一縷は、無遠慮に俺の親父に軽口を叩く。楽観

的なもの同士で意気投合したみたいだ。


 「くぅ~。言ってくれるね! 一縷ちゃんみたいな女の子が嫁に来てくれると嬉し

いんだがなぁ~」


 「親父」


 俺の顔を見るなり「はあ」とため息を吐くバカ親父。


 「へえへえ、かわいげのねえ息子。冗談通じねえの。その辺は悠寿に似ちまって困

るぜ、ったくよお。…でもまあ」


 「何にやついてんだよ」


 笑ったと思えば、酒臭い口を俺の顔に近づけて、ひそひそと小さな声で俺に囁い

た。


 「一縷ちゃんは満更でもなさそうじゃねえか」


 「ああっ!?」


 バカ親父の視線をなぞると、峰が、顔を真っ赤にして下を向いていた。


 「あんな可愛い子がお前の事を好いてるんだ。男を見せてやれよ。それにほら、胸

も結構大きい」


 「ぶん殴るぞ」


 定位置に戻る親父は再び峰に話しかけた。


 「一縷ちゃん、どうかなどうかな? こいつ、暗くて卑屈なとこはあるけど、根は

優しいんだぜ?」


 「太寿様。食卓とはいえ、度が過ぎますぞ」


 多恵子さんが口を挟んだ。


 「新太様、そして陽菜乃様の縁談につきましては土屋家のものゆえ、重要な『婚儀』

に関わります。どうか、慎みたく存じます」


 「ここにも冗談の通じないやつが1人」


 苦虫を嚙みつぶしたような顔で舌を出す親父を気にも留めず、多恵子さんは続け

た。


 「それに、私はこの娘は反対でございます」


 俺と親父がいる中、はっきりと言った。


 「多恵子さん、理由を聞かせてもらおうか」


 親父の眼の色が変わった。元当主として責務を全うした眼で、かつての監視役であ

った彼女を射すくめるが、彼女もまた怯まずに理由を述べた。


 「至極簡単なことですよ、太寿様。この娘は、不和を呼ぶ」


 彼女は、峰を睨んだ。俺に見せたことのない形相。俺たちがいなければ相手の首を

絞めて殺してしまいそうな顔だった。


 そんな目で見られた峰は、驚いて固まっていた。怯えていることが目に見えて分か

る。


 それを察したのか、意外と気の利く親父はすかさず反論した。


 「不和? そんなものは俺が取り去ってやるよ。陽菜乃と新太を守る。そのために

この家に引きこもってんだからな。その守る子供に一縷ちゃんが加わるってだけだ」


 飲んだくれのくせに、なんて口は挟めなかった。俺も峰も、親父の発言に救われた

思いだった。


 「ほら、酒と飯が不味くなるから、この話はもう終わり!」


 「親父が始めたんだろ、結婚うんぬんは」


 「んな細けえこたあいいんだよ。新太、水割りな」


 「お客の前でガブガブ飲んでんじゃねえよ。これで最後にしろよ」


 水を水で割った、正真正銘の水を渡してやりたかったが、先ほどの言葉が嬉しかっ

たので、親父の好きな配分で割った焼酎を作ってやることにした。


 『婚儀』の話を、峰にした。


 外部の人間が土屋家の人間と結婚するためには、土屋家の当主と、間宮家の監視長

が承認し、指定した日に行う『婚儀』を行わなければならない。


 俺と峰が結婚する場合は、当主は俺だから、当主である俺の親権を持つ親父と、今

の監視長である多恵子さんの承認が必要になる。先ほどの会話の内容から親父の承認

はもらえて、しかし多恵子さんの承認は得られていないため『婚儀』を行えず、結婚

が出来ないことになる。


 多恵子さんが生きている限り、俺たちは…。


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