月下の死生


 緑宝騎士団りょくほうきしだん団長、レヴェント・ガズィ。


 かつて大陸中を股にかける豪商だった彼は、ある日突然商売を捨て、剣皇けんおうヴァースに仕える帝国の騎士に転身した。


 その理由は誰も知らない。

 

 しかし騎士となった後の彼の活躍は、商売人だった頃の名声を遙かに超え、大陸中に響き渡っている――。


「確かに想定外の損害は被ったが……ここで君を仕留めれば、もはやセトリスにまともな戦力は残っておるまい。〝星砕きがここにいない〟ということは、あの少年になにかあったか、もしくは別の何かを相手取っているのか……どちらにせよ、私の優位が揺らぐことはなかろうよ」


「まだだ……っ! まだ私とルーアトランは負けてはいないぞっ!!」


「いいや、終わりだとも。おやすみ、居眠りの騎士君……よい夢を見たまえ!!」


 片足を失い、倒れたルーアトラン。

 ヤルヴィンは腰から展開した〝三本目の腕〟に装備された回転刃を振り上げ、ルーアトランの背に最後の一撃を叩き込もうとする。


「あれは……ナズリンの信号弾?」


 だがその時。

 今まさに刃を振り下ろそうとしたレヴェントの視界に、王城の方角から放たれた〝三つの信号弾〟の光が目に入る。


「都の掌握は失敗……? その上、王も星砕きも健在だというのか……!?」


「なんだ……?」


 それは都に潜入していたナズリン一派が放った、セトリス陥落計画失敗の報せ。

 まだ十分に勝機はあると踏んでいたレヴェントはその報せに息を呑み、一瞬にしてその全身から冷や汗を流す。

 ルーアトランへの注意が逸れ、振り上げた刃が半ばで止まった。その瞬間――。


「――リアン殿!!」


「ラファム将軍!?」


 それは一瞬の間隙かんげき

 信号弾に意識を奪われたレヴェントの隙を突き、両腕を失い中破したセルクティが、ルーアトランとヤルヴィンの元に突貫を仕掛ける。


「ぬああああッ!?」


「掴まって下さいリアン殿! 我がセルクティが〝ルーアトランの足になります〟!!」


「なんと! それは名案!!」


 セルクティが渾身の体当たりでヤルヴィンを弾き飛ばすと同時。

 突撃の意図を悟ったリアンはすぐさまルーアトランをセルクティに乗せ、サソリ状に広がるセルクティの下半身に機体を着地させる。


「し、しまった……! この死に損ない共めが……!!」


 だが弾かれつつも、レヴェントはすぐさまヤルヴィンの体勢を整え、両手両肩の弩砲でセルクティに襲いかかる。

 当然、ルーアトランを乗せたことでセルクティの機動性は低下。ヤルヴィンの放つ矢弾は次々とセルクティを破損させる。


「くっ……! 大丈夫か将軍!?」


「なんの……これしきッ!! 祖国の存亡をかけたこの一戦で意地すら見せられぬようでは……私は、この地に散った数多の英霊たちに顔向けできません!!」


 夜の闇と戦場の炎、そして燃えさかる守護山セトゥの火に照らされた砂漠を、両腕を失ったサソリが走る。


 一方のレヴェントは計画失敗を受けてなお思考を回転させ、眼前の戦いとセトリス陥落の双方で利を得るための策を必死にたぐり寄せようとする。


「どいつもこいつも役立たずのゴミばかり……!! 私の計画は完璧だった……いいや、今もまだ完璧なまま進行中である!!」


 ――本来、緑宝騎士団が剣皇から命じられた役目は〝セトリスの貿易封鎖〟だった。

 セトリスと交流を持つ各国の天契機カイディル建造を遅らせ、あわよくばセトゥから採掘される鉱物資源をも確保する。

 緑宝騎士団にはそのための戦力しかなく、セトリス陥落を担う〝本隊の到着までの牽制〟が彼らの役目だった。


「だが足りん……! それでは足りんのだ!! 私が帝国騎士の頂点となるには、そのような小さな成果では到底足りんのだよ!!」


 きっかけは、セトリス中枢に存在する〝不穏分子マアト〟の存在だった。

 レヴェントが行った入念な内部工作の結果、セトリスの内政を司るマアトが謀反の誘いに同調を示した。

