エンジェルちゃんへの返信

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 白野紅珠朗の仕事部屋のドアがノックされた。と、すぐにドアが開き、双子が入ってくる。


「ベニちゃーん、なんか変なのきた」

「私たち、こんなの登録してないよ」

「君たち、ノックしたなら返事を待ってから開けるように」


 今では3人の共用となっているタブレットを、双子がおずおずと差し出した。ノックの件は耳に入っていないらしい。

 白野はスクロールして表示された全文を読むと、「ああ」と小さく呻いた。


「これは、大丈夫。いや、大丈夫ではないか……」

「なに?」

「どしたの?」


「実はこれ、暗号なんだ。黒瓜一族、および他の異能者に一斉送信される緊急指令。万が一、外部の人間が見てもわからないように、メルマガを装ってる」


 白野は画面を指差しながら、解説を始めた。まずは最初のトピック。



 30日後、某国が世界中に大量の呪詛を降らせる準備をしているとの情報を入手した。各自備えよ。

 大洪水とは、大雨に乗せた呪詛であることが確定の意。



「えー……大量の呪詛? 何それ」

「そんなの、大丈夫なの?」


 双子は不安げに白野を見上げる。


「しっかり準備すれば、大丈夫。今までだって何度も凌いできてるんだ。この国の防衛力はなかなかのもんだよ」


 国家間の争いは、武力によるものだけではない。各国の持つ霊的な力のバランスも、実は大切な要素なのだ。

 連綿と紡いできた歴史によって蓄えられ、国土に染み込み空気に溶け出す神秘の力。それを基にした、現在ある国民一人ひとりの精神力の総体。それが、国の持つ霊的な力の正体である。

 周囲を海に囲まれた島国である日本は、歴史的にも人民の国外への流出が極端に少ない。古来より『八百万の神』を敬ってきた日本人の精神は、長きにわたり国土と密接な繋がりを保ち続けている。

 加えて、寺社仏閣の存在がある。数多に点在するそれらが人の心と土地を強く結びつけ、霊的な力は国土全体を覆い、悪しき力を退けているのだ。



「じゃあ、初詣とかお墓参りとかが大事ってこと?」

「そう。道端にある祠やお地蔵さんなんかも大事」

「えーっと……携帯電話の基地局がたくさんあるおかげで、どこでも電波入る、みたいなこと?」


 いかにも現代っ子な解釈に、思わず吹き出してしまう。


「まぁ……そう遠くないか。一人ひとりの力が神社仏閣を通じて繋がって、日本全体を覆ってる、って点ではね。そこに、俺たちみたいな異能持ちが補強をするって感じかな。黒瓜家からも、腕利の結界師とか祓師なんかが日本の守護に当たってるよ」


「へー、なんかすごい」

「お参りとかお祈りって、そういう意味もあるんだ」

「うん。人はいろんな思いや目的を持ってお参りするけど、それが結果的に国を護る事にもなってるんだ。だから、道端の祠なんかの前を通る時に、手を合わせるまでしなくても心の中でお礼を言ったりするといい」

「それだけでいいの?」

「やらないよりは、ね。先祖代々日本人はそうしてきた」


「で、他の暗号は? 具体的にどう対策すればいいの?」


 白野は再び、メルマガの続きを指差し説明する。



 10時間以上の水中行動限界云々は、長時間の攻撃に耐え得る守備体勢を整えよという指示。呪いに対抗する力のない種族は雨を避け屋内で過ごすとか、家の雨漏りなんかにも注意。

 雷注意報は文字通り、水と相性の良い雷撃が混じる可能性。呪いにより落雷を引き起こすのだ。


「担当各所、もしくは自宅の結界や封印の術が弱まっていないか、護符やなんかは足りているか、よく確認しろってことだな。足りなければその旨返信してね、個別に連絡を取り人員防御系異能者を派遣、または物品を補充しますよ〜、って」


「この、異世界転生っていうのは?」


 一瞬、白野は言い淀んだが、敢えて軽い調子で答える。


「これは君らのお母さん、珠ちゃんは異世界に行ってるから、今回彼女の力は使えないからね、って念押しだ」

「なるほど」

「なんか雑な暗号だね」


 急いでスクロールして、最後のNewsというところを指し示す。母親の事を思い出すと、彼女たちが寂しくなってしまうかもしれないから。


「で、このフタヒロくん人形。これは二人も持ってる、アレのこと」

「ああ、お母さんがおうちに隠してくれてた宝物」

「形代ね。あのふざけたやつ」


 ふざけた、というのはそのデザインのことだ。全長20センチほどのその人形は、ウインクして口の端から舌をペロリと出し、胸の前で片手の親指を立てている男の子。

 でも、握った手の部分を押すと目が光ってライトになるし、緊急時には髪の毛の部分がパカッと開き回転して持ち主のところまで飛来し、救難信号と音声を発してくれるという優れもの。しかも一度だけ、身代わりとして致死攻撃を受けてくれるのだ。

 ちなみに服の色は12色展開、オプションで様々なファッションアイテムを装備でき、着せ替えを楽しむこともできる。


「いい機会だし、着せ替えオプション買っとく?」

「……要らない」

「私もいい」


 白野自身は既に、紅いジャケットとポインテッドトゥの飴色の革靴を装備させており、オシャヒロくん(オシャレフタヒロくんの略)と密かに名付けていた。今回ハットなど買ってみようかと思ったのだが……双子の手前、ちょっと恥ずかしいのでやめておくことにする。




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スペシャルゴッド通信 エンジェル様


 いつもメルマガ拝読しております。

 当方、災害への備えは充分ですので、この度のWebセミナーは不参加と致します。

 ただ、もし対人でのセミナーの機会があれば、会場を提供できます。参加可能人数は50名程度です。

 また、フタヒロくん人形を予備として3体購入希望。(赤・青・黄色、各1体)


 よろしくお願いいたします。



 白野紅珠朗

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