世界最強になったので【あのお方】と呼ばれる黒幕になる~2度目の人生は異世界で、全人類が恐れるような黒幕になるために暗躍することにした

にこん

第1話チュートリアル

「そこのメイドのキミ」

「どうしましたか?アノン様」


俺の前でメイドの女の子が頭を垂れた。


「パンケーキがあるんだけど、食べない?」

「ぱん、ケーキ?」


カシャン。


メイドは持っていた食器を落としてしまった。


「ももも、申し訳ございませんアノン様」


急いで拾い集めるメイド。


それだけパンケーキのお誘いに驚いたんだと思う。


「気にしないでよ、それよりどうかな?」


俺はにこっと笑って聞いてみる。


「ぜ、ぜひっ……と言いたいところですがまだ業務中で」


「業務中にみんなに隠れて食べるパンケーキって言うのもなかなか乙だと俺は思うんだけどね。悪いことして食べるパンケーキはおいしいよ」


そう言いながら俺はメイドの女の子をとりあえず自室に案内することにした。


俺の親は貴族、爵位は【侯爵】だが、家は貴族らしくデカい。


とうぜん、俺の部屋の扉もそこその立派だ。


俺は自室の扉を開けた。


「うわぁ〜」


メイドの女の子が目をキラキラさせる。


俺の部屋の机にはビッシリとパンケーキが乗っているからだ。


「どう?食べていいよ?」

「い、いいんですか?」


でも彼女は視線を下に向けた。


「でも、姉さんにパンケーキばっかり食べてちゃいけないって。姉さん怖いんですよね。騎士だし」

「黙っておくよ」

「ほんとですか?」


誰にも言わないよ」


俺がそう言うとメイドの女の子は満面の笑みを浮かべてお礼を言った。


「ありがとうございますっ!アノン様」


「フォークやナイフは机の上にあるものを使ってね。それから……俺は今から少し外に出るから戻るまで留守番しておいてくれる?」

「はーい」


俺は自室の扉を閉めた。


小さくため息を吐いてから俺は次の場所を目指すことにした。


我が家であるブラックマークの敷地は広い。


家もデカいし庭も広い。


そんなデカい敷地には色んな人がいる。


俺たちブラックマーク家の人間、メイドや執事、それから我が家を守ってくれている【ブラック騎士団】。


今の時間帯はブラック騎士団が庭で訓練をしている。


俺はそれを見に行くことにした。


ブラック騎士団の練習している広場の近くには噴水がある。


俺はそこの噴水のフチに座って時折水面を見たり、「ふふっ」と黒幕のような笑い声を小さく出したりしながら騎士団の練習を見ていた。


やがて、俺の様子に気付いたひとりの女騎士と目が合ったりした。


しかし騎士は真面目だ。


目が合った程度では練習を中断したりしないわけである。



「訓練はここまでだ!各自宿舎へ戻り疲れを取れ!」


騎士団の団長の声で今日の訓練は終わることとなる。


俺は意味ありげにさきほどの女騎士に視線を向けていた。


やがて、視線に気付いた女騎士が俺に向かって歩いてきた。


「なにかご用でしょうか?アノン様」

「特にないよ」


俺と女騎士の間に微妙な時が流れた。


「失礼しました、それでは」


女騎士が歩いていってしまおうとしていた。


そこを急いで呼び止める。


「そういえばさ、妹がパンケーキを食べすぎてしまうって言ってたよね。あの件どうにかなった?」

「変わらず、ですよ。いくら注意してもあの子はパンケーキのことばかり」


俺は怪しげに笑って口を開いた。


「それはたいへんだね」


女騎士も怪訝な表情をしていた。


「そういえば今日はどうして我々の訓練を見ていたのですか?アノン様がこんなふうに見学なさるなんて今までなかったのに」


「見学してちゃだめかい?」

「そういうことではありませんが……」


言い淀んでいるようだ。


俺が普段ここに来ないから不審に思っているんだろう。


なにか目的があってここにいると思われても不思議では無い。


「お手間を取らせましたね」


女騎士はそう言って気まずそうに俺の前で立っている。


彼女はこれから妹と合流して自分たちの家に帰るのだ。


それが彼女たちのルーティン。


しかし、


「おかしいな、妹が……」


あのメイドの女の子は来ない。


とうぜんだ。


俺がパンケーキを食わせているから。


しかも俺が『俺が戻るまで留守番よろしく』と言ってるものだから出て来れないのである。


そこで女騎士は不安そうに俺の目を見てきた。


「アノン様。なにか知りませんか?妹のことについて」


ここで俺はひとつ間を置くことにした。


ここでひとつ間を置くことが大事だ。


「あの女の子、かわいいよね。メイドの中だと一番好みだよ」


「……」


俺を不審な目で見てきていた。


「かわいいから部屋に呼んだ」


「それから妹はどこに?」


「さぁ?分からない」


「分からないって……。私の大事な妹なんですけど」


「俺にとっては、ただのメイドだよ」


人差し指で自分の部屋がある方向を指さした。


「鍵は開いてるよ。探しに行けば?なにか手がかりがあるかもね」


女騎士は歩き始めた。


俺はその背中に小さな声で呟いた。


「急いだ方がいいんじゃないかな?見るも無惨(血糖値爆上がりで気絶)な姿になってないといいね?」


「っ!!!!」


なにやら女騎士はシリアスな顔をして俺の部屋に向かっていった。


俺はその背中を見て口元を歪めていた。


で、姿が見えなくなるまで見送ってから呟いた。


「【瞬間移動】」


【目的地を設定してください】


「自室」



シュン!


俺は自室に戻ってきていた。


「スゥ……スゥ……」


寝息が聞こえてきた。


床の方から聞こえていた。


目を向けるとメイドの子が俺の部屋の床で寝てた。


顔にはシロップやホイップなんかが飛び散っていた。

更にこの場をシリアスにしようとしているのがケチャップくんである。


メイドの服をところどころ赤く濡らしているもん。

パッと見、死体である。


それにしてもパンケーキをたくさん食べたらしい。

起きてくる様子がまったくない、この子は血糖値を上げて気絶するように寝ているようである。


(簡単な話がドカ食い気絶、ってところか)


その時だった。


ガチャッ!


自室の扉が開いた。


「やぁ、遅かったね。待ちくたびれたよ。待ちくたびれて、眠くなってきたよ」


俺と床の妹を交互に目をやった女騎士。


それから叫んだ。


「ファイアソード!!!!」


ダッ!


斬りかかってくる女騎士。


「はぁっ!!!!!」


ブン!


頭上に振りかぶった剣を俺に向けて振り下ろしてきた。


「その程度の剣で俺を取れるとでも言いたいのか?猫じゃらしで殴られてるのかと思ったよ」


「ば、ばかな!私のファイアソードを素手で指一本で止めるだと?!」


「【ウォーターボール】」


ファイアソードに水魔法を使って消した。


絶望的な顔を浮かべている女騎士に言ってやった。


「よく見なよ」


「よく見たって妹は帰ってこな……」


その場に女の子座りして顔を抑える女騎士。


さすがに悪ノリが過ぎただろうか?

反省、反省。


「だからよく見ろって。寝てるだけだよ」


「へっ?」


女騎士はメイドの顔を見た。


「zzz……むにゃむにゃ」


ゴロン。

寝返り。


「ゴクッ……」


女騎士は青ざめた顔で俺を見てきた。


さっきまでの怒り顔はどこへやら。


完全に俺に対して恐怖していた。


とうぜんだろう。


どんな理由があったとしても護衛対象である貴族の息子に手を出そうとしたのだ。


それは許されることでは無い。


「あ、あの。このことは」


ニッコリと笑う。


「黙っておくけど、手が出るのが早い子にはお仕置が必要だね?」


「どういうお仕置、き?」


「最後まで言わないと分からない?」


あぁ……。


それにしても人を意のままに動かすのって、気持ちいいことだ。


まるで、神様になったようだ。



俺はお仕置を終えたあと月を見上げながら呟いた。


「母さん、俺異世界で夢を叶えられそうだよ」


……実は俺には憧れの夢があったんだ。


その憧れの夢っていうのは……


ヒーローでもヴィランでもない。


漫画やアニメゲームや映画に出てくる『あのお方』である。


物語を裏から支配して、登場人物を動かしストーリーを作り上げる絶対的な支配者。


俺はそんな『あのお方』になりたいんだ。


アニメのオープニングでチラッと片隅に一瞬だけ映るような『あのお方』。


一話から主人公の友人になるくせに物語終盤で実は黒幕と判明して『ふはははは』と高笑いして裏切るような『あのお方』。


それが俺のささやかな夢なのだ。


そして、これは本番に向けてのいわゆる予行演習である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る