星の怒り


『許さない……!! お前だけは絶対に――!!』


「お師匠……?」


 シータの瞳に映るのは、いつ、どこなのかも分からない灼熱の戦場。

 そしてそこで対峙する、雷撃を纏う神隷機ウラリスとエオインが駆るイルレアルタだった。


「これって……もしかして、またイルレアルタが?」


 シータがこの現象を体験するのは二度目だった。

 一度目は、初めてイルレアルタに乗った際に見た戦士達の記憶。

 初めて天契機カイディルに乗るシータに操縦方法を教え、生き延びる術を与えた戦いの記録映像だ。


「お師匠が、あんなに怒るなんて……」

 

 だが、再び現れた過去の世界でシータを最も驚かせたのは、この世の全てを焼き尽くす勢いの〝師の怒り〟。

 シータが一度たりとも目にしたことのない、誰よりも優しかったエオインが放つ恐るべき殺意だった。


『イルレアルタ……ずっと昔から、無数の神隷機を滅ぼしてきた〝神滅の天穹〟。けどいくらイルレアルタが強くても、それを操る〝君はそうじゃない〟だろう? 〝フェアロストの血〟を持たない劣等種の君がイルレアルタの主なんて、とんだ笑い話だよ!』


『さて、それはどうかな……! ならすぐに理解わからせてあげるよ。これから始まるのは対等な戦いなんかじゃない……〝一方的な狩り〟だってことをね!!』


 光が瞬き、視界が闇に染まる。

 エオインの怒りと殺意、そして憎悪を乗せた蒼白い光が、イルレアルタの機体から漆黒の天へと昇る。


 それと同時、シータの視界は再び遠ざかる。


 最愛の師の面影を少しでも見ていたいというシータの願いは叶わず、イルレアルタ幻影は、そこから立て続けに数多の戦場をシータの前に映し出していく。


『許さん!! 貴様だけは、この手で――!!』

『お前を倒すことが、私の使命だ――!!』

『お願い、イルレアルタ……私に力を貸して!!』


「イルレアルタが、戦ってる……」


 次々とシータの前に現れる戦場。

 しかし映し出される戦場は〝どれも同じ〟。


 街を焼き払い、大地を砕く神隷機。

 迫る破滅に怒りを燃やす、名も知らぬ戦士達。

 そしてその戦士達の魂を宿した矢を放たんと弓を構えて立つ、愛機イルレアルタの姿だった。


「そうか……君はこれまで、何度もあの化け物と戦ってきたんだね……」


 数え切れないほどの戦場の果て。

 やがてシータは理解する。


 師から託された力……イルレアルタが気の遠くなるような時の中で〝何と戦い〟、何のためにその弓と矢を構えてきたのかを。そして――。


「〝力〟がある……! 君には、神隷機を倒すための力があるんだ!!」


 瞬間。窮地に陥るシータの視界が一気に開ける。

 垣間見た過去は遙か遠ざかり、恐るべき神隷機によって蹂躙される〝今〟が少年の目の前に広がっていた。


「――大丈夫かシータ君!?」


「コケ! コケーーー!?」


「……っ!? 戻ってきた……?」


 少年を待つのは絶望の現実。

 一瞬とはいえ、その意識を逸らした彼を心から案じるリアンとナナの声に引き戻され、シータは即座に操縦桿を握る。


「リアンさん、お願い出来ますか!?」


「お願いだと? まさか、シータ君にはあの化け物をなんとかする考えがあるというのか!?」


「はいっ! でもそのためには、少しだけ時間が必要で……!!」


 それは、とても一瞬前まで自身の無力を嘆いていたとは思えないシータの声。

 だがそれを受けたリアンもまた、シータの声に満ちる確かな力強さに何も問わずに頷いた。


「了解だ! ならばこのリアン・アーグリッジ……命に代えても君の時を稼いでみせる!! 行くぞ、ルーアトラン!!」


 リアンの想いに応えるように、ルーアトランがその眼孔を深緑に明滅させる。

 そしてそれと同時、風の翼を展開したルーアトランは逃げ惑う人々や帝国軍を襲う神隷機の視界へと突貫。

 蒼穹のケープをはためかせ、身の危険も顧みずに巨大な両腕へと斬りかかった。


「たとえ今の私では斬れなくとも……! 〝いつか斬るための練習台〟にさせてもらうぞ!!」


『zi……zi……』


 三度振るわれたルーアトランの剣戟は、やはり神隷機の装甲に傷を与えることはできない。

 しかしその身にたかるハエをうっとうしく思うように、神隷機の注意は確かにルーアトランへと向いた。そして――。


「よくも……! よくもみんなを!!」


 その時。ルーアトランを捕捉した神隷機の頭部に、側面から無数の光弾が打ち込まれる。

 その光弾の主、それはキリエの操るフィールグラン。

 ルーアトランの突撃によって弱まった攻撃の間隙を突き、帝国きっての才媛は一瞬にして反撃へと転じる。


「キリエ君か!」


「貴方が奪ったたくさんの命の報い――!! 受けてもらいます!!」


『フィール……グラン……アグス……』


 七体の子機を伴ってフィールグランが飛ぶ。

 巨神のさらに直上へと飛翔したフィールグランは、従える子機を連結し、機体の前方に直列させて光を纏う。

 膨大な光を巨大な突撃槍ランス状に収束させると、凄まじい加速をもって眼下の神隷機目がけて真っ逆さまに突撃する。


「はぁあああああああああああ――っ!!」


 炸裂。


 太陽に照らされた広大な草原を更なる光で塗り込め、キリエとフィールグランが放った渾身の一撃が巨神の体躯を大きくひしゃげさせる。


『zi……zizi……a……エウ……ラス……』


「こいつ……今のを喰らってまだ動けるのか!?」 

 

 凄まじい衝撃によって弾かれ、ぎりぎりで大地へと着地したリアンが、ルーアトラン越しに映る視界に絶望の声を漏らす。


 フィールグランの放った膨大な火力を受けてなお、神隷機はその頭部から肩口にかけて損傷したのみ。

 大破には遠く至らず、再び立ち上がろうともがいていたのだ。だが――。


「ありがとうございます……リアンさん、キリエさん!」


『イル……レ、アル……タ……』


 だがしかし。

 リアンが見せた命がけの戦いは、確かにシータの望む時を稼いでいた。


 神隷機の二枚貝状の頭部に光る赤い瞳が、ルーアトランでもフィールグランでもない灰褐色の天契機を映す。


「イルレアルタが教えてくれた……! 僕に力があることを……〝僕たち〟には、お前を倒す力があることを!!」


 どこまでも広がる円卓周辺の緑地帯。

 巨神の暴威によって荒れ果てた大地に立ち、イルレアルタは再びその弓に光芒の矢をつがえる。


 そしてそれと同時。

 イルレアルタの灰色の装甲に、蒼白い光のラインが明滅。

 現れた光は機体上に複雑な幾何学模様を描き、その光のラインに沿って〝イルレアルタの装甲が一斉に展開〟。

 各部のパーツはより流麗に。

 背面からは四つの翼とも角とも取れる機構が展開し、頭部中央から一角獣を思わせる鋭い衝角が延伸する。

 さらに、開放された装甲からは蒼白の光流が放出。

 溢れた光はまるで夜空にかかる星の河のようにイルレアルタの周囲に寄り添い、壮麗な戦衣いくさごろものごとくはためいて見せたのだ。



〝星は君に託す〟



 かつて敬愛する師が最後の時に残し、シータに託したその言葉。

 その真の力を発現させたイルレアルタの操縦席で、シータは今初めて、師の残したその言葉の意味を悟った。


「僕は許さない……! お前が神でも悪魔でも……みんなを酷い目に遭わせる奴は、絶対に許さない!!」 


『イルレアルタ……レウルタン、エーガル……ア……ヴェル……トゥバストドーン……』


 秘められた力の解放に伴い、機体と同様その形状をより力強く変化させたイルレアルタの矢に、途轍もない力が光となって集まる。

 その輝きはもはや、これまでのどの射撃とも比較にならない。

 かつて、エオインが破滅の星ナグナルインを打ち砕いたであろう一撃に匹敵するほどの、圧倒的破壊エネルギーの収束だった。


『トーグアル……ハン、デアルラフ……アギル……ダー アイーギル……イシュ、ドゥヴ…… 』


「――今!!」


 閃光。

 それは全てを消し去る星の光芒。


 放たれた光は、夜空を流れる星の炎に似ていた。


 凄絶な衝撃と直視すら出来ないほどの光。

 音も大気も、全てが衝撃の渦に飲まれて消える。

 

 大地を割り、天を引き裂いて突き進むイルレアルタの真なる矢。

 その光は神隷機の巨躯を跡形もなく打ち砕き、先に広がる蒼穹の果てへと昇り消えた――。


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