またのご用命をお待ちしております
「いただいた画像、確認しました。これで結構です。字も綺麗だし、ばっちりです。いやぁ、白野さんに代筆をお願いしてよかったですよ。俺が書いてたら、どうしたって喧嘩腰になっちまう」
「お察しします。引き継ぎ業務、大変そうでしたもんね」
「そうそう、ただでさえ人手不足だってのに、いきなり失踪されちゃあね。そりゃもう、しっちゃかめっちゃかのてんやわんやでコッチもカッカ来てたからさ。でも、コイツに出会えたことについてはね、どうしても礼を言いたかった」
画面の向こうで「にゃあ〜ん」と元気な鳴き声が聞こえた。
「タマちゃん、お元気そうでよかったです」
「ねえ今、猫の声した?」
「見たい見たい! 猫ちゃん見たーい!」
腰まである長い黒髪を揺らしながら双子の少女が駆け寄ってきて、白野が持つスマートフォンを覗き込んだ。
「こらこら、仕事中だよ。向こうに行ってなさい」
「あはは、いいんですよ白野さん。うちのタマ、ぜひ見てやって。めちゃくちゃ可愛いんで。ほ〜ら、タマ、おいで」
「おーい、タマちゃん」
「タマちゃん、見えるぅ?」
「ニャー」
「タマちゃん、ご挨拶しなさい。えーっと確か、月子ちゃんと星子ちゃん…だよね?」
「うん。私が月子で」
「私が星子」
「お母さんのこと、大変だったね」
「まぁね」
「おじさんもね」
「あはは、こりゃ一本取られた」
「すみません、青木さん。全く、この年頃の子は難しくて」
「難しいって何よ、失礼ね」
「あ、猫ちゃん行っちゃった……ねぇツキ、ゲームの続きしよ」
「だね。おじさん、タマ、さよなら」
揃いのワンピースの裾を翻し、双子の少女たちは姿を消した。リビングルームから二人の声が聞こえてくる。どちらがどちらの声なのか聞き分けることはできないが、とりあえず仲が良く楽しげだ。
「いやぁ、賑やかでいいねぇ」
「大変失礼しました。では……話を戻しましょうか」
白野は手紙を畳み、封筒に入れて封蝋をした。別に普通に糊で貼ってもいいのだが、そこはそれ、様式美というやつだ。
「今から先方にお届けします。よろしいですね?」
「はい、お願いします」
画面の向こうで、興味津々といった様子の青木が見つめている。
白野は勿体ぶった手つきで封筒を蝋燭にかざし、火をつけた。たちまち火は燃え移り、封筒は炎に飲まれていく。
封筒を摘んでいる指先に炎が近づくと、白野はそれを空中に投げ上げた。封筒は炎に包まれ、空中でパッと消えた。
「おお!」
「……返信、完了しました」
「今ので送れたのか。まるで手品だ」
「少々特殊なケースですので」
いや、と青木が慌てて手を振る。
「あんたのことを疑ってるわけじゃない。宮尾のカバンの側にタマが居たってのは警察から聞いてるし、『轢いたと思った男が消えた』っていう運転手の証言も、手紙の内容と矛盾はなかった。ただ、不思議なこともあるもんだなぁって」
「よく言われます」
白野は微笑みながら頷いた。整った顔立ちながら、なかなかに胡散臭い笑顔だ。
客との通話を終え、白野は椅子の背もたれに深く背を預けて目を閉じた。珠子と組んでいた時には、仕事が一件終わる度に、シェリー酒をたっぷり染み込ませたケーキを摘み紅茶を楽しんだものだが……子供相手じゃそうはいかない。
(それにしたって珠ちゃん、異世界って。いくらなんでも、異世界って……)
両手で顔を覆い、そのまま髪を掻き上げる。大きく息をついて、頬をパンと打ち鳴らした。ため息をついていてもしょうがない。
弾みをつけて立ち上がると、白野は双子たちのおやつを準備しにキッチンへ向かった。
〜 一通目 異世界からの手紙・完 〜
🍻
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