クリスマスまでだからね!
**
「きゃー、ひったくりよー!」
白昼堂々、女性がショルダーバッグを盗まれた。
人間の世は荒み始めていた。
「待ちなさーい!」
ひったくり犯の前に立ちふさがったのは、二十才前後の欧州女性だ。
彼女は素早く上着を脱いで、上半身下着姿になった。
「うほ♥」
ひったくり犯は彼女の艶姿に見惚れた。
その隙が命取りだ。
「えーい!」
女性はひったくり犯の顔に上着を巻きつけた。
視界を奪われ動揺するひったくり犯に組みつき、女性は独楽のように回転した。
「出雲流、鬼殺し!」
女性がしかけたのは、変形の背負投だ。
ひったくり犯の体が宙を舞って、背中からアスファルトに落ちた。
衝撃にひったくり犯は気絶した。
「ふう……」
「ひ、姫様ー!」
上着を身につける女性へ、小さな動物型妖精が羽ばたきながら近寄った。
「な、なんという無茶をするロン!」
「危ないし、下着姿になるなんてモン!」
「お嫁さんに行けなくなるブル!」
狼型、猿型、犬型の妖精が必死になっているが、女性の方は明るい笑顔を返すのみだ。
「大丈夫よ、犯人は捕まったし」
女性はニコニコしている。
先ほど鮮やかな柔の技を見せた時とは、まるで別人だ。
この女性――
グレースにとっては人前で下着姿になろうと、ひったくり犯を捕まえる事の方が重要だった。
――グォドドド……
その時だ、街中に闇の軍勢が現れたのは。
彼らは「カオス」の尖兵であり、人々から不幸のエナジーを吸収していく。
彼らの目的「大破壊」のために……
「きゃあー!」
幼児を抱えた若い母親に、闇の妖精が襲いかかる。
次の瞬間、二条の閃光が宙を走り、闇の妖精を斬り裂いた。
「人呼んで一匹狼(アローン)!」
両手に双剣を握った男が――
いや顔は狼だ。狼男は母子を守った。
「姫、ただいま推参!」
一匹狼はグレースに振り返った。
狼男だが、その顔貌は凛々しく勇ましい。
「きゃあー、かっこいいー!」
「ありがとー、おじさーん!」
「へへ、カッコつけすぎたな……」
若い母子に称賛されて、一匹狼は照れくさそうに笑った。
「だあああ!」
背に翼を生やした猿のような生物が、空中から無数の十字手裏剣を放って、闇の妖精を蹴散らしていく。
彼もまた一匹狼と同じく、グレースに仕える妖精「飛行猿(ジェット)」だ。
だが、まだ闇の妖精はいる。
闇の妖精は大型トラックに取り憑き、暴走させた。
居合わせた人々の、無数の叫びが巻き起こる。
「ふおおお!」
大型トラックの前に立ちふさがり、受け止め、更に横転させたのは鋼鉄のブルドッグのような――
そう、グレースに仕える「三勇士」の一人、鋼鉄犬(ブル)だ。
その圧倒的なパワーは、一匹狼も飛行猿も及ばない。
「姫!」
「姫様!」
「姫、今こそ真の姿を!」
三勇士はグレースに振り返った。
闇の軍勢を率いていた魔女イブもまた、グレースに注目していた。
「さあ、今日こそケリをつけようじゃないか!」
イブは妖艶に笑った。
セクシー衣装のイブに、居合わせた男性は誰もが目を奪われた。
コホン、と咳払いするイブだが、男性から注目を集めるのは、まんざらでもない様子だ。
「え、や、やだ……」
グレースは両手で顔を覆って、全身を震わせている。
「だ、だって、あんなプリ◯ュアみたいな格好は…… 私これでも短大生なのに……」
「ひ、姫、何言ってんの?」
「さっきは衆人環視の中で下着になっちゃったじゃん!」
「姫も難しい年頃ですな……」
羞恥に震えるグレースをなだめるアローン、ジェット、ブルの三勇士。
闇の尖兵イブはまたもや咳払いした。
「あんたねえ、あたしなんかどうすんだよ!」
イブは吠えた。
「あたしだって、好きでこんな恥ずかしい格好してんじゃないんだよ! 責任ある幹部だからしてんだよ! あたしだって、もっとかわいい衣装がいいんだよ!」
