熱砂の王国
「〝セトゥの噴煙〟を確認! 間もなくセトリス上空に入ります!」
エリンディアを旅立ってから十日。
大陸最北端から一気に南へと下ったトーンライディールを迎えたのは、エリンディアでは見たこともない壮絶な景観だった。
「すごい……! 山から〝火の川〟が流れてる……」
「コケーー!」
「爆発する山に、火の川と水の川。そして見渡す限りの砂か……これは確かにとんでもない場所だな」
古王国セトリス。
どこまでも広がる黄金の砂漠と、大陸最高峰の独立火山セトゥから流れ落ちる水と炎の川によって守られた、現存する最古の王国である。
セトリスの守護山セトゥは今も噴火を続ける活火山であり、雨の少ないセトリスに貴重な水を供給する水源でもある。
王都が位置する山の西側には豊かな水が流れ込み、いくつかの湖と青々とした緑の木々に囲まれた豊穣の地だ。
だが山の東側に目を向ければ、そこに広がるのは地獄絵図。
水は不気味に揺らめく蒸気となって大地から噴き出し、赤や黄色に輝く希少な金属や化合物が何重にも堆積する。
もし何者かが不用意に近付けば、灼熱のマグマと有毒の大気によって瞬く間に死に至るだろう。
まさしく楽園と地獄が隣り合わせに共存する世界。
それがセトリスの大地だった。
「エリンディアと同じで、セトリスもあの山のおかげで東から迫る帝国の侵攻を防いできた……けれど、ここ数ヶ月で帝国は〝火山帯を走破可能な新兵器〟を戦場に投入してきたって聞いてるわ」
「なるほどな。そこで私たちの出番というわけだ!」
見たこともない光景に目を丸くするシータとリアンに、分厚い本を抱えたニアがセトリスの現状を伝える。
シータたちエリンディアの独立騎士団の目的は、帝国の侵攻によって危機に瀕する国々に友軍として力を貸すことだ。
ソーリーンが〝友軍外交〟と名付けたそれは、未だ反帝国で一つに纏まることが出来ない大陸諸国を一つにまとめ、やがて訪れる帝国との決戦に備える第一段階だった。
「そうは言っても、まだ国交もろくにない国に突然『貴方の国を助けたいので軍を送ります』なんて言っても、受け入れられるわけがないでしょう? だから、まずはいくつかの友好国で活躍して、私たちの名声を大陸中に広める必要があるの」
「任せておけ! それに私などは、〝なぜか〟帝国にも名前が知れ渡っているようだしな!」
「女王様も、それにはきっとイルレアルタが役に立つって仰ってました」
「そうね……この外交が上手くいくかは、貴方たち二人にかかってる。もちろん、私たちも全力でサポートするからね」
「ではこれより、トーンライディールをセトリス近傍の森林地帯に降下させる。第一進路はセトゥの北へ。山を盾に、東側に駐留する帝国軍の死角からセトリスに降りる。侵入速度はリッカ君にお任せするよ」
「あいあい、船長」
船長であるカールの指示を受け、空鯨の手綱に繋がる巻き取り式の取っ手を操る赤毛の少女――リッカが淡々と応じる。
リッカが軽快な動作で二つの取っ手をくるくると回すと、前を飛ぶ空鯨は心地よさそうな鳴き声を上げて進行方向を北に変える。
やがてトーンライディールの船影はセトゥの巨大な山体に隠れ、砂漠のオアシスを囲む美しい森の中に無事降下していった――。
――――――
――――
――
「――ようこそ、古き友人たちよ。私はマアト・ネフェルガレ。我らが偉大なる王、メリク様の
「初めましてマアト様、私はニア・エルフィール。女王ソーリーンに代わり、独立騎士団の代表として参りました」
トーンライディールがセトリスに降下して数刻後。
すでに降下先に出迎えを用意していたセトリス側の一団に連れられ、守護騎士のシータとリアン、そして外交官代表のニアと、技術士官代表のマクハンマーは、セトリスの王城へと足を踏み入れていた。
「ここがセトリスなんですね。森とも、エリンディアとも全然違う……」
「それはいいのだが、とにかく暑すぎる……」
「コケー……」
周囲には精巧な細工が施された巨大な石柱が並び、同じく巨大な石を重ねて作られた壁面には、青や金の色鮮やかな壁画がびっしりと描かれている。
空から照りつける太陽の光は刃のように鋭く、シータたちも普段着とは別に、麻布のローブを纏って暑さを凌ぐ格好になっていた。
「それでは、どうぞこちらへ。我らが王も、皆様にお会いするのをそれはそれは楽しみにしておりました」
摂政のマアトに案内され、シータたちは広大な王城の敷地を進む。
戦時のため、道中では大勢の武装した兵士たちが物々しい雰囲気で警備についており、中にはエリンディアで見た高空弩砲や、対天契機用の火炎弩砲などがいつでも使用可能な状態で設置されていた。そして――。
「よく来てくれた、エリンディアの友よ! 我の名はメリク・セトゥ・アーナード七世。先頃冥界へと旅立った父上の跡を継ぎ、セトリスの王に即位したばかりだ!!」
長く続いた回廊の先。
まばゆく輝く黄金の玉座でシータたちを待っていたのは、まだシータと同じ年頃であろう少年王だった。
「お目通りに預かり光栄です、陛下。セトリスとエリンディアの変わらぬ友好をここに示せたこと、私も嬉しく思います」
「うむうむ! 今は戦時ゆえ盛大な歓迎は行えぬが、我は
まだ即位したばかりだという少年王――メリクは、その
「ところで其方たちの中に、あの星砕きに乗る騎士がいると聞いた! 誰がその騎士なのだ?」
「え?」
「シータ君のことか?」
「イルレアルタを扱う守護騎士のことでしたら、ここにいるシータ・フェアガッハが……」
「おお! その者が星砕きに乗っているのか!? くぅぅ……なんとも羨ましい!!」
突然のメリクの問いに当人のシータだけでなく、ニアもまた困惑した様子で答える。
だが一方のメリクは興奮した様子で玉座から身を乗り出すと、もはや我慢ならぬとばかりにシータの元に駆け出したのだ。
「あ、あの……?」
「星砕きのイルレアルタと、最強の弓使いエオイン!! 我は父上から何度となくその話を聞かされ、ずーっと憧れておったのだ! お願いだシータとやら、我に星砕きを見せてくれ! 我もこの目で伝説の星砕きを見てみたいのだっ!!」
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