こぼれゆく声


『フィール……グラン……アグス……イル……レアルタ……アガヒニ……アン……ターガッドスクリスタ……イス、ターヴァハタ……〝最重要殲滅対象〟を確認……これより、完全抹消モードに移行……』


「コ、コケコケ!?」


「イルレアルタ……! こいつ、今確かにイルレアルタって……っ!」


 舞い上がる粉塵の向こう。

 現れたのは破滅の巨神。


 それまでですら、神隷機ウラリス天契機カイディルの数倍という巨躯を誇っていた。

 しかし今、その巨体は身に纏う大地によって更に膨張し、もはや動く山とも言える存在へと変貌。更には――。


「い、岩が……! 空から降ってくる!」


「いけないっ! みんな逃げて――!!」


「全軍退避――!!」


 神隷機が操る無数の岩石が、帝国軍とシータ達を次々と襲う。

 岩の大きさは天契機を優に越える。

 直撃すれば、為す術もなく叩き潰されるしかない。


「皆さんは私が守りますっ!!」


「キリエ団長!?」


「む、無茶です団長! いくら団長のフィールグランでも、これだけの攻撃を防ぎ続けることは――!!」


 嵐のように降り注ぐ巨石の雨。

 キリエは即座にフィールグランに追従する七つの小型機で光の防壁を展開。

 逃げ遅れた帝国騎士達の盾となるが、それにより身動きが取れなくなったフィールグランも、岩石の雨に悲鳴を上げる。


「な、なんなのだこれは……!? このような馬鹿げた力……まるでおとぎ話に出てくる魔法や奇跡そのものではないか!!」


「上です、リアンさんっ!!」


「くそ――っ!」


 神隷機の至近。

 容赦なく襲いかかる落石の山を、ルーアトランは風の翼を小刻みに吹かして巧みに回避。

 シータもイルレアルタの矢で自らに迫る岩を先撃ちしつつ、リアンの回避ルートを切り開いていく。


「これ以上は無理です! リアンさんは下がってっ!」


「〝嫌だっ〟! 確かに私の剣はこの化け物に通じなかった……だがそれでも、ここで出来ることはまだあるはずだ!!」


『イルレアルタ……抹消……全てに優先……』


 瞬間、巨神の赤い眼光がイルレアルタを捉える。

 同時に、周囲を浮遊する岩が一斉に渦を巻いて加速。

 それまでよりも速度と威力を増し、岩石の濁流と化してイルレアルタ目がけてなだれ込む。


「コケーー!!」


「まただ……やっぱりこの化け物は、〝イルレアルタを知ってる〟……っ!」


 迫る圧倒的質量。

 いかに天契機の枠を越えた火力を持つイルレアルタといえど、視界全てを覆い尽くす土石流を破壊しきることなど到底不可能。


「させるものか! 合わせるぞ、シータ君!!」


「リアンさんっ! わかりました――!!」


 刹那。窮地に陥ったイルレアルタの元に、ルーアトランがその翼を限界まで開放して一直線に突撃加速。

 それを見たシータも即座にリアンの意図を悟り、ルーアトランと交わる瞬間にイルレアルタの超跳躍をもって〝地面と水平方向に加速〟。

 二機の加速を重ね合わせ、落下する岩盤の濁流から間一髪逃げ切ることに成功する。


「大丈夫か!?」


「助かりました……! だけどこのままじゃみんな……全員死んじゃいます!!」


「それは……だが、ここで私たちが退くわけには……!」


 炸裂し、崩壊する大地を背に、シータはその両目に涙を浮かべて絶望の声を上げた。


 しかし今、ここで叫びたいのはシータだけではない。

 リアンもキリエも。

 そして共に戦う帝国の天契機乗り達も、皆同じ気持ちだった。


 なぜなら、この戦場で天契機に乗る彼らには〝はっきりと聞こえている〟のだから。


 戦災を逃れ、この地で再びやり直そうとしていた人々の断末魔の悲鳴が。

 シータ達と帝国軍、共に手を携えて救おうとしたはずの人々の命が虫けらのように潰されていく絶望の叫びが。

 彼らの耳には、機体越しに今もはっきりと届き続けていた。


「どうして……? 戦争だけでも大勢の人が苦しんで、すごく辛い目に遭ってるのに……! どうして、こんな酷いことを……!!」


 なんの脈絡もなく。

 なんの意味もなく。

 なんの理解もない。


 それはかつてキリエが言った、〝決して理解出来ない悪魔のような存在〟によってもたらされた災厄そのもの。

 その絶望を前に、シータは己の無力を嘆き、自らの弱さに激しい怒りを抱いた。


「みんなだけじゃない……! このままじゃ、今度こそリアンさんも……!! キリエさんも、帝国の人だって……!!」


 ガレスに敗れ、リアンを負傷させ。

 円卓を砕いて大勢の人々の暮らしを奪い。

 そして今、現れた神隷機に為す術も無く蹂躙される。


 それらは全て自身の無力が招いたものだと……少なくとも今のシータは、そう思わずにはいられなかったのだ。


「〝僕がもっと強かったら〟……っ。お師匠みたいに、一人でどんな敵でも倒せるくらい強かったら……! お師匠もみんなも……僕が守れたかもしれないのにっ!!」

 

 あの運命の夜。


 眼前でエオインを殺された時ですら感じなかった途轍もない激情が、イルレアルタの操縦席に座るシータの心を満たしていた。


 だが――。


『――許さない!! 僕は絶対に、お前達を許さない!!』


「声……?」


 ――だがその時だった。


 シータの心に人々の悲鳴とは別の、激しい怒りを宿した〝懐かしい声〟が響く。


『あの二人は、ヴァースにとって一番大切なものだった……!! それを奪ったお前達を……これ以上生かしておくわけにはいかない!!』


「お、お師匠……っ?」


 一瞬、シータの視界が闇に沈む。


 そしてその闇を抜けた先。

 そこに広がっていたのは、無数の砲火が飛び交う苛烈な戦場と、見たこともない構造物が立ち並ぶ広大な空間。そして――。


『先に仕掛けてきたのはそっちだろう? これまでレンシアラが守ってきた幸せな世界を、わざわざ壊そうとするからあんな目に遭うんだよ!!』


『ふざけるな……! なら、そんな世界はこの僕が終わらせる! このエオイン・フェアガッハと……イルレアルタの矢で!!』


 シータの目に映ったのは、〝無数の雷光〟を機体の周囲に従えた、たった今戦っている物とは別の巨大な神隷機。

 そしてその神隷機の前にたった一機で立ち塞がる、灰褐色の天契機――イルレアルタだった。


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