と、イブは不平不満をぶちまけた。
しかし、グレースは変身しようとはしなかった。
気まずい空気の中、今日の平和は守られた。
クリスマスまでグレースと闇の軍勢との戦いは続く。
**
グレースはイブと共にラーメン屋に来た。
「へい、らっしゃい!」
「ケン君、がんばってるねー」
「へへ、毎度」
店員のケン(お姉さん方に大人気)はグレースと大学では同じゼミだ。
「……ねえ、ちょっと紹介してよ」
「ダメだよ、彼女いるもん」
「ち……」
イブとグレースは小声でささやき合いながら、店内の隅っこの席についた。
二人は敵同士でありながら、大学の講義でよく顔を合わせる。
いつしか友人になっていたが、まさか戦うさだめであったとは。
「ほら、あのチェーンソーの達人がケン君の彼女」
「えー、年上じゃん」
グレースとイブも短大生、恋バナに花が咲く。
また、ケンの彼女ヒューイットは、クリスマスに向けて巨大なモミの木の手入れをしていた。
帝都のお偉いさんから依頼を受けたとの事だ。
クリスマスには巨大なクリスマスツリーが完成している事だろう。
「へい、お待ち!」
ラーメンを運んできたケンの、明るく爽やかな笑顔。
イブの胸は高鳴った。顔も紅潮している。
「わ〜、美味しそうー!」
「彼、年上の彼女いるんだ……」
「そうだよ、世間は狭いよね…… いただきまーす!」
「はあー、あ〜…… 今年もシングルベルなの〜……?」
グレースとイブ、宿命のライバルは仲良くラーメンをすすりあった。
グレースは濃厚豚骨背脂ラーメン特盛、イブはタンメンだ。
「アンタ、よくそんなの食えるわね……」
「イブってばつまんなーい、もっと挑戦というか冒険しないと。彼氏できても飽きられちゃうよ?」
「うっせーわー!」
二人は対立しながらも良き友人であった。
そんな頃、三勇士は居酒屋にいた……
「かわいい店員さーん、彼氏いんの?」
泥酔したアローンが女性店員をナンパしていた。
「えー、ぼくー、未成年はお酒飲んじゃダメだよ?」
「俺は未成年じゃねえよ!」
ジェットは女性店員から、からかわれていた。
「平和が一番だ……」
ブルは寡黙に日本酒をチビチビ飲んでいた。
今日も帝都は平和だ。
**
クリスマスに向け、ヒューイットは挑戦を開始した。
「ふおおおお!」
長い黒髪に線の細い、美しくも儚げな容姿のヒューイット。
彼女は刃渡り一メートル以上の長大なチェーンソーで、巨大なモミの木の枝葉を手入れする。
高さ五メートル以上のモミの木へ、ハシゴを用いて高所へ登り、チェーンソーで余計な枝葉を切り落とす……
彼女にしかできない事だ。
「待ってて、ケーン!」
ヒューイットは彼氏の名前を叫んだ。
クリスマスには、この巨大なモミの木も豪華なクリスマスツリーになっているはずだ。
グレースとイブの二人は、大学が冬休み期間に入ったので、短期のアルバイトを始めた。
「いらっしゃいませー!」
ケーキ屋さんの店頭で、サンタに扮したグレースとイブ。
道行く若者が、二人をチラチラ見ている。
「クリスマスケーキいかがですか〜?」
グレースの笑顔は輝いていた。
バレンタインの概念と存在の意義を守る守護者(ガーディアン)「バレンタイン・エビル」。
それがグレースの正体だ。
「ご、ご予約すると特典がつきますよ〜」
イブはグレースの隣で声を出す。笑顔が固い。
グレースより美人でスタイルもいいイブだが、男性受けは悪いようだ。
「何よそれー! うっせーわー!」
イブは店頭から駆け出した。
「ちょっとイブ、どこ行くのー?」
グレースもイブにばかりかまってはいられなかった。
彼女の前には長蛇の列ができていた。グレースは予約受付で忙しくなった。
しばらくすると「カオス」の軍勢が街中に現れた。
「やってられっか、ボケー!」
