小さな一歩
「今日からここでお世話になります、シータ・フェアガッハです。よろしくお願いしますっ」
トーンライディールがエリンディアを発った日の昼下がり。
窮屈ながら様々な設備の整った飛翔船の調理場に、はきはきとしたシータの挨拶が響いていた。
「というわけで……シータさんには、私たちと一緒に船内の調理を担当してもらいます。皆さん仲良くして下さいね~」
「騎士様が一緒に?」
「そりゃあ、人手が増えるのは助かりますけど……どうしてわざわざ騎士様が料理なんて?」
エリンディアと共に戦うと決めたシータは、暫定ではあるがリアンと同じ〝守護騎士の階級〟をソーリーンから授けられている。
各国によって騎士の定義はまちまちだが、少なくともエリンディアでの守護騎士とは即ち、〝
天契機を扱う守護騎士の務めは当然ながら戦うことであり、そのような立場のシータが料理をするという話に、料理長以外の若い二人は困惑の色を浮かべた。
「騎士って言っても、僕はまだエリンディアに来たばかりで国のことも、みなさんのこともよく知りません。だからまずは、みなさんのお手伝いをすることから始めようと思って!」
「ま、真面目過ぎかよ……?」
「そーなんだ! わたしは大歓迎っ! よろしくね、騎士様!」
「それではシータさんには、早速今日の夕食を一緒に作って貰います。それと最後になりましたが、私は料理長のアイファ・オークイン。なにか困ったことがあったら、遠慮せず聞いて下さいね~」
「ありがとうございます、アイファさん」
トーンライディールの総員数は約五十名。
その殆どがイルレアルタとルーアトランの整備員であり、次いで船の操船に必要な航行要員が多数を占める。
残る少数の人員はニアを初めとした外交担当や商人、そして調理と医療といった生活の担い手が数名という構成になっていた。
船旅を共にする大所帯の食をまかなうべく、料理長を務める柔らかな雰囲気の中年女性――アイファに促され、エプロンを身につけたシータも早速調理に取りかかる。
「普通の船なら、料理も船員の仕事なんでしょうけどね~……この船の皆さんは天契機の整備でとにかく忙しいというので、私たちもご一緒することになりましてねぇ~」
「まあ、おかげで俺みたいに料理しか取り柄がない奴も、この空の旅にご一緒できたんですけどね」
「わたしもわたしもー! 飛翔船に乗っていいって言われた時は、嬉しすぎて泣いちゃったもん!」
「なんとなくわかります。僕もここに来るまでは、まさか自分が空を飛ぶことになるなんて思ってませんでしたから」
和やかな会話を交わしながらも、シータが調理の手を止めることはない。
小さなカゴに押し込まれた鶏の首をスパスパと飛ばし、一瞬で逆さ吊りにしてだばだばと血抜き。
同時に一切の容赦なく羽をむしり取って酒と塩をまぶすと、湧かしておいた湯に絶妙な配合で臭み消しのハーブを先入れしていく。
「えーっと……シータくんって、もしかして案外ワイルドな感じ?」
「握ってるのも包丁じゃなくて、剣みたいなナイフじゃんっ!」
「え? だめでしたか?」
「駄目なんてことはありませんよ~。手早く美味しい料理が出来るのなら、作り方なんてなーんにも問題ありません。ティードさんとソアラさんも、見てばかりいないで手を動かしてくださいね~」
――――――
――――
――
「うんまぁぁああああああああああい! なんだこの料理は!? これをシータ君が作ったというのか!?」
それから少し後。
船内中層に設けられた食堂では、リアンやニアを初めとした船員たちが、目の前に広がる料理に喜びの声を上げていた。
「ご馳走様。シータさんは、この戦いが終わっても料理人として立派に食べていけそうね」
「ニアの言うとおりだ! こんなに素晴らしい料理がこれからずっと食べられるのかと思うと、私も今すぐ熟睡して朝食の時間にしてしまいたくなるな!」
「よかったぁ……料理には自信があったんですけど、食べてくれるのはお師匠とナナだけだったから、ちょっと不安だったんです」
「コケ! コケ!」
シータが担当した料理は、その夜のメインとなる〝鶏肉とキノコのハーブ煮込み〟だ。
臭みを抜いた鶏を骨ごとじっくり煮込んだスープに、乾燥野菜とたっぷりのハーブ、そして多様なキノコを入れ、塩胡椒で味を調えた実に野性味溢れる一品である。
「うまい! おかわりをくれ!!」
「私も!」
「わしもわしも!」
「うわわ!? い、今すぐ用意しますーっ!」
――――――
――――
――
「僕たちと一緒に、イルレアルタの整備をしたいのかい?」
「はい! 僕にも皆さんのお手伝いをさせて欲しいんです!」
明けて翌日。
朝食を終えたシータは、イルレアルタの整備を続けるマクハンマーに頭を下げていた。
