Vladimira~吸血鬼と六甲おろし~
戸松秋茄子
序
これはわたしなりの手記であり、棺でもある。その意味は最後まで読めばわかると思う。ノートや原稿用紙を使うことも考えたけれど、けっきょく手に馴染んだ道具を使うことにした。
このiPhone5sはヴラディミーラに出会う一年前、中学校の入学祝いに買ってもらったものだ。当時の最新機種で、新学期の教室でもこっそりと持ち込まれた同モデルが散見された。ネットでiPhoneケースのアレンジ法を知り、ジェームス山のダイソーでiPhoneケースとレジン液を買い求めたのがゴールデンウィークが明けてすぐのことだったと思う。それ以来、押し花を一輪だけあしらったケースを使っている。花の名前はわからない。むかし親戚のお姉さんからもらったものだけど、訊く機会を逸してしまったのだ。手向けの花とするには少し寂しいけれど、あの信用ならない吸血鬼にはこの上なくふさわしいとも思う。
中学生になって初めての春休み、わたしはヴラディミーラと名乗る吸血鬼に出会い、それから秋までの半年間、彼女の眷族として時間を共にした。彼女のことについて、あるいは吸血鬼のことについて知るにはあまりにも短い時間だった。彼女はいったい何者だったのだろう、といまでもよく考える。
彼女と過ごした時間はちょうどプロ野球のペナントシーズンと重なる。わたしは彼女とともに二〇一五年のタイガースの戦いを見守り、シーズン終盤には甲子園にまで足を伸ばした。その思い出が色褪せてしまう前に文章の形で残すのがこの手記の目的だ。わたしはわたしの知るヴラディミーラをここに記録する。
少し遠回りになったけれど、そろそろ棺に釘を打ちはじめよう。
名も知らぬ一輪の花を添えて。
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