天穹のイルレアルタ~最強弓使いの弟子は、弓ロボに乗って戦乱を終わらせる~

ここのえ九護

序章

旅立ちの森

襲撃


 時は星歴977年。

 季の節は三。


 その夜、森は赤く燃えていた。

 恐るべき侵略者達が、暗く古い森に火をつけたのだ。


「お師匠っ! 僕の話を聞いて下さい!!」


 燃えさかる森の奥。

 白煙と炎に包まれた木々の上。

 右手にトネリコの弓を抱え、まるで風のように枝から枝へ飛び移る一人の少年の姿があった。


「いくらお師匠でも、一人で帝国と戦うなんて無茶です! 一緒に逃げましょうよっ!!」


 少年の名はシータ。


 歳の頃は十四。

 育ての親である師と共に、この深い森の奥でひっそりと暮らしていた狩人である。


 そしてそのあどけなさを残す横顔をすすで汚し、必死に声を上げるシータの視線の先。


 そこには炎の光に照らされた二体の巨人――このケルドリア大陸で〝天契機カイディル〟と呼ばれる巨大な人型搭乗兵器が、剣と弓とを交えて激しい戦いを繰り広げていた。


「無理だよ。彼らは帝国でも名の知れた黒曜騎士団こくようきしだんだ。どうせこの辺りはとっくに包囲されてる。もし私たちに生き残る道があるとしたら、戦って勝つだけさ!!」


 天契機の一方から、シータの師であるエオイン・フェアガッハの声が響く。


「その通りだエオイン殿。我が騎士団は、剣皇けんおう陛下より必ずや〝貴殿の息の根を止めよ〟と厳命されている。活路ならば、伝説にうたわれたその弓で切り拓かれよ!!」


 残る一方。

 漆黒の甲冑で身を包む天契機から、操縦者であろう帝国騎士の堂々とした声が応じた。


 今夜、この森を襲った帝国騎士団には五機の天契機が随伴していた。

 しかしシータの師であるエオインは、どこぞに隠していた古びた天契機を用いて瞬く間に四機を撃破。

 ついには騎士団長との一対一という状況にまで持ち込んでいた。


「ほらね! そういうことだから、今のうちに君だけでも逃げるんだ、シータ!!」


「お師匠を置いて逃げるなんて、出来るわけないでしょう!?」


「弟子は師の言うことを聞くものだよ。君は生きて、北にあるエリンディア王国にこのことを報せてほしい!」


「いきなりそんなこと言われてもっ!」


 逃げろという師の声に逆らい、シータは死闘を繰り広げる二機の天契機の元へ向かう。


「コケーーーー!」


「ナナ!!」


 そしてその最中。

 炎を切り裂いて一羽の〝白鷹〟がシータの元に飛び出す。

 見れば、そのコケコケと鳴く奇妙な白鷹の爪には、シータがすでに放った数本の矢が拾い掴まれていた。


「ありがとう、ナナ。怪我はない?」


「コケーー! コケコケ!」


 現れた白鷹の名はナナ。

 狩人であるシータの頼れる相棒である。


「見つけたぞ! 弓使いの小僧だ!」


「殺せ! この森の住人は、一人残らず皆殺しにせよとの勅命である!!」


「っ!?」


 再会の喜びも束の間。

 木の下では武装した騎士達が弓を構え、今まさにシータめがけて矢を放とうとしていた。 


「ぐあ!!」


「ぎゃあ!?」


 しかし騎士達の矢が放たれるよりもはるかに早く。

 シータの矢が一瞬にして騎士達を射貫く。


「コケーー!!」


「な、なんだこの矢の数は。相手は一人ではないのか!?」


「くそっ、鷹が邪魔で矢の狙いが定まらん!」


 シータの矢に続き、ナナも即座に騎士達の間を飛び回って混乱を引き起こす。

 一人と一羽の見事な連携により、騎士達は瞬く間に倒れ去った。


「向かってくるなら、人も獣も同じです!!」

 

「つ、強い……」


「化け……もの……」


 恐るべきはシータの弓術。

 倒した騎士達にはもはや目もくれず、シータは再び師の元へと急いだ。


「なかなかやるね。君も、その天契機も。伊達に私の討伐を任されてはいないらしい」


「理解したのであれば、貴殿もそろそろ本気を見せたらどうだ。最強の弓使いと呼ばれる貴殿が、なぜそのような貧弱な天契機に乗っている? かつて星を射貫いたという、〝本来の天契機〟はどこに隠した!?」


「……〝あれ〟は君なんかに使うにはもったいない代物さ。私にあれを使わせたいなら、今は剣皇なんて名乗ってる臆病者の主君を連れてくるんだね!!」


 シータが森で騎士達と戦っている間にも、エオインと漆黒の天契機の戦いは激しさを増していく。


 しかし両者の力の差は歴然。

 天契機の操縦技術では明確にエオインが勝っていたが、互いの機体性能差は圧倒的だった。


 その証に、エオインが操る古びた天契機は何度となく矢を命中させたが、漆黒の天契機には傷一つ与えられていない。

 エオインの機体は徐々に打つ手を失い、防戦一方となっていた。


「不本意だが仕方ない……伝説を抱いたまま散るがいい!!」


「逃げてお師匠っ! お願いだから逃げて下さい!!」


「やれやれ……歳は取りたくないものだね。こっちはまだシータになにも伝えてないっていうのに。けどね――!!」


 炎上する木々をなぎ倒しながら、エオインは機体を後方に逃がす。

 それを勝機と見た帝国の騎士は、恐るべき加速と共に必殺の大剣を突き出した。

 だがエオインは、その踏み込みを待っていたのだ。


「さて、この距離ならどうかな!!」


「仕掛けてくるか!」


 最後の交錯。


 それを見ていたシータは、〝師の勝利を確信した〟。

 なぜならエオインは、天契機の装甲に存在するわずかな隙間……一撃で致命傷となる首の関節部分に必中の狙いを定めていたからだ。しかし――。


「え……っ?」


 瞬間。

 シータの瞳は驚愕と絶望に見開かれた。


 決して外れたことのないエオインの矢が、〝放たれる直前で狙いを変えて逸れ〟、振り下ろされた大剣が師の機体を無慈悲に切り裂いたからだ。


「あ……ああ……っ!?」


「なる、ほど……〝そういうことか〟……最後に気づけて、良かったよ……」


 その光景にシータは涙を浮かべて絶句し、師がいるであろう場所に向かって必死に手を伸ばす。


「生きるんだ、シータ……〝星〟は……君に……託す……――――」


 シータが伸ばした手。

 その手が師に届くことはなかった。


 満足に別れの言葉も残せぬまま。

 シータにとってたった一人の家族であり、誰よりも敬愛する師の機体は閃光と共に弾け、大地に沈んだ。


「叶うならば、星砕きに乗った貴殿と刃を交えたかったが……」


 師を亡き者にした漆黒の天契機は、高揚も感慨もない様子で大剣を振り払うと、ゆっくりとシータのいる方へと向き直る。

 シータの存在は、すでに捕捉されていたのだ。


「我が主の望みは、エオインに連なる全ての者の抹殺……たとえ少年であろうと、見逃すつもりはない」


「嘘だ……お師匠……っ」


「コケ、コケーー! コケコケーーーー!!」


 しかしシータは動けない。

 ナナの必死の呼び掛けも届かない。

 エオインの死は、それだけで気丈なシータの心を砕くのに十分すぎる事実だった。だが――。


「……なんだ?」


「星……?」


 だがその時だった。

 茫然自失ぼうぜんじしつとなったシータの目の前に、一条の光芒こうぼうが落ちた。


 光はやがて巨大な人型の輪郭を形成。

 光の収束に伴って灰色の全身像を現わすと、傷ついたシータを庇うように、漆黒の天契機の前に立ち塞がった。


「天契機……?」


「この天契機は……まさか!?」


 理解の追いつかない状況に、シータと帝国の騎士は同時に声を上げる。

 現れた灰色の天契機は両者の声にも微動だにせず、ただ暗く沈んだ眼孔を青く明滅させた――。

 


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