第10話

 蘭丸は、威風堂々たる呂布の姿に見とれてしまった。


(あの方天画戟は厄介そうだ。できることなら木立の中で戦うべきだが……)


 目の前に広がるのは障害物のない赤い大地、方天画戟の障害になるものは何もない。


 蘭丸の言葉に、九郎が答えることはなかった。


「あれが赤兎馬か……」


 九郎が嘆息した。


「なんだ、呂布には関心なし、か?」


 弁慶が呆れていた。


は見慣れている」


 九郎は弁慶に目を向けて唇の端を上げた。


「俺のことか……」


 彼が苦笑する。


「しかし、惜しいな」


「何が、だ?」


「呂布に勝つためには、赤兎馬をあやめなければならない」


「止むをえない。赤兎馬は足軽二十人に匹敵するだろう。九郎殿、遠慮は無用だ」


「もちろんだ」


 呂布が赤兎馬を進めてくる。弓矢の届かない場所でそれを止めると声を上げた。


「多くの小者の命を無駄にするのは天の喜ぶところでない。単騎、決闘を所望する。我に勝るという者を差し出せ!」


 まるで貢物みつぎものを要求するような話だった。


「差し出せとは……」


 弁慶が呆れ、九郎はククッとのどで笑った。


(余裕だな。必勝を確信しているのか?)


「勝負は時の運。……弁慶、得物を貸してくれ」


 九郎はそう言って自分の弓を弁慶に差し出した。


 弁慶は日頃から、槍や薙刀なぎなたまさかりといった武器を複数所持している。九郎の弓を受け取ると、代わりに自分の槍を差し出した。


 それを受け取った九郎が馬を動かす。


 二十メートルほど進むと馬を止めて声を上げた。


「軍の大将、源九郎義経が相手つかまつる!」


「なんだ、子供か!」


 呂布があざけった。


「ほざけ!」


 九郎は意に介せず、静に馬を進めた。


 対照的に、呂布は赤兎馬を駆って急速に迫る。蹴上げる赤土は、まるで赤兎馬の分身のようだ。ともすれば、その中に赤兎馬を包み込み、巨大に見せる。


 呂布は九郎に近づきながら、重い方天画戟を片腕でもって風車のように振り回して叫ぶ。


「その首、もらった!」


えんだな)


 蘭丸は、呂布を見て言った。


(援?)


(戟の使い方は4つ。回して薙ぎ払う〝援〟、叩く〝〟、鉾にひっかけて倒す〝内〟、宙に突き上げる〝とう〟、腕力がなければできない技だ)


(フン、理屈だけは学者並みだな)


 九郎は馬の向きを少し変え、すれ違いざまに呂布の脇腹めがけて槍を突いた。それを方天画戟が迎え打つ。


 ――ギン!――


 槍のと方天画戟のほこが激突して硬い音を発した。


(クソッ、腕がしびれるぞ)


 九郎はすぐさま馬首を捻った。


 追撃して背中を狙うのかと思えば、早い赤兎馬はすでに遠くに離れてしまっている。


 九郎は六地蔵に向かって馬を走らせた。


「逃げるな、小童。逃げるなら、その首、置いていけ!」


 呂布が笑いながら追撃を始める。赤兎馬の後ろに赤い煙幕が舞った。


 ――ドン、ドン、ドン――


 ――カン、カン、カン――


 ――グワーン、グワーン――


 ――ウォー!――


 砦の兵たちが勝ったような歓声を上げた。


 九郎は首をひねり、呂布との距離を測っていた。


「流石、赤兎馬だ」


 九郎の馬と赤兎馬の走力の差は歴然、呂布は背後に迫っていた。


(感心している場合か……)


 蘭丸の胸も高鳴った。


 六地蔵の直前、「ドゥ」九郎は手綱を引き、一気にスピードを落とすと、再び向きを変えて走り出す。


 勢い余って大きく弧を描いて走る赤兎馬……。


「ちょろちょろと、お前はネズミか!」


 馬上から呂布の罵声ばせいが飛ぶ。


 赤兎馬が六地蔵の後ろの草むらを蹴ったその時だ。四本の足が宙を蹴った。


 巨大な落とし穴だった。


 流石さすがの赤兎馬も、地面がなければ走れない。遠心力で身体が傾き、呂布を振り落とす。そうして激しく空を蹴りながら、重力に引きずられて穴に落ちた。穴の底には先端を尖らせた木杭が剣山を作っていて、柔らかい腹を貫いた。


 ――ヒヒーン……――


 赤兎馬の断末魔のいななき。砦の鳴り物が沈黙する。


「セキトバァー!」


 草むらに転がった呂布が泣いた。そうして立ち上がった時の彼の面相は、赤鬼だった。


 九郎が馬を降りる。


(馬上の方が有利ではないのか?)


 蘭丸はさとすつもりで尋ねた。


(乗っていたら、呂布に馬を殺される)


 彼は修羅道では手に入りにくい馬をしんでいた。


(それでも勝つ自信があるということだな?)


(教えただろう。勝負は時の運だ)


 彼は自ら、赤鬼と化した呂布に向かって行った。


「赤兎馬の仇、……エイッ!」


 方天画戟が横なぎに頭を狙ってくる。九郎は屈み、ブンと音をたててそれが頭上を通り過ぎる間に、槍で呂布の足を突く。呂布もまた半歩飛びのいてそれをかわした。


 方天画戟が足を狙えば、九郎はひらりと飛び越し、胴を狙えば側転の要領で宙返りして、その切っ先をかわした。


(まるで天狗だ)


 感動が声になった。


(ワシは天狗だ)


 九郎は自慢し、呂布の攻撃をかわし続けた。一方、槍を突く数はめっきり減った。


「逃げるな、小僧!」


 カラス天狗のように方天画戟をかわす九郎に向かって呂布が喚いた。


〝援〟〝援〟〝内〟〝援〟〝援〟〝搪〟〝援〟〝援〟〝搪〟〝援〟〝援〟〝胡〟……呂布の連続攻撃に隙はない。


 ――ブン、ブン――


 方天画戟が空気を裂く音は鈍く大きい。それは恐怖を掻き立てるが、同時に、それのある場所を常に教えていた。


「エイッ、トゥー、ヤッ!」


〝援〟〝援〟〝内〟〝援〟〝援〟〝搪〟……呂布の体力は底知れず、休む間もなく重い方天画戟を振るい続けた。


(呂布の太刀筋が見えて来たぞ)


 九郎は飛び、跳ね、回転して、避ける、避ける、そして逃げる。


 ――グワーン、グワーン――


 ――ドン、ドン、ドン――


 ――カン、カン、カン――


 ――ウォー!――


 見る者には、九郎が防戦一方。右へ左へ、ただ逃げているように見えた。


 ――ギン!――


 久しぶりに槍と方天画戟が絡み合ったかと思うと、呂布が巧みに方天画戟を操り、先端の鉾が槍を絡めとった。〝内〟だ。


 槍は九郎の手を離れ、遠くへ弾き飛んだ。


(アッ!)


 思わず声をあげたのは蘭丸だった。槍がなくては、方天画戟には太刀打ちできない。


「なかなか、やるな」


 九郎が刀を抜いて言った。


「負け惜しみか」


 呂布が口角を上げた。


(どうかな)


 彼の心の声は得意げだった。切っ先を呂布に向けたまま、落ちた槍の方角に向かって横走りで移動する。


(策があるのか?)


 そう問い質した時だった。


 ドドド……、音がしそうな勢いで距離を詰めてきた呂布の姿が、……目の前から消えた。

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