クリスマスまでだからね!


   **


「きゃー、ひったくりよー!」


 白昼堂々、女性がショルダーバッグを盗まれた。


 人間の世は荒み始めていた。


「待ちなさーい!」


 ひったくり犯の前に立ちふさがったのは、二十才前後の欧州女性だ。


 彼女は素早く上着を脱いで、上半身下着姿になった。


「うほ♥」


 ひったくり犯は彼女の艶姿に見惚れた。


 その隙が命取りだ。


「えーい!」


 女性はひったくり犯の顔に上着を巻きつけた。


 視界を奪われ動揺するひったくり犯に組みつき、女性は独楽のように回転した。


「出雲流、鬼殺し!」


 女性がしかけたのは、変形の背負投だ。


 ひったくり犯の体が宙を舞って、背中からアスファルトに落ちた。


 衝撃にひったくり犯は気絶した。


「ふう……」


「ひ、姫様ー!」


 上着を身につける女性へ、小さな動物型妖精が羽ばたきながら近寄った。


「な、なんという無茶をするロン!」


「危ないし、下着姿になるなんてモン!」


「お嫁さんに行けなくなるブル!」


 狼型、猿型、犬型の妖精が必死になっているが、女性の方は明るい笑顔を返すのみだ。


「大丈夫よ、犯人は捕まったし」


 女性はニコニコしている。


 先ほど鮮やかな柔の技を見せた時とは、まるで別人だ。


 この女性――


 グレースにとっては人前で下着姿になろうと、ひったくり犯を捕まえる事の方が重要だった。


 ――グォドドド……


 その時だ、街中に闇の軍勢が現れたのは。


 彼らは「カオス」の尖兵であり、人々から不幸のエナジーを吸収していく。


 彼らの目的「大破壊」のために……


「きゃあー!」


 幼児を抱えた若い母親に、闇の妖精が襲いかかる。


 次の瞬間、二条の閃光が宙を走り、闇の妖精を斬り裂いた。


「人呼んで一匹狼(アローン)!」


 両手に双剣を握った男が――


 いや顔は狼だ。狼男は母子を守った。


「姫、ただいま推参!」


 一匹狼はグレースに振り返った。


 狼男だが、その顔貌は凛々しく勇ましい。


「きゃあー、かっこいいー!」


「ありがとー、おじさーん!」


「へへ、カッコつけすぎたな……」


 若い母子に称賛されて、一匹狼は照れくさそうに笑った。


「だあああ!」


 背に翼を生やした猿のような生物が、空中から無数の十字手裏剣を放って、闇の妖精を蹴散らしていく。


 彼もまた一匹狼と同じく、グレースに仕える妖精「飛行猿(ジェット)」だ。


 だが、まだ闇の妖精はいる。


 闇の妖精は大型トラックに取り憑き、暴走させた。


 居合わせた人々の、無数の叫びが巻き起こる。


「ふおおお!」


 大型トラックの前に立ちふさがり、受け止め、更に横転させたのは鋼鉄のブルドッグのような――


 そう、グレースに仕える「三勇士」の一人、鋼鉄犬(ブル)だ。


 その圧倒的なパワーは、一匹狼も飛行猿も及ばない。


「姫!」


「姫様!」


「姫、今こそ真の姿を!」


 三勇士はグレースに振り返った。


 闇の軍勢を率いていた魔女イブもまた、グレースに注目していた。


「さあ、今日こそケリをつけようじゃないか!」


 イブは妖艶に笑った。


 セクシー衣装のイブに、居合わせた男性は誰もが目を奪われた。


 コホン、と咳払いするイブだが、男性から注目を集めるのは、まんざらでもない様子だ。


「え、や、やだ……」


 グレースは両手で顔を覆って、全身を震わせている。