 内通者を得たレヴェントは騎士団の目標をセトリス陥落へと切り替え、そのための準備を着々と進めるようになった。


「そうだ……! たとえナズリンがしくじろうと、クーデターが失敗しようと……私はまだ負けてはおらん!」


 やがてレヴェントはマアトの手引きで先王の暗殺を果たし、セトリスの分断にも成功した。

 唯一の想定外だった、エリンディアの独立騎士団に対しても抜かりはない。

 星砕きの性能を測り、シータとリアンを暗殺し、クーデターに乗じて総攻撃を仕掛ける……二重三重の策をもって、確実な勝利を手にするはずだった。


「私はまだ負けてなどおらん! 今ここでお前たちを倒し、戦力を立て直した上で攻め立てれば……今度こそ勝利は私のものだ!!」


 もしレヴェントの計画に綻びがあったとすれば、それはただ一つ。


 容易に暗殺出来ると思っていたシータが〝生身でも悪魔のように強く〟、あらゆる毒を見抜く超人的な生存能力を持っていたということ。


 レヴェントは、シータのことを何も知らなかった。

 それがこの破局を招いた、たった一つの理由だった。


「私もルーアトランも、二度同じ手に負けはしない! 頼めるか、ラファム将軍!!」


「承知! この身、たとえ燃え尽きようとも――!!」


 波打つ砂丘。

 猛烈な砂塵を巻き上げながら、ルーアトランを乗せたセルクティが更に加速する。

 だがすでにその装甲には無数の矢が突き刺さり、機体に収まる水晶炉は限界を超えて悲鳴を上げていた。


「ふん! 馬鹿の一つ覚えに突っ込んでくるか……ならば望み通りあの世に送ってやる! 私の輝かしい栄達のいしずえになるがいい!!」


「今度こそ……今度こそ決めてみせる! 頼むルーアトラン……私に力を貸してくれっ!!」


 決着の時。


 互いの距離が近付き、正確な狙いが可能となったレヴェントは、弩砲に残された矢弾全てをセルクティの下半身に叩き込んで完全に破壊。

 突撃の勢いを見事に封殺して見せる。だが――!


「今だ!! 飛ぶぞルーアトラン――!!」


「なぬッ!?」 


 だが次の瞬間。

 リアンは残された片足を司るペダルを全力で踏み込み、風の翼を制御するレバーを一気に引き倒して加速飛翔。

 ついに大破したセルクティの爆発を背に、蒼穹そうきゅうのケープをひるがえして特攻を仕掛ける。


「はぁああああああああああああ――ッ!!」


「この……小娘がぁぁああ――ッ!!」


 雷光の如き速度で迫るルーアトランに、レヴェントは両手の弩砲を即座に放棄。

 空手となった両腕と、回転刃を備えた三つ目の腕を総動員し、相打ち覚悟でルーアトランの迎撃を試みる。そして――。


「か、は……ッ!」


 両断。


 飛翔したルーアトランは、一度は敗れた回転刃を巧みな姿勢操作によって身をよじりつつ紙一重で回避。 

 その旋回と共にリアンが放ったルーアトラン渾身の斬撃は、ヤルヴィンが伸ばした両腕を切断し、そのままレヴェントが乗る機体中央を真っ二つに切り裂いていた――。


『――あきないか。ならば、俺が買うのは〝お前の才〟だ。これからは俺のために働け、レヴェント』


「へい……か……」


 破壊され、炸裂する操縦席の中。

 レヴェントは、かつて自身が剣皇からかけられた〝始まりの言葉〟を聞いていた。

 その商人としての生において、〝人は富と金にしか興味がない〟と信じきっていたレヴェントが、自らの命に価値を与えられた瞬間の声を聞いたのだ。


「剣皇、陛下に……!! 栄光あれ――――!!」


 主の言葉を胸に抱き――緑宝騎士団団長レヴェントは、愛機と共に爆炎に消えた。


 砂上に残されたのは、限界まで傷ついたルーアトラン。

 天上にある月の光は、金色の砂漠に倒れたまま動かぬルーアトランを癒やすように、どこまでも静かに輝き続けていた――。

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