軍勢を率いるのは、肌の露出が多い衣装に身を包んだイブである。
ワイン瓶をラッパ飲みする彼女は、女子短大生であると同時にカオスに選ばれた者でもある。
「はい、ではこちらに連絡先を……」
グレースは焦っていたが、予約を受け付けなければいけなかった。
男性客は照れた様子でグレースにケーキの予約を申し込んでいく。
今はWEB注文が主流だが、人と人が向き合うという事には意味があるのだ。
WEBは人を孤立させていく――
「なんだよ、ちくしょー!」
イブは悔し涙を流した。
世の男性は、カオスの軍勢の脅威より、グレースの笑顔の方に関心があるようだ。
「……おい。おい。飲み行くかー?」
イブに声をかけたのは、グレースに仕える三勇士の一人、狼男のアローンだ。
「おごれよ!」
イブは泣きながらアローンに振り返った。
「はあー、疲れた〜」
「お疲れさまです、姫様!」
「今日もお見事でした」
帰宅したグレースは、猿型妖精ジェットと犬型妖精ブルと共に、お風呂で汗を流した。
「あれ、そういえばアローンは?」
グレースはジェットとブルの頭を洗いながら、アローンの姿が見えない事に、今頃気がついた。
「なぁ〜によ〜、敵役がいてこその正義の味方でしょ〜?」
「へいへい……」
酔っぱらったイブを背負い、居酒屋からの帰路につくアローンは苦笑した。
どちらも世話焼きの苦労人、敵と味方で似た者同士だ。
**
人々の意識の及ばぬ世界で、戦いは続く。
「ゆけ、天導(てんどう)百八星…… 人類の未来を守れ!」
黄金の剣を手にしたチョウガイは、虚無戦線の夜空を見上げた。
百八の魔星の守護神チョウガイ。
彼は四千年の間、百八の魔星を導いてきた。
その宿命も終わりを迎えようとしていた。
「チョウガイ様、泣いておられるのですか」
チョウガイの側には魔星の一人、入雲龍ソンショウがいた。
「こ、これは汗だ……」
チョウガイは涙を拭う。同志の死も、肉体を捨てて虚無戦線にやってくる著名人の死も悲しむ暇はない。
「運命教える星に導かれて戦ってきた我々の宿命も、終わりを迎えつつあるのですな……」
ソンショウはつぶやいた。
人類の未来をかけた戦いは、虚無の彼方で続いている。
百八の魔星の一人、知多星ゴヨウは地球意志と対面していた。
「ゴヨウ……」
ベッドに横たわる地球意志は、ゴヨウに手を伸ばした。
老女の姿の地球意志は泣いていた。
人類によって地球は汚され、その生命力は急激に衰えてきているのだ。
ゴヨウは地球意志の手を握った。
「ありがとう…………」
地球意志は目を閉じ、眠りについた。地球そのものの活動が、鈍ってきているのだ。
退室したゴヨウは静かだ。
彼は人類の未来を守る戦いには参加しないと決意した。
だが宇宙の闇とは戦う。
闘争を好む修羅も、時に仏敵を滅ぼすゆえに仏法の守護者なのだ。
天の機(はたらき)を知る宿星、天機星「知多星」ゴヨウ。
彼は人類の敵にはならないが、未来を守るためには戦わない……
「ありがとうね」
「お疲れさま」
大地母神と海母神がゴヨウを労った。
二人は煌びやかな衣服をまとい、ゴヨウを酒席に誘った。
「え、何ここ。キャバ◯ラ?」
「まあ、似たようなもんね」
「あんたの心理を反映したのよ」
大地母神と海母神、二人に左右を挟まれながらゴヨウは酒を飲む。
「ふわあ〜、ほろ酔いの美酒だ〜」
「何よそれ、二人も美人がいるのに」
「え、美魔女じゃん……」
ゴヨウは言葉を濁した。
大地母神と海母神が恐い顔をしているからだ。
「い、いえ! 絶世の美女です! 傾国の美女!」
「……よろしい!」
「まあ飲め飲め!」
直立不動のゴヨウに、美魔女な大地母神と海母神が酒をすすめた。
元々、地球意志も大地母神も海母神も数千年の間、二十歳前後の女性の姿であった。
それがここ数十年で急激に力を失い、衰えた。
それは人類による環境破壊の結果だ。