「だ、だって、あんなプリ◯ュアみたいな格好は…… 私これでも短大生なのに……」


「ひ、姫、何言ってんの?」


「さっきは衆人環視の中で下着になっちゃったじゃん!」


「姫も難しい年頃ですな……」


 羞恥に震えるグレースをなだめるアローン、ジェット、ブルの三勇士。


 闇の尖兵イブはまたもや咳払いした。


「あんたねえ、あたしなんかどうすんだよ!」


 イブは吠えた。


「あたしだって、好きでこんな恥ずかしい格好してんじゃないんだよ! 責任ある幹部だからしてんだよ! あたしだって、もっとかわいい衣装がいいんだよ!」


 と、イブは不平不満をぶちまけた。


 しかし、グレースは変身しようとはしなかった。


 気まずい空気の中、今日の平和は守られた。


 クリスマスまでグレースと闇の軍勢との戦いは続く。


   **


 グレースはイブと共にラーメン屋に来た。


「へい、らっしゃい!」


「ケン君、がんばってるねー」


「へへ、毎度」


 店員のケン(お姉さん方に大人気)はグレースと大学では同じゼミだ。


「……ねえ、ちょっと紹介してよ」


「ダメだよ、彼女いるもん」


「ち……」


 イブとグレースは小声でささやき合いながら、店内の隅っこの席についた。


 二人は敵同士でありながら、大学の講義でよく顔を合わせる。


 いつしか友人になっていたが、まさか戦うさだめであったとは。


「ほら、あのチェーンソーの達人がケン君の彼女」


「えー、年上じゃん」


 グレースとイブも短大生、恋バナに花が咲く。


 また、ケンの彼女ヒューイットは、クリスマスに向けて巨大なモミの木の手入れをしていた。


 帝都のお偉いさんから依頼を受けたとの事だ。


 クリスマスには巨大なクリスマスツリーが完成している事だろう。


「へい、お待ち!」


 ラーメンを運んできたケンの、明るく爽やかな笑顔。


 イブの胸は高鳴った。顔も紅潮している。


「わ〜、美味しそうー!」


「彼、年上の彼女いるんだ……」


「そうだよ、世間は狭いよね…… いただきまーす!」


「はあー、あ〜…… 今年もシングルベルなの〜……?」


 グレースとイブ、宿命のライバルは仲良くラーメンをすすりあった。


 グレースは濃厚豚骨背脂ラーメン特盛、イブはタンメンだ。


「アンタ、よくそんなの食えるわね……」


「イブってばつまんなーい、もっと挑戦というか冒険しないと。彼氏できても飽きられちゃうよ?」


「うっせーわー!」


 二人は対立しながらも良き友人であった。






 そんな頃、三勇士は居酒屋にいた……


「かわいい店員さーん、彼氏いんの?」


 泥酔したアローンが女性店員をナンパしていた。


「えー、ぼくー、未成年はお酒飲んじゃダメだよ?」


「俺は未成年じゃねえよ!」


 ジェットは女性店員から、からかわれていた。


「平和が一番だ……」


 ブルは寡黙に日本酒をチビチビ飲んでいた。


 今日も帝都は平和だ。


   **


 クリスマスに向け、ヒューイットは挑戦を開始した。


「ふおおおお!」


 長い黒髪に線の細い、美しくも儚げな容姿のヒューイット。


 彼女は刃渡り一メートル以上の長大なチェーンソーで、巨大なモミの木の枝葉を手入れする。


 高さ五メートル以上のモミの木へ、ハシゴを用いて高所へ登り、チェーンソーで余計な枝葉を切り落とす……


 彼女にしかできない事だ。


「待ってて、ケーン!」


