王の責務
「はぁ――……! はぁ――……!」
「ら、ラーステラの装甲がこうも容易く……! 星砕き……なんと恐るべき
炎上し、崩落したセトリス王城に穿たれたクレーターの中央。
堅牢な装甲に守られていたはずの左半身を〝跡形もなく消し飛ばされ〟、大破したラーステラがもがく。
研ぎ澄まされた殺意を乗せ、シータが放ったイルレアルタの一矢。
それは、それまでの矢とは比較にならぬ破壊力だった。
イルレアルタが持つ
「……もう勝負はつきました。降伏して下さい、マアトさん」
「こ、降伏だと……!?」
「僕はあなたのことを何も知りません。だけどメリクにとっては違います……メリクはあなたのことを、〝自分を育ててくれたもう一人のお父さん〟だって……本当に嬉しそうに、僕に話してくれたんですよ……!」
「メリク様が、私を父と……っ」
燃えさかる炎の中。シータはイルレアルタの弓に光の矢をつがえ、ラーステラの操縦席に狙いを定めて告げる。
「だからお願いです……! こんなことはやめて、もう一度メリクと話してあげて下さい! あなたがやったことの取り返しはつかないかもしれない……でもこのまま何も分からないで終わりになるなんて、メリクが可哀想すぎますっ!!」
シータは最後の矢を構え、必死に訴えた。
全てはメリクのため。
何も教えられぬままに師を失った自分と同じ辛さを、メリクに味合わせたくないがための願いだった。
「なにを今さら……! 我が一族は、セトリス王家の血を引きながら何代にもわたってその事実を秘匿され、城下でみじめに暮らしてきたのだ! だから私は、一族の恨みと無念を晴らすべく王家への復讐を誓い――!」
「――マアト!!」
シータの懇願にも構わず、マアトはラーステラを動かそうと試みる。
しかしその時。その場にマアトを制する少年の声が響いた。
「メリク様……なぜここに……!?」
「王である我が、国の大事に逃げることは許されぬ! だから我はシータに頼み、星砕きと共に城に戻して貰ったのだ!!」
現れたのは、都に残る兵たちを見事に率いた少年王メリク。
トーンライディールからイルレアルタが降下した際、シータはラーステラから離れた物陰に着地した。
その一瞬で城へと帰還したメリクは混乱する城内を即座にまとめ上げ、こうしてマアトの前にやってきたのだ。
「マアトよ……
「…………」
メリクの横には先ほどの宴でマアトに従い、捕えられた反逆者たちの姿もあった。
「長きに渡り、其方たちが我が王朝から迫害されてきた事実には我も心が痛む……そもそも、我は其方たちの存在すら知らなかったのだ。謝罪が欲しいというのなら、我は幾らでも其方たち一族に頭を下げよう。しかし――!!」
もはや、今のメリクにひ弱な少年王の姿はない。
国の存亡を前に、誰よりも信頼する者に裏切られながら、それでも全てを知って前に進もうと決意した若き王がいるだけだ。
「――しかし其方は、かつての王家の行いを改めて其方らと手を取り合おうとした父上を見殺しにした! 帝国による父上の暗殺を手引きし、セトリスの民を無慈悲に傷つけたのだ! 其方とて、我らと同じセトリスの民であろう……なのに、なぜそのようなことをした!?」
「……理由ならば、語り尽くせぬほどにありますとも。私は生まれながらにして一族の業と憎悪を背負い、貴方がた王家に復讐することだけを教えられて生きてきました……そのような私が、僅かばかり手を差し伸べられたところで、どうしてこの身に染みついた恨みを捨てられましょう……?」
決然と問うメリクに、マアトは一切の感情が窺えぬ声色で静かに答える。そして――。
「そしてメリク様……貴方様は私の前に現れるべきではありませんでした。手傷を負わされたとはいえ、我がラーステラは未だ健在……私の前に御身を晒せば、その命は私が握ったも同然とは考えなかったのですか!?」
「マアト……」
その言葉と同時。
ラーステラに残された火炎砲の砲口がメリクを捉える。
「コケッ!?」
「させない――っ!」
「待つのだシータよ! 其方はセトリスのためにもう十分戦ってくれた……ここからは、王である我の務めである!!」
シータはすぐさまラーステラに必殺の一矢を放とうとする。
だがメリクは恐れる様子もなく手を上げ、イルレアルタを制した。
「なぜ星砕きを止めたのです……!? まさか、私が貴方様を害さぬと本気で思っているのですか!?」
「その通りだマアトよ……今日まで我を見守り、育んでくれたのは他ならぬ其方だ。我は、其方から受けた教えも知識も……そして育ての父としての愛も、全てこの心に刻み込んでおる……」
「っ……」
イルレアルタを制し、メリクは兵すら置いて前に出る。
燃えさかる炎を背に、荒廃した三千年の城の上。
自分より遙かに巨大な天契機の前に身一つで進み出るメリクの姿は、神々しさすら感じる威厳に満ちていた。
「何を甘いことを……! 私は先王暗殺に荷担し、都を滅ぼした悪逆の徒なのですぞ! 今さら貴方一人殺すことに
「ならば撃ってみよ!! ラーステラの力は我も良く知っている……我の小さな体など、その炎の前では跡形も残らぬであろう!!」
「め、メリク様……私は……!」
なおも近付いてくるメリクに、マアトは呻きながらも照準を合わせようとして――やめた。
「私の、負けです……思えば、私がメリク様の教育係を任されたあの日から、この敗北は決まっていたのかもしれませぬ……」
「…………」
「マアトさん……」
「コケー……」
マアトが一族より受け継いだ積年の憎悪。
先王からの和解を受けてなお消えなかったマアトの憎しみは、しかしその子であるメリクにまで矛先を向けることはできなかった。
だがたとえそうだとしても、もはや復讐は止まれず。
我が子のように育てたメリクを憎むことも出来ず。
帝国軍によるセトリス侵攻に際しても、マアトは〝帝国の支配下においてもメリクの安全は保証する〟という条件で内通に応じていた。
「マアトよ……其方ら一族の憎悪は、このセトリス王メリクが背負い生きていく……此度、其方らが犯した大罪への裁きは追って下すゆえ、心静かに待っておれ」
王殺しと国家への反逆。
そのどちらか一つでも、極刑は免れない大罪である。
互いにこの先の運命を悟りながらも、メリクは今にも溢れそうになる涙を懸命にこらえ、ラーステラに背を向けた――。
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