「もちろん僕たちは大歓迎だけど、どうして急に?」
「昨日、僕はイルレアルタのことを聞かれても答えられなくて……イルレアルタと一緒に戦っている僕が、それじゃだめだって思ったんです」
なにも知らないことに気付いたなら、後は知るために動けばいい。
それはイルレアルタのことも、シータが今まさに出会っている大勢の人々のこともそうだ。
ローガンとの戦いを経たシータは、ただ流されるだけだったこれまでと打って変わり、自ら考え、より積極的に行動するようになっていた。
「そっかそっかぁ、そんな風に思ってくれるなんて嬉しいなぁ! そういうことなら、早速手伝ってもらおうかな! 天契機って、実際に人が乗らないと起動しない仕組みが沢山あってね。あれもこれもそれもどれも……でも狩人君が手伝ってくれれば、イルレアルタの解析作業もきっと一気にはかどるよ!」
「そ、そうなんですねっ」
「じゃあ、まずはこれをどうぞ! これは僕が調べたイルレアルタの構造図なんだけど、ここがいつも狩人君が乗っている操縦席。こっちが反射水晶炉で――」
シータの熱意を目にしたマクハンマーは実に嬉しそうに笑うと、すぐさまシータと共に横倒しのイルレアルタへと向かった――。
――――――
――――
――
「はふぅ……疲れたぁ……」
「コケコケー」
夜。
月明かりに照らされた広大な雲海の上を、二頭の
その日も業務を立派にこなしたシータは、ナナと共に甲板で冷たい夜風を浴びていた。
「――お疲れ様だな、シータ君」
「あ……リアンさん」
「実は先ほどアイファさんに〝干しリンゴ〟を貰ってきたんだ。君と一緒に食べようと思ってな。もちろんナナの分もあるぞ!」
「わぁ……いただきますっ」
「コケー!」
へとへとのシータを見舞いに現れたリアンは、カリカリに干されたリンゴ菓子を二つ、ひょいと差し出す。
直接シータの口に放り込まれたリンゴ菓子はとても甘く、疲れたシータの体と心にじんわりと染み渡る味わいだった。
「寝てばかりの私がこう言うのもなんだが、少し頑張りすぎではないか? 別にそこまで急がなくても、ニアも他のみんなも、君の立場はちゃんと理解していると思うのだが」
「僕ならぜんぜん平気です。新しいことを覚えるのは大変ですけど……なんだか、やっと僕も皆さんのために出来ることが見つかったような気がして」
「ふふ、君は本当に真面目なんだな」
シータの横に並び、リアンは甲板から望む夜空の美しさに目を細める。
眼下を過ぎる雲海には二頭の空鯨と船の影が落ち、なだらかに重なり合う雲が幻想的な光景を生み出していた。
「リアンさんにも女王様にも、エリンディアの皆さんにも僕は何度も助けて貰いました。だから僕も、少しでも皆さんに恩返しがしたくて」
「だが、君は――」
シータのその言葉に、リアンは『君はすでにエリンディアを救っているじゃないか』と言いかけて……やめた。
シータはイルレアルタの力ではなく、〝自分の力で自分の居場所を作りたい〟のだろうと、リアンはそう感じたのだ。
「でも、どうしてリアンさんはいつも僕に良くしてくれるんですか? 初めてお城で会った時から、ずっと気にかけてくれて……」
「そうだっけ?」
「そ、そうですよっ! もしリアンさんがいなかったら、僕も今みたいに頑張れなかったかもしれません……だから、すごく感謝してるんですっ!」
「それなら、私もシータ君が来てから毎日がさらに楽しくなったぞ。最近は私が〝寝落ち〟しても、君がちゃんと受け止めてくれるしな!」
「今までは床に倒れてたんですね……」
「コケコケ……」
その凜とした横顔に満面の笑みを浮かべ、リアンは艶やかな銀髪を夜風になびかせる。
「まあ……そうだな。だがそう言われてみれば、私にも一つ〝思い当たる節がある〟……それについては、そのうちシータ君にも話そう」
「今じゃだめなんですか?」
「駄目じゃないが……実は私の〝ねむねむスイッチ〟が今にもオンになりそう……なのでな。だから、この話は……またこんど……むにゃぁ……」
「コケ!?」
「うわぁ!? ま、待って下さいリアンさん! こんなところで寝たら風邪ひいちゃいますからっ!!」
今にも安らかな眠りの世界に旅立とうとするリアンを必死に急かし、シータはやがて船内へと降りていく。
居場所は自分の力で手に入れる。
それもまた、シータが森で身につけた自然の摂理。
師の喪失による悲しみを胸に、それでも前に踏み出そうとする少年を乗せて船は飛ぶ。
そして初めての旅を終え、トーンライディールが古王国セトリスに辿り着いたのは、エリンディア出発から七日後のことであった――。
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