 ヒューイットは彼氏の名前を叫んだ。


 クリスマスには、この巨大なモミの木も豪華なクリスマスツリーになっているはずだ。






 グレースとイブの二人は、大学が冬休み期間に入ったので、短期のアルバイトを始めた。


「いらっしゃいませー!」


 ケーキ屋さんの店頭で、サンタに扮したグレースとイブ。


 道行く若者が、二人をチラチラ見ている。


「クリスマスケーキいかがですか〜?」


 グレースの笑顔は輝いていた。


 バレンタインの概念と存在の意義を守る守護者(ガーディアン)「バレンタイン・エビル」。


 それがグレースの正体だ。


「ご、ご予約すると特典がつきますよ〜」


 イブはグレースの隣で声を出す。笑顔が固い。


 グレースより美人でスタイルもいいイブだが、男性受けは悪いようだ。


「何よそれー! うっせーわー!」


 イブは店頭から駆け出した。


「ちょっとイブ、どこ行くのー?」


 グレースもイブにばかりかまってはいられなかった。


 彼女の前には長蛇の列ができていた。グレースは予約受付で忙しくなった。






 しばらくすると「カオス」の軍勢が街中に現れた。


「やってられっか、ボケー!」


 軍勢を率いるのは、肌の露出が多い衣装に身を包んだイブである。


 ワイン瓶をラッパ飲みする彼女は、女子短大生であると同時にカオスに選ばれた者でもある。


「はい、ではこちらに連絡先を……」


 グレースは焦っていたが、予約を受け付けなければいけなかった。


 男性客は照れた様子でグレースにケーキの予約を申し込んでいく。


 今はWEB注文が主流だが、人と人が向き合うという事には意味があるのだ。


 WEBは人を孤立させていく――


「なんだよ、ちくしょー!」


 イブは悔し涙を流した。


 世の男性は、カオスの軍勢の脅威より、グレースの笑顔の方に関心があるようだ。


「……おい。おい。飲み行くかー?」


 イブに声をかけたのは、グレースに仕える三勇士の一人、狼男のアローンだ。


「おごれよ!」


 イブは泣きながらアローンに振り返った。






「はあー、疲れた〜」


「お疲れさまです、姫様!」


「今日もお見事でした」


 帰宅したグレースは、猿型妖精ジェットと犬型妖精ブルと共に、お風呂で汗を流した。


「あれ、そういえばアローンは?」


 グレースはジェットとブルの頭を洗いながら、アローンの姿が見えない事に、今頃気がついた。






「なぁ〜によ〜、敵役がいてこその正義の味方でしょ〜?」


「へいへい……」


 酔っぱらったイブを背負い、居酒屋からの帰路につくアローンは苦笑した。


 どちらも世話焼きの苦労人、敵と味方で似た者同士だ。


   **


 人々の意識の及ばぬ世界で、戦いは続く。


「ゆけ、天導(てんどう)百八星…… 人類の未来を守れ!」


 黄金の剣を手にしたチョウガイは、虚無戦線の夜空を見上げた。


 百八の魔星の守護神チョウガイ。


 彼は四千年の間、百八の魔星を導いてきた。


 その宿命も終わりを迎えようとしていた。


「チョウガイ様、泣いておられるのですか」


 チョウガイの側には魔星の一人、入雲龍ソンショウがいた。


「こ、これは汗だ……」


 チョウガイは涙を拭う。同志の死も、肉体を捨てて虚無戦線にやってくる著名人の死も悲しむ暇はない。


「運命教える星に導かれて戦ってきた我々の宿命も、終わりを迎えつつあるのですな……」


 ソンショウはつぶやいた。


 人類の未来をかけた戦いは、虚無の彼方で続いている。






 百八の魔星の一人、知多星ゴヨウは地球意志と対面していた。


「ゴヨウ……」


 ベッドに横たわる地球意志は、ゴヨウに手を伸ばした。


 老女の姿の地球意志は泣いていた。


 人類によって地球は汚され、その生命力は急激に衰えてきているのだ。


 ゴヨウは地球意志の手を握った。


「ありがとう…………」


 地球意志は目を閉じ、眠りについた。地球そのものの活動が、鈍ってきているのだ。


 退室したゴヨウは静かだ。


 彼は人類の未来を守る戦いには参加しないと決意した。


 だが宇宙の闇とは戦う。


 闘争を好む修羅も、時に仏敵を滅ぼすゆえに仏法の守護者なのだ。


 天の機(はたらき)を知る宿星、天機星「知多星」ゴヨウ。


 彼は人類の敵にはならないが、未来を守るためには戦わない……


「ありがとうね」


「お疲れさま」


 大地母神と海母神がゴヨウを労った。


 二人は煌びやかな衣服をまとい、ゴヨウを酒席に誘った。


「え、何ここ。キャバ◯ラ?」


「まあ、似たようなもんね」


「あんたの心理を反映したのよ」


 大地母神と海母神、二人に左右を挟まれながらゴヨウは酒を飲む。


「ふわあ〜、ほろ酔いの美酒だ〜」


「何よそれ、二人も美人がいるのに」


「え、美魔女じゃん……」


 ゴヨウは言葉を濁した。


 大地母神と海母神が恐い顔をしているからだ。


「い、いえ! 絶世の美女です! 傾国の美女!」


「……よろしい!」


「まあ飲め飲め!」


 直立不動のゴヨウに、美魔女な大地母神と海母神が酒をすすめた。


 元々、地球意志も大地母神も海母神も数千年の間、二十歳前後の女性の姿であった。


 それがここ数十年で急激に力を失い、衰えた。


 それは人類による環境破壊の結果だ。


 大地に産まれて死したもの、その生命は大地に還る。


 海に産まれたものも同様だ。そうして命は循環し、地球は新たな再生を繰り返してきた。


 その再生を妨げるのは人類だ。


 地球の再生が終わろうとしているのだ。


「危機を救え!」


「戦ってこーい!」


「い、いってきまーす!」


 怒りの大地母神と海母神に見送られ、ゴヨウは虚無の中へと出陣した。






 果てしない戦いの荒野が広がっている。


 ゴヨウは「猟犬」と呼ばれるアーマー騎兵(体高四メートルほどの人型の黄巾力士(ロボット))に乗りこみ、虚無の尖兵と戦いに臨む。


「いくぞおー!」


 明日を捨てたゴヨウの気迫。


 それに応えるかのように、猟犬は足裏の風火輪で荒野を疾走する。


 猟犬のヘビーマシンガンが火を吹き、無数の敵アーマー騎兵を撃ち抜き、爆発炎上させる。


 肩のミサイルランチャーから発射されたミサイルは、敵アーマー騎兵の中心で大爆発を起こす。


 ゴヨウは猟犬を右に左にと駆り、ヘビーマシンガンやミサイルの重火器で撃墜していく。


 敵アーマー騎兵の中を自在に駆け抜ける姿は、緑の稲妻のようでもある。


「ゴヨウ!」


「私達もついてるよ!」


 援軍がやってきた。


 「桃熊」に乗ったカオスと、「狂犬」に乗ったメロリンだ。


 カオスもメロリンも女性であり、コックピット内では魅惑の水着姿を披露している。


 そして、ゴヨウよりはるかに強い。


 カオスの桃熊が右腕と一体化しているガトリングガンで、敵アーマー騎兵を蹴散らす。


 ――ドシュ!


 メロリンの狂犬は、肩に担いだロケットランチャーを発射した。敵アーマー騎兵がまとめて数体、爆発した。


 ゴヨウの猟犬、カオスの桃熊、メロリンの狂犬。


 三体のアーマー騎兵は、敵陣の中を縦横無尽に駆け抜けた。


「俺の出番ないね……」


 ゴヨウはコックピット内で青ざめた。


 カオスは、宇宙創生時から瞑想を続けてきた神だ。


 今、地球を襲う「混沌(カオス)」との関係は今一つ不明だ。あるいは混沌の分身の一つだが、あえてゴヨウの味方になったか。


 メロリンはネットの海から産まれた生命体だ。


 AI世界の女王であり、ネットの全てを支配する存在でもある。


 そのカオスとメロリンは融合し、更に二つに分かれて、今に到る。


 カオスもメロリンも超常の力を操り、ネット世界をも自在に操る。


 二人は男でも女でもなかったが、女の顔を得て人類を守る側についた。


 命を産み出し、育む女性だからこそ、人類の未来を守ろうとしている……


「ゴヨウ、何してんの!」


「あたし達についてきて!」


 カオスとメロリンのアーマー騎兵の後を、ゴヨウの猟犬が追う……


   **


 グレースは大学が冬休みだ。


 なので、友人のイブを部屋に呼んだ。


「何よこれ! 散らかってるじゃない!」


「へへ〜、ごめ〜ん……」


 驚くイブと、苦笑するグレース。


「もう、掃除と洗濯よ!」


 と、イブはグレースの部屋の掃除を始めた。


 洗濯物も洗濯機に放りこみ、その間にキッチン、浴室、トイレと掃除する。


「うーん、重ーい!」


 グレースは洗濯物を近くのコインランドリーで乾かした。


 アローン、ジェット、ブルの三勇士(三妖精)も部屋の掃除を手伝う。


 昼前には、部屋の中は完璧に整理整頓されていた。


「全くもう、下着まで放りっぱなしで……」


「ご、ごめ〜ん……」


「あ。もう、こんな時間…… さ、お昼を作るわ!」


 イブはグレースの部屋のキッチンで、昼食の準備に取りかかった。


 二人の仲は、いつもこのようなものだ。


 イブがグレースの部屋に遊びに来れば、数時間は部屋の整理整頓になる。


「イブってばすごーい、家庭的ー!」


「そ、そう……」


「イブならいつでもお嫁さんに行けるねー!」


 グレースの言葉に頬を染めたイブは、アローン(※ぬいぐるみに似た妖精形態)に振り返り、意味ありげな微笑を浮かべた。


(な、なんだよ、何が起きてんだ……?)


 アローンは冷汗が出た。先日は、酔っぱらったイブを自宅(※悪の組織のアジト)へ送り届けた。


 たったそれだけだが、何かが急激に変わってしまったような気がする。


 イブはアローンに振り返り、ウインクした。


 なんだか「ね、ダーリン♥」と言われている気がした。


(これは修羅場突入フラグでは……?)


 アローンは一人、戦慄した。


 昼食の準備は、もうじき終わる。


   **


 七郎は刀を手にして踏みこんだ。

「でやあああ!」

 夜闇を斬り裂く紫電一閃。

 七郎の鮮やかな一刀は、魔性を斬り裂いた。

 七郎が月光蝶と呼ぶ魔性の体が、半ば両断されて地に倒れ落ちる。

 一糸まとわぬ裸身、滑らかな白い肌、頭部に蠢く触覚、背に生えた蝶のような羽根、そして真紅に輝く瞳……

 正しく人外の魔性だ。

 だが七郎の持つ妙法村正は、刀鍛冶師の村正が世の平和を祈って打った一振りだ。

 降魔の利剣に等しき刃の前に、月光蝶も滅びたかと思われたが――

「何!」

 七郎は思わず叫んだ。

 真っ二つになった月光蝶の体が互いに蠢き、傷口を寄せあい、再生していくではないか。

 ――我は死なぬ。

 月光蝶の声が七郎の魂に響いた。

 ――我は人の心の悪意から生まれた…… 人間ある限り我が身は不滅……

 目の前で再生していく月光蝶を見据えながら――

 七郎は再び踏みこんだ。

「燃やせ!」

 それは自身の魂を燃焼させようとする、七郎の魂の叫びだ。

 横薙ぎの一閃は、月光蝶の首をはねた。

 だが次の瞬間、月光蝶の体は無数の光球に変わった。

「な、なんだこれは……」

 七郎は見た。

 拳大の無数の光球が、夜闇の四方八方へと飛び去っていく。

 悪意から生まれた、月光蝶の底知れぬ邪悪な意志――

 それが、あらゆる世界に飛び去っていく光景だった。

 月光蝶の悪意を秘めた光球は人に取り憑き、魂を貪り、やがては人ならざる者に変えてしまうのだ。

(人ある限り魔性は不滅…… だがやらねばならぬ)

 七郎は勝敗も生死も考えなかった。

 魔性を斬る。

 無明を断つ。

 それが七郎の使命だ。

 使命を果たすために戦うのみだ。

 たとえ力及ばず、志半ばで命尽きるとも……


   **


「……というわけで、時間も空間も越えた無数の世界に、守護者(ガーディアン)がいるブル」


 犬型妖精ブルはグレースに教えた。


「へえ〜、そうなんだ」


「姫様にとっては魂の同志だモン!」


 猿型妖精ジェットは言った。


 ブルもジェットも戦闘時には元の姿に戻り、グレースをサポートする。


「さーて、お勉強終わり! お風呂入ろ! ブルもジェットも洗ってあげるからね! あれ、アローンは?」






 犬型妖精アローンは、悪の組織のアジトにいた。


 彼は悪の組織の首領と対面していた。


「「「失礼いたします!」」」


 妖魔のメイド少女三人が、三メートルにも及ぶ巨大なワイン瓶を運ぶ。


 そして巨大なグラスにワインを注いだ。


 巨大なグラスを手にしているのも、巨大な妖魔の美女だ。身長は十メートル近い。


「えーと……」


 アローンは真の姿で対面していた。


 何がなんだかわからない。イブを送りに来ただけで、敵の首領の前に案内されるとは。


「……ぷはー!」


 巨大な玉座に座した巨大な妖魔の美女は、ワインを飲んで一息ついた。


 ワイン臭い息がアローンに向かって、突風のように吹きつける。


「……で? うちの娘とどういう関係?」


 首領のリリースはアローンに質問した。


「え、娘?」


「ママ、私達の結婚を許してよ!」


 場にはイブも現れた。アローンは困惑した。


「ママ? 結婚???」


「お待ちなさい、いきなり結婚だなんて言われても…… で、うちの娘とどういう関係なの? 敵同士よね?」


 リリースの質問に、アローンは硬直した。


 何か大変な事態になりそうな気がする。


   **


「行くわよグレース! 用意はいい?」


「私でよろしければ!」


 虚無の世界でローレンとグレースは出発準備を整えた。


 二人ともサンタクロースに扮していた。


 神秘の力を秘めたソリがある。空を駆けるトナカイもいる。


 ハロウィン・シスターズⅢの二人が、遂に聖夜に出陣だ。


 世界中の子どもを祝福するために、二人は精神世界を飛び回るのだ。


 真のサンタクロースである「完璧商人始祖」の白銀マンは、狂信者(ファナティック)によって動きを封じられている。


 昨年は「神の見えざる手」である正義マンが代行したが、彼もまた狂信者に封じられてしまった。


 白銀マンの兄であり「暗黒サンタ」の黄金マンも――


 協力者である痛覚マン、奈落マン、鴉マン、眼マンらも動けない。


 だから守護者(ガーディアン)としてローレンとグレースが動いたのだ。


「私もいますよ〜♥」


 ナース服のゾフィーもいた。


 レディ・ハロウィンに仕える忠実なる侍女「フランケン・ナース」。


 その正体がゾフィーだ。


「ごめんね、ゾフィー…… 彼氏とデートだったのに」


「いいんですよ、お嬢様…… お嬢様だってヘイゾウさんとデートのはずじゃないですか」


 ローレンとゾフィーの侍従は顔を見合わせ苦笑した。


「はいはい、二人ともわかりましたよ〜」


 グレースはすねた。


 バレンタインの守護者である彼女は中立の存在であり、男女交際は禁止であった。


「ごめんなさいね、グレース……」


「いえいえ〜」


 すねたグレースもまた可愛らしい。


「さ、行きましょうか!」


 ローレンとグレース、そして助手のゾフィーを乗せて、神秘のソリは人類の精神世界へ旅立った。


   **


 クリスマスは終わった。


 ローレンとグレース、そしてゾフィーの三人娘は無事に世界を祝福した。


 だがサンタクロースである白銀マンに比べたら、彼女達の祝福は三分の一程度のエネルギーだったろう。


 ローレンはハロウィンの、グレースはバレンタインの守護者(ガーディアン)なのだ。


 これは世界に悲しみが満ちているからに他ならない。


「はあー、終わった、終わった!」


「お姉様ったら下着まで脱ぎ散らかして…… でも、そこはかとなく漢(おんな)らしい」


「さ、お二人とも私が背中流しますね〜」


 疲労困憊の麗しき三美女は、浴室に入っていった……






 ――やるのだ、チョウガイ、ソンショウ。


 ――せっかく命はここまで来たのだ、簡単に終わらせてはならんぞ!


 虚無の彼方で戦うチョウガイとソンショウの魂に声が届く。


 それはかつて彼らが滅ぼした「恐竜人類」の王オール、そして「百鬼帝国」のグライ大帝の声ではないか。


「彼らですらが人類を……」


 チョウガイは目元を拭った。


「いや、もっと大きな『命』というものを守ろうとしているのですよ」


 ソンショウは虚無の彼方を見上げた。


 即身仏の修行を成し遂げ、自らの力で人間を越えたソンショウ。


 彼にはこの先に何があるのか、おぼろげながらわかるようだ。


 その時だ、ソンショウのスマホがメール着信を告げたのは。


「あ、やべ! あいつからじゃん!」


 ソンショウは慌てた。メールは彼女のギテルベウスからだった。


「あ、兄貴もゾフィーさんに連絡した方がいいぞ!」


「う、うむ!」


 チョウガイも慌ててスマホを取り出し、ゾフィー宛のメールを作成した。


 チョウガイは凱という青年と魂を共有し――


 ソンショウは翔という青年と魂を共有している。


 凱と翔は祖父同士が兄弟であり、遠い親戚になる。


 そして二人には恋人がいた。


 ゾフィーとギテルベウス、二人のおかげで凱も翔も迷いを遠く離れるのだ。女性は偉大である。


 また凱は愛妻家に、翔は恐妻家になるさだめである。


 未来が来れば、の話だが。






 さて、グレースに仕える三勇士の一人アローンは未だ敵組織に囚われていた。


「何じゃ、わらわより娘の方がいいのか?」


 身長十メートルを越える巨大な女帝リリースはツンツンした態度で、髪をかきあげた。


 今夜は、いや今夜もリリースは美しかった。


「ママの方が好きなの? 何よ、それ! 男ならハッキリしてよ!」


 リリースの娘イブはワインをラッパ飲みしながら、アローンに迫った。


 彼女は人間サイズだ。今夜は珍しく化粧していた。真紅のドレスは情熱の証だ。


 リリースとイブ、二人は母娘だけあって性格がそっくりだ。


 二人に迫られながら、アローンは力なく笑っていた。そんな彼を妖魔のメイド少女三人が心配そうに見守っている。


(な、なんでこうなった……?)


 イブに同情して飲みに誘ったのが間違いだった。


 イブはアローンに惚れ、いきなり話が結婚まで飛んだ。


 アローンはイブの母親にして悪の組織の首領、リリースの前に引き出された。


 そんなリリースはアローンが気に入り、今では娘と彼を奪い合っているのだ。


 女しかいない悪の組織、その一員である妖魔のメイド少女三人も、アローンが気に入っている……


「どっちじゃ?」


「どっちよ?」


 リリースとイブ、二人の視線が恐い。


 アローンは断頭台や電気イス、更には絞首台といった処刑器具を連想していた。






「美味しいごちそうが一番だ!」


 三勇士の一人、ジェットはピザを食べていた。


「平和が一番だ……」


 同じく三勇士の一人ブルは酒を飲みながらつぶやいた。






 お わ れ

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