災厄の先触れ


「シータさんっ!」


「キリエさん! あの、そちらの皆さんは……?」


「コケコケー!!」


 穏やかな夜の帳に包まれていた円卓の森。

 しかしその静寂は、全く予期せぬ来訪者によって破られた。


「夜分遅くお騒がせしてすみませんでしたぁああああ! 見ての通り、ぼくたちは別に怪しい者ではなくてですね……!」 


 仲間と共に帝国の野営地へと赴いたシータとリアンを待っていたのは、困惑するキリエら帝国軍と、疲れ果てた様子の〝非武装の一団〟だった。


「えっと……あなたは?」


「ああっと失礼! ぼくの名前はユリース・ティスタリス。連邦を中心に大陸各地で古代文明の調査を行っている、〝知識の回廊財団ギルディア・アン・ドルクラ〟の理事長をしています。こちらの皆さんも、ぼくと同じ財団の調査メンバーです」


「知識の回廊財団……」


「ほむほむ? では、その理事長がこんなところで何をしていたのだ?」


 知識の回廊財団。


 その名を聞いたキリエは僅かに眉を潜め、初耳となるシータとリアンは共に首を傾げてユリースに尋ねる。


「それがどーしたもこーしたもないんですよっ! 実は以前から、ぼくたちの財団は〝円卓にあるフェアロスト文明遺跡の調査許可〟を連邦に申請していたんです。一ヶ月ほど前にようやく許可が下りたので、大喜びで円卓まで来たんですけど……」


「もしかして、そこで私たち帝国と連邦の戦いに巻き込まれたり……」


「洪水に流されたりしちゃったんじゃ……」


「ええええっ!? どうしてそのことをご存知なんですっ!?」


「当たりなのか!? あまりにも不運すぎるだろう!?」


 なんということか。

 このユリースという青年の言葉を信じるのであれば、彼らほど不運な目に遭った一団もいないだろう。


 確かに、ユリースに従う調査員達は皆ぼろぼろに疲れ果て、今にも倒れそうな有り様だ。

 シータの目から見ても、少なくとも今の彼らにわざわざ虚偽の申告を行う余裕は無いように見えた。


「本当に踏んだり蹴ったりで……命からがら逃げ延びたのは良かったんですけど、洪水でめちゃくちゃになった森の中で迷ってしまって……それでやっと人里を見つけたと思ったら、みなさんがお休み中だったので……」


「……そちらの事情は分かりました。道中の物資は私たちの手持ちから援助することができます。念のため、皆さんの荷物に危険な物がないか確認させて頂いてもいいでしょうか?」


「ありがとうございますぅぅうう! どうぞ気の済むまで調べて下さい! 遺跡の発掘だってまだ出来てませんし、ぼくたちの手持ちは作業に使う道具しかありませんから!」


 ユリースの申告に、キリエはシータの前で見せた少女然とした姿とは異なる、団長らしい凜とした様子で即座に断を下す。


「帰りの道中については、帝国側と連邦側……どちらに向かわれるのか、調査団の方々の希望次第にしたいのですが……シータさんはそれで構いませんか?」


「はい。こっちは食べ物や水の余裕はありませんけど、帰り道の案内くらいなら出来ると思います」


「ええ? もしかして、ここには帝国軍と連邦軍が一緒にいるんですか? どうしてそんなことに?」


 だがそこで、ユリースはキリエとシータの会話に被せ気味で問いを挟んだ。


「というか、さっきからぼくたちの事情ばかりお話ししてしまって……助けて下さった皆さんのことを何もお聞きしていませんでした。こうして出会ったのも何かの縁ですし、もしよろしければ、皆さんのお名前だけでも教えて頂けないでしょうか?」


「リアン・アーグリッジだ! エリンディアの独立騎士団の一人として帝国と戦っている! あと寝るのが大好きだ!!」


「僕はシータって言います。リアンさんと同じ、独立騎士団で戦ってます」


「コケコケー! コケ! コケ!」


「……私の名前はキリエ・キスナ。光天騎士団こうてんきしだんの団長として、帝国と剣皇陛下のために戦っています。私たちとシータさんたちは、洪水で大変な目に遭われた皆さんを助けるために、一緒に復興支援に当たっているところです」


「シータにキリエ……? へぇ……」


「……?」


 果たして、それはシータの勘繰りであろうか。


 それまでただ困り果てるばかりだったユリースの瞳の奥が、シータとキリエの名を聞いた瞬間に〝別の思惑〟を灯したようにシータには感じられたのだ。しかし――。


「エリンディアというと、ずっと北にある国ですよね? 独立騎士団というのは初耳ですけど……光天騎士団のお噂はぼくも聞いたことがあります! 向かうところ敵なしの強さと、団長であるキリエさんの魅力で帝国でも大人気らしいじゃないですか!」


「そ、そうなんでしょうか……? でも、本当にそうなら嬉しいです。ありがとうございますっ」


「キリエさん……やっぱり凄く強いんだ……」


「むぅ……確かにこの子はとても可愛いらしいからな。やはり人気も凄いのか……」


 一瞬見せた表情はすぐに消え、ユリースはすぐさま屈託のない笑みをシータ達に向けた――。



 ――――――

 ――――

 ――



 ――結局、その日は夜も遅かったためそれ以上の話は翌日に持ち越しとなった。

 帝国による調査団の確認でも、怪しい物品や様子一切見られず。

 土砂で埋まった村への応急的な支援を終えた独立騎士団と光天騎士団は、その日の正午前にはそれぞれの陣営へと帰還の途につくことになった。


「それでは! 調査団の皆さんのことをよろしくお願いしますね。シータさん、リアンさん!」


「わかりました。僕たちも、キリエさんや他の帝国の皆さんと協力できて本当に良かったです」


「その、なんだ……シータ君と同じで、この場でのことは私にとってもいい経験になった。戦場では敵同士になるが、協力には心から感謝する!」


「コケー!」


 別れ間際。

 無事にリアンとも打ち解けたキリエは、満面の笑みをシータに向けていた。

 

 ユリースら調査団は、独立騎士団と共に連邦領への帰還を希望。

 まだ完全ではないが一晩で体力も回復し、連邦陣地への帰還は問題なく行える状態となっていた。


「せっかくここまで来たのに、また都に戻らないといけないなんて。今回は本当に運がありませんでした……」


「はっはっは! 命があるだけでも良かったではないか! そう焦らずとも、遺跡は逃げも隠れもしないだろうしな!」


「いやいやいやいや! 今回の洪水で絶対に遺跡だって壊れてますからね!? 遺跡の中に危険な物がなければいいんですけど……」


「……あの、シータさん。ちょっといいですか?」


「え?」


 だがその時。

 旅立ちを迎え一度は背を向けたシータを、キリエは耳打ちに近いほどの小声で呼び止めた。


「なんでしょう?」


「一つ、念のためシータさんにお伝えしておきたいことがあって……」


 振り向いたシータの耳元。

 キリエは神妙な表情のままその薄い桃色の唇を近付けると、手短にその言葉を伝えた。


「もしかしたら、近いうちにここで〝良くないこと〟が起きるかも知れません……その時は、どうか〝私たちのことを信じて〟力を貸して下さい。お願いします、シータさん……」


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