第15話

 思索していると光秀が戻った。キャサリンにされたのだろう。さっぱりした顔をしている。


「秀満、女が待っている。行ってやれ」


「エッ……」


「約束、違えるな」


「殿は律儀ですな」


 感心しながら、浴室に向かう。自分とて、つい数日前、光秀の娘である妻を殺めたばかりなのだ。それでキャサリンを抱くのは後ろめたい。


 しかし、光秀のためにした約束だ。あの世の妻も許してくれるだろう。……死んだ妻に言い訳しながら浴室に向かった。


 彼女は舌なめずりして待ち構えていた。聞けば、光秀とも交わったという。それでも満足できなかったらしい。


「俺がいないときはどうしていたのだ?」


 タイルの床に横たわる彼女に、愛撫しながら尋ねた。


「え……?」


 殿はどのようにしたのだろう。……彼女に尋ねながらそんなことを考える自分がいて、気力が萎えた。


「だめだ。できない」


 彼女の隣に身体を横たえた。背中のタイルが冷たくて気持ちが良い。


「もう……」彼女が鼻を鳴らす。「……ひとりの時は町で拾うのよ。男はみんな好きものだもの。拾うのに苦労はしないわ」


 彼女は身体を起こしながらあっけらかんと答え、秀満の萎えたものを両手で包んだ。


「ついさっきしたばかりだ。俺のは、空っぽだぞ」


 頼りない自分を、そう言って弁護した。


 彼女はフフフと笑う。


「むしろ疲れた時の方が良いのよ。長く続くもの。……きっと、空っぽが埋まるまで続くのね」


 彼女がまたがる。目の前で体液が流れていく。自分のものか、光秀のものか、あるいは彼女自身のものか、分からない。それを舐め取ると、自分がどうしてそんなことをしているのか困惑する。


「俺はどうしてここにいる?」


「私に奉仕するためよ」


「それは違う。ここに来るまで、俺はキャサリンのことを知らなかった」


「私が願ったからよ」


「何を願った?」


「奉仕する奴隷が欲しいと……」


 俺は奴隷か?……なぜか笑えた。


 俺は誰の奴隷だ?


「俺の主人は明智光秀様、ただ一人だ」


「彼も私の奴隷なの。そして、奴隷の奴隷は私の奴隷」


 彼女が柔肌を押し付けてくる。それが鼻をふさぎ、呼吸ができなかった。思わず顔をそむけた。


「俺は死んだはずなのだ」


 彼女は態勢を入れ替える。


「いいのよ、死んでも。私の中では生きているもの。見る向きを変えれば、世界も変わるわ」


 彼女は、自分のやりたいように愛の行為を進めていく。


 これが餓鬼道なのだ。……秀満は観念した。


 すべてが終わってから身体を洗った。湯は冷めていたが、汗を流すと気持ちが晴れた。


 彼女は満足していなかった。すぐに、もう一戦始めたいと言うので秀満は逃げた。


「約束は果たした」


「なら、殿さまと……」


 彼女は裸のまま光秀のもとに向かった。


「餓鬼だ……」


 美しい身体も一皮むけば鬼なのだ。……彼女の背中を見送り、着物をまとった。

ダイニングの光秀は、身支度を整えて難しい顔をしていた。


「ネエ、ミツヒデェ……」


「控えろ」


「怖いことを言わないで」


 キャサリンが手を替え、品を変えて誘惑しても光秀は応じなかった。逆に、身体をまさぐる彼女の手をひねりあげて要求した。


「その前に六地蔵の場所を教えろ」


「痛い、放して! レディーには優しくするものよ」


「餓鬼が何を言う」


 二人がやり取りするところに秀満は戻った。


「殿、六地蔵に何用ですか?」


「天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道、……その六道の分かれ道が六地蔵。そこを通って、人間道に戻る」


 そう言って、光秀はキャサリンの腕を解放した。彼女は隣の椅子に座り込み、光秀にねじ上げられた腕をさすった。


 彼女を見ながら、秀満は主の正面に掛けた。


「そんなことができるのですか?」


「浪々のころ、古文書を読んだことがある」


「しかし、我らはそれなりのごうがあって餓鬼道に落ちたはず。それを己の意思で他の道へ向かうなど、御仏の心に逆らうことになりませんか?」


「僧侶は、その六道から逃れて解脱げだつしようとしている。彼らが罪に問われないのならば、六道を移動するなど、可愛いことだと思わぬか?」


 光秀の説明を聞くと、それもそうかと思ってしまう。


「それで、人間道に戻り、いかがするのです?」


「決まっておる。秀吉を殺し、天下を取る」


「天下なら、この餓鬼道でも……」


「餓鬼の世は、所詮、人間も餓鬼よ。己の好きなことしかせぬ。ひとつに纏まることはあるまい。その証拠に、人を殺したワシを、誰も捕縛に来ぬではないか」


「なるほど、確かに……」


 再び、光秀の話に納得した。


「女、着物を着ろ。それから六地蔵まで案内しろ」


「そんな物、この町にはありませんよ」


 彼女はそっぽを向いた。


「ならば、どこにある?」


「ジゾウはシャカ教の偶像でしょ? シャカ教の寺にでも行ってみたら」


「寺はあるのだな?」


「してくれたら、教えてあげる」


 彼女はまたも、性行為と引き換えに話すという。


 秀満は忸怩じくじたる思い、唇をかんだ。ところが光秀は違った。


「やらぬ。外で尋ねれば済むことだ」


 そう応じてスクッと立ち上がった。


 さすが、我が殿!……胸中、拍手を送った。一方、自分の愚鈍が情けなかった。


「秀満、参るぞ」


「お供します」


 刀を手に取った。


「女、世話になった。礼を言う」


 光秀は振り返らなかった。鎧は身につけず、そのまま出入り口へ向かう。


「その気持ちがあるなら、もう一度」


 キャサリンの手が秀満の肘を握った。


「世話になった。縁があったらまた会おう」


 秀満は彼女の手をそっと外し、光秀の後を追った。

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