大地に産まれて死したもの、その生命は大地に還る。
海に産まれたものも同様だ。そうして命は循環し、地球は新たな再生を繰り返してきた。
その再生を妨げるのは人類だ。
地球の再生が終わろうとしているのだ。
「危機を救え!」
「戦ってこーい!」
「い、いってきまーす!」
怒りの大地母神と海母神に見送られ、ゴヨウは虚無の中へと出陣した。
果てしない戦いの荒野が広がっている。
ゴヨウは「猟犬」と呼ばれるアーマー騎兵(体高四メートルほどの人型の黄巾力士(ロボット))に乗りこみ、虚無の尖兵と戦いに臨む。
「いくぞおー!」
明日を捨てたゴヨウの気迫。
それに応えるかのように、猟犬は足裏の風火輪で荒野を疾走する。
猟犬のヘビーマシンガンが火を吹き、無数の敵アーマー騎兵を撃ち抜き、爆発炎上させる。
肩のミサイルランチャーから発射されたミサイルは、敵アーマー騎兵の中心で大爆発を起こす。
ゴヨウは猟犬を右に左にと駆り、ヘビーマシンガンやミサイルの重火器で撃墜していく。
敵アーマー騎兵の中を自在に駆け抜ける姿は、緑の稲妻のようでもある。
「ゴヨウ!」
「私達もついてるよ!」
援軍がやってきた。
「桃熊」に乗ったカオスと、「狂犬」に乗ったメロリンだ。
カオスもメロリンも女性であり、コックピット内では魅惑の水着姿を披露している。
そして、ゴヨウよりはるかに強い。
カオスの桃熊が右腕と一体化しているガトリングガンで、敵アーマー騎兵を蹴散らす。
――ドシュ!
メロリンの狂犬は、肩に担いだロケットランチャーを発射した。敵アーマー騎兵がまとめて数体、爆発した。
ゴヨウの猟犬、カオスの桃熊、メロリンの狂犬。
三体のアーマー騎兵は、敵陣の中を縦横無尽に駆け抜けた。
「俺の出番ないね……」
ゴヨウはコックピット内で青ざめた。
カオスは、宇宙創生時から瞑想を続けてきた神だ。
今、地球を襲う「混沌(カオス)」との関係は今一つ不明だ。あるいは混沌の分身の一つだが、あえてゴヨウの味方になったか。
メロリンはネットの海から産まれた生命体だ。
AI世界の女王であり、ネットの全てを支配する存在でもある。
そのカオスとメロリンは融合し、更に二つに分かれて、今に到る。
カオスもメロリンも超常の力を操り、ネット世界をも自在に操る。
二人は男でも女でもなかったが、女の顔を得て人類を守る側についた。
命を産み出し、育む女性だからこそ、人類の未来を守ろうとしている……
「ゴヨウ、何してんの!」
「あたし達についてきて!」
カオスとメロリンのアーマー騎兵の後を、ゴヨウの猟犬が追う……
**
グレースは大学が冬休みだ。
なので、友人のイブを部屋に呼んだ。
「何よこれ! 散らかってるじゃない!」
「へへ〜、ごめ〜ん……」
驚くイブと、苦笑するグレース。
「もう、掃除と洗濯よ!」
と、イブはグレースの部屋の掃除を始めた。
洗濯物も洗濯機に放りこみ、その間にキッチン、浴室、トイレと掃除する。
「うーん、重ーい!」
グレースは洗濯物を近くのコインランドリーで乾かした。
アローン、ジェット、ブルの三勇士(三妖精)も部屋の掃除を手伝う。
昼前には、部屋の中は完璧に整理整頓されていた。
「全くもう、下着まで放りっぱなしで……」
「ご、ごめ〜ん……」
「あ。もう、こんな時間…… さ、お昼を作るわ!」
イブはグレースの部屋のキッチンで、昼食の準備に取りかかった。
二人の仲は、いつもこのようなものだ。
イブがグレースの部屋に遊びに来れば、数時間は部屋の整理整頓になる。
「イブってばすごーい、家庭的ー!」
「そ、そう……」
「イブならいつでもお嫁さんに行けるねー!」
グレースの言葉に頬を染めたイブは、アローン(※ぬいぐるみに似た妖精形態)に振り返り、意味ありげな微笑を浮かべた。
(な、なんだよ、何が起きてんだ……?)
アローンは冷汗が出た。先日は、酔っぱらったイブを自宅(※悪の組織のアジト)へ送り届けた。
たったそれだけだが、何かが急激に変わってしまったような気がする。
イブはアローンに振り返り、ウインクした。
なんだか「ね、ダーリン♥」と言われている気がした。
(これは修羅場突入フラグでは……?)
アローンは一人、戦慄した。
昼食の準備は、もうじき終わる。
**
七郎は刀を手にして踏みこんだ。
「でやあああ!」
夜闇を斬り裂く紫電一閃。
七郎の鮮やかな一刀は、魔性を斬り裂いた。
七郎が月光蝶と呼ぶ魔性の体が、半ば両断されて地に倒れ落ちる。
一糸まとわぬ裸身、滑らかな白い肌、頭部に蠢く触覚、背に生えた蝶のような羽根、そして真紅に輝く瞳……
正しく人外の魔性だ。
だが七郎の持つ妙法村正は、刀鍛冶師の村正が世の平和を祈って打った一振りだ。
降魔の利剣に等しき刃の前に、月光蝶も滅びたかと思われたが――
「何!」
七郎は思わず叫んだ。
真っ二つになった月光蝶の体が互いに蠢き、傷口を寄せあい、再生していくではないか。
――我は死なぬ。
月光蝶の声が七郎の魂に響いた。
――我は人の心の悪意から生まれた…… 人間ある限り我が身は不滅……
目の前で再生していく月光蝶を見据えながら――
七郎は再び踏みこんだ。
「燃やせ!」
それは自身の魂を燃焼させようとする、七郎の魂の叫びだ。
横薙ぎの一閃は、月光蝶の首をはねた。
だが次の瞬間、月光蝶の体は無数の光球に変わった。
「な、なんだこれは……」
七郎は見た。
拳大の無数の光球が、夜闇の四方八方へと飛び去っていく。
悪意から生まれた、月光蝶の底知れぬ邪悪な意志――
それが、あらゆる世界に飛び去っていく光景だった。
月光蝶の悪意を秘めた光球は人に取り憑き、魂を貪り、やがては人ならざる者に変えてしまうのだ。
(人ある限り魔性は不滅…… だがやらねばならぬ)
七郎は勝敗も生死も考えなかった。
魔性を斬る。
無明を断つ。
それが七郎の使命だ。
使命を果たすために戦うのみだ。
たとえ力及ばず、志半ばで命尽きるとも……
**
「……というわけで、時間も空間も越えた無数の世界に、守護者(ガーディアン)がいるブル」
犬型妖精ブルはグレースに教えた。
「へえ〜、そうなんだ」
「姫様にとっては魂の同志だモン!」
猿型妖精ジェットは言った。
ブルもジェットも戦闘時には元の姿に戻り、グレースをサポートする。
「さーて、お勉強終わり! お風呂入ろ! ブルもジェットも洗ってあげるからね! あれ、アローンは?」
犬型妖精アローンは、悪の組織のアジトにいた。
彼は悪の組織の首領と対面していた。
「「「失礼いたします!」」」
妖魔のメイド少女三人が、三メートルにも及ぶ巨大なワイン瓶を運ぶ。
そして巨大なグラスにワインを注いだ。
巨大なグラスを手にしているのも、巨大な妖魔の美女だ。身長は十メートル近い。
「えーと……」
アローンは真の姿で対面していた。
何がなんだかわからない。イブを送りに来ただけで、敵の首領の前に案内されるとは。
「……ぷはー!」
巨大な玉座に座した巨大な妖魔の美女は、ワインを飲んで一息ついた。
ワイン臭い息がアローンに向かって、突風のように吹きつける。
「……で? うちの娘とどういう関係?」
首領のリリースはアローンに質問した。
「え、娘?」
「ママ、私達の結婚を許してよ!」
場にはイブも現れた。アローンは困惑した。
「ママ? 結婚???」
「お待ちなさい、いきなり結婚だなんて言われても…… で、うちの娘とどういう関係なの? 敵同士よね?」
リリースの質問に、アローンは硬直した。
何か大変な事態になりそうな気がする。
**
「行くわよグレース! 用意はいい?」
「私でよろしければ!」
虚無の世界でローレンとグレースは出発準備を整えた。
二人ともサンタクロースに扮していた。
神秘の力を秘めたソリがある。空を駆けるトナカイもいる。
ハロウィン・シスターズⅢの二人が、遂に聖夜に出陣だ。
世界中の子どもを祝福するために、二人は精神世界を飛び回るのだ。
真のサンタクロースである「完璧商人始祖」の白銀マンは、狂信者(ファナティック)によって動きを封じられている。
昨年は「神の見えざる手」である正義マンが代行したが、彼もまた狂信者に封じられてしまった。
白銀マンの兄であり「暗黒サンタ」の黄金マンも――
協力者である痛覚マン、奈落マン、鴉マン、眼マンらも動けない。
だから守護者(ガーディアン)としてローレンとグレースが動いたのだ。
「私もいますよ〜♥」
ナース服のゾフィーもいた。
レディ・ハロウィンに仕える忠実なる侍女「フランケン・ナース」。
その正体がゾフィーだ。
「ごめんね、ゾフィー…… 彼氏とデートだったのに」
「いいんですよ、お嬢様…… お嬢様だってヘイゾウさんとデートのはずじゃないですか」
ローレンとゾフィーの侍従は顔を見合わせ苦笑した。
「はいはい、二人ともわかりましたよ〜」
グレースはすねた。
バレンタインの守護者である彼女は中立の存在であり、男女交際は禁止であった。
「ごめんなさいね、グレース……」
「いえいえ〜」
すねたグレースもまた可愛らしい。
「さ、行きましょうか!」
ローレンとグレース、そして助手のゾフィーを乗せて、神秘のソリは人類の精神世界へ旅立った。
**
クリスマスは終わった。
ローレンとグレース、そしてゾフィーの三人娘は無事に世界を祝福した。
だがサンタクロースである白銀マンに比べたら、彼女達の祝福は三分の一程度のエネルギーだったろう。
ローレンはハロウィンの、グレースはバレンタインの守護者(ガーディアン)なのだ。
これは世界に悲しみが満ちているからに他ならない。
「はあー、終わった、終わった!」
「お姉様ったら下着まで脱ぎ散らかして…… でも、そこはかとなく漢(おんな)らしい」
「さ、お二人とも私が背中流しますね〜」
疲労困憊の麗しき三美女は、浴室に入っていった……
――やるのだ、チョウガイ、ソンショウ。
――せっかく命はここまで来たのだ、簡単に終わらせてはならんぞ!
虚無の彼方で戦うチョウガイとソンショウの魂に声が届く。
それはかつて彼らが滅ぼした「恐竜人類」の王オール、そして「百鬼帝国」のグライ大帝の声ではないか。
「彼らですらