今後ともよろしくお願い申し上げます
🍻
「とりあえずビール! 飲みたくて死にそう!」
「言うと思った、このバカたれ!」
「マジデ心配シタヨー」
この古い日本家屋において唯一の洋室である白野紅珠朗の仕事部屋に、破顔の大男達がひしめいている。十畳あるとは思えないほど窮屈で天井も低く見え、酸素が薄い気さえする。
イカツい男達の中央に居る巨漢が、
依頼者であった本人は、元の時代に戻った。歴史の改変が起きていないから、無事なはず。「現代文明に極力触れさせるな」というキクさんの指示は正しかったみたいだ。
白野は身を縮め、渡の無事を祝う屈強な男達の隙間を縫うようにして部屋から這い出した。クーラーボックスを客間へ運び込み、キクさんの指令で冷やしてあった缶ビール一箱分を取り出して座卓へ積み上げる。渋い細工の施された黒柿の重厚な座卓も、まさかレスラーの飲み会に使われるとは夢にも思わなかっただろう。ここなら二十畳あるから、広さは十分。
「ビール出しましたよ。客間の方へどうぞ」
自室に戻って声をかけると、野太い歓声が上がる。男達から次々にハグや握手を受け、白野は揉みくちゃにされながら、自らも客間へと連行されてしまった。双子達はといえば、仕事を終えて自分たちの部屋に引き篭もっている。そりゃそうだ、こんな大男に囲まれるのは恐ろしかろう。大の大人の白野だって、恐ろしいのだ。できるなら自室に篭ってしまいたい。
「それでは、ごっつぁんの帰還を祝しまして。カンパーイ!」
「「「「「「カンパーイ!」」」」」」
皆に合わせて白野もビールを掲げる。ゴッゴッゴッゴッ…と、およそ人間が発するとは思えない怪音を轟かせ、350mlのビールは瞬く間に消え失せた。
続け様に2本目を開ける音がする。
「白野さん、お世話になりました。ありがとうございますぅ♡」
「「「「「「「あざーーーーーっす!!!!」」」」」」
野太い声が腹に響く。声と裏腹なキラキラした目でこっち見ないで。勘弁してほしい。それでなくとも体育会系は苦手なのだ。なんとなく。
どんな顔をしたらいいのかわからないので、とりあえず胡散臭い笑顔で会釈する。
「ただいまー! ビール買ってきたよ」
「「「「「おじゃーっす」」」」」
天の助け、と言うタイミングで、若手レスラーを引き連れたキクさんが帰ってきた。近所のスーパーやコンビニを回ってビールと食材を買い込んできたのだ。
無骨な大男に囲まれても何ら物怖じしないどころか、大ボスの風格さえ放つキクさん。さすがは黒瓜一族の元締め。恐ろしいババアだ。
早速宴会が始まったので、白野は未開栓のビールをクーラーボックスに戻し、そっと客間を出た。いつの間にか、キッチンでは若手選手によりちゃんこ作りが始まっている。もう、誰の家だかわからないが、こういう状況には慣れている。ここに住んでいた子供の頃から、この家には人が集まるのが常だった。
元々、ここは祖母フクの家だ。戦後から女手一つで7人の弟妹を育てあげた姉を慕うフクは、キクさんはもちろん、親類を幾度も招いていたものだ。
階段を上がり、双子達の部屋へ。ノックするまでもなく、部屋の襖は全開だった。
「お疲れ〜」
ぴったり寄り添って畳に寝そべり、タブレットを覗き込んでいた双子が振り向く。
「ベニちゃん、お疲れ」
「ベニちゃん、これ見て」
スッと差し出されたタブレットには、漫画が映し出されている。白野は双子の向かい側に寝そべって、同じく覗き込んだ。
「菊池武光の漫画だよ」
「見つけちゃった。結構面白い」
素早く数ページ読んでみたが、なるほど、かなり面白そうだ。
「……何でも漫画があるんだなぁ」
「ビックリだよね」
「漫画になってないジャンルなんて、もう無いんじゃない?」
「武光さん、ご立派になられて……」
「「なんでベニちゃんが泣くのよ」」
泣いてなんかないやい。ちょっと目が潤んだだけさ。だって、あの歳で(見た目はデブのおっさんだけど)「お家のため」とか真剣に言われたらさぁ……と言いたかったが、声を出したら本当に泣いてしまいそうだ。
今の日本があるのは(一部)君のおかげだ。よろしく頼むよ、武光さん……
「ねえ月、わたし達も漫画になったりするかな」
「『黒瓜一族の双子美少女』的な?」
ギョッとして、一瞬で涙が引っ込む。
「『双子美少女と賢者の石』みたいな?」
「それパクリじゃん」
キャッキャと笑う双子に向かって、白野は顔を顰めてみせた。
「こら、キミたち。冗談でもそんなこと言っちゃダメ。キミらの異能は、バレたら危険だって言ったでしょう。悪い人に狙われるかもしれないんだからな」
「はいはーい」
「わかってますって」
そう、危険なのだ。この二人の能力は、任意の空間を一時的に繋いでしまう。現在過去未来、霊界や異世界だってお構いなし。現在は手紙一通程度を送るので精一杯だが、いつかもっと大きな空間を繋いでしまうかもしれない。この子達の母親、珠のように。
もちろん一族で護っているので襲ってくるような命知らずはいないとは思うが、それでも警戒はしておくべきだ。
だから少女達が異能を持つことは依頼者に伏せられ、仕事はいつも人目につかぬ場所でと決まっている。
今回の依頼者は、キクさんが連れてきたのだった。テレビでプロレスの生中継を観ていた時、レスラーの一人が突如錯乱を起こしたのだ。
「それ見てさ、『あー、これは憑依かタイムリープだね』ってピンときたわけ」
即座に会場へ乗り込んだキクさんは、黒瓜家の権力で関係者に話をつけ、混乱する彼らを落ち着かせ状況を整理した。
リングネーム「でぶ ♡ ごっつぁん」こと渡時男と精神が入れ替わってしまった男は、なんと鎌倉時代の武将 菊池武光、その人だったのだ。
落馬したと思ったら試合中のリングのど真ん中で、パワーボムを食らった直後だったという。さぞかし面食らったことだろう。
ごっつぁん(武光)はとりあえずプロレス団体の道場で預かり、レスラー達と生活を共にしながら、元に戻る道を探ることとなったのだった。
その間、白野は双子の力を借りて当時の陰陽師と文を交わし、両者を元に戻すべく取り計らった。合間に武光の母へ息子の無事を報せる手紙を送り、そしてめでたく今日、晴れて元通りと相なったわけだ。
今頃父や兄の戦死を聞かされているかもしれない。気の毒だが、こちらで私たちの口から聞かされるよりはマシだと思う。
双子と共に武光の偉業とその生涯を(漫画で)見届け、階下に降りてみれば、レスラー軍団は帰った後だった。最初の乾杯から2時間も経っていない。客間は綺麗に清められ、食器はもちろんシンクまでピカピカに磨かれ、ビールの缶も残っていない。
「あいつら、バーっと飲み食いして人海戦術であっという間に掃除して帰ったよ。仲間が心配で押しかけちゃったけど、長居しちゃ悪いからってさ。でかい図体して、気ぃ使いだね」
麦焼酎のロックを傾けながら、キクさんは楽しそうに笑った。
「後日改めて兄弟子さんと挨拶に来るって。あんた達へもお礼を残して行ったよ。冷蔵庫見てみな」
冷蔵庫の中には、近所のケーキ屋の箱と、綺麗に盛り付けられたちゃんこの土鍋が入っていた。
……礼儀正しく親切な若者達じゃないか。
なんだか妙に暖かい気持ちになってしまい、彼らに苦手意識を持っていた自分が恥ずかしくなってくる。モヤモヤと複雑な感じだ。
「キクさん、彼らの試合のチケットって、取れますかね?」
「ああ、いつでも招待するってさ。ごっつぁんたちのタッグで甲冑をモチーフにしたミニスカ・コスチューム作るから観にきてくれ、って言ってたよ」
……大男ふたりの、甲冑ミニスカ・コスチュームかぁ………
想像してまたもや複雑な心境に陥る、白野であった。
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〜 五通目 過去からの手紙・完 〜
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