第Ⅲ章 明智光秀と明智秀満
第12話
――ドドドドォォォン……――
大量の火薬が火を噴き、柱、
「殿……」
倒壊する
ところが、予想より早く
それで状況が変わった。羽柴軍は明智のそれの数倍ある。
光秀は京都の入り口にあたる狭小地、
ところが山崎の合戦は、秀満が到着する前に決着がついてしまった。明智軍は四散、秀満は明智光秀の本城である琵琶湖西岸の坂本城に入った。
光秀は死んだと教えたのは、城を包囲する敵将、
秀満は、光秀の家族が辱めを受けることがないよう、自分の手で殺して、自分もまた死ぬことに決めた。それでありったけの火薬を天守閣に集めて火をつけたのだ。
――ドドドドォォォン……――
城は燃え落ち、秀満の意識も遠のいた。
生暖かくヌメヌメした何かが唇を這う。冷たい指が胸を、腹を、下腹部をまさぐった。命をつなぐ本能が、色欲が、むくむくと膨らんでいく。
闇の中に鬼の顔が浮かんだ。鬼女だ!……分かっても身動きできない。
ドッ、と生臭いものを放出して目覚めた。
目の前に女性の顔があった。鬼女ではなかった。青い瞳は落ちくぼみ、頬のげっそりやせた、真っ白な肌の中年女性だった。
彼女も自分も全裸だった。
「お前はバテレンの女子か?……何をした……?」
分かっているが訊かずにいられなかった。
「オホホホホ……」
女性が笑った。
「何を、って可笑しい。オホホホホ……。さあ、もっと、もっと、私を楽しませなさい」
彼女が腰を振る。
「どけ!」
恐怖を覚えて彼女を突き飛ばした。
思わず力が入った。彼女も不意を突かれたからだろう。やせた裸体は大きく飛んだ。
――ドン――
ベッドから転げ落ちた女性は、背中を石の床にして両足を天に向けていた。
秀満は上半身を起こして室内を見回す。これまで見たことのない西洋風のきらびやかな内装だった。タイル張りの床に自分の着物と武具が乱雑に転がっていた。
「ここは安土城か?」
奇抜な内装が安土城の豪勢な内装と重なっていた。しかし、安土城で寝心地の良いベッドや西欧の女性を見たことはない。まして自分は安土城を捨てて坂本城に入り、それを爆破したばかりだ。生きていることさえ理解が及ばない。
「何をするのよ。私が助けてあげたのよ。私は恩人よ!……突き飛ばすなんて、ヒドイ。紳士らしくない!」
身体を起こした女性は目を三角にしていた。
「助けて欲しくなどなかった。俺は死ぬつもりだったのだ」
そう応じてから、何故、死ねなかったのかが、頭の中で大きな疑問の塊になった。柱や梁が吹き飛ぶほどの爆発だったのだ。生きているなど、あってなるものか!
「道端に寝ていたところで死ねるはずがないじゃない!」
ずけずけとモノをいう女性が新鮮に見えた。秀満の知る女性に、そうした者はいない。
「……待ってくれ。俺は、道端に寝ていたのか?」
「そうよ。何を寝ぼけたことを……」
「城はどうなった? 坂本城は……」
「本当に寝ぼけているのね」
「ここはどこだ?」
「私の家よ。そんなことより、もう一回、やりましょう? まだまだ、やり足りない!」
こいつは色情狂か?
「そんな場合ではないのだ」
自分が生きているからには、城の破壊に失敗したのかもしれない。とにかく状況を確認して対策を立てねば。……秀満は自分の身の振り方を決めるためにも、坂本の町を見なければならないと思った。
床に散らばっていた着物をまとい、刀を腰に
どこを見ても履物がなかった。それで裸足で行くことにした。
秀満が身支度を整える間も、裸の女性は色事をしようと言ってきかなかなかった。秀満の手を取って白い肌を押し付けてくる。
「離せ。俺は出ていく」
そう言ったものの
「出口は何処だ?」
「もう、仕方がないわね。用事がすんだら戻っておいでよ」
「ムッ……」
素直になられると申し訳なく思った。
「……女、名前は?」
「キャサリン」
彼女は応じながらドアを開けた。長い廊下の先に寝室のドアより大きなドアがある。そこへ向かった。
ドアの向こう側から
「羽柴勢か……」
ドアの前で立ち止まった。
「服従しろ!」――ギン!――「エイッ!」「従え!」――ズン――「ヒャァ……」
刃で切り結ぶ音、気合と恐怖が入り混じる声……。一方が羽柴勢なら、もう一方は明智勢に違いない。
秀満はドアノブを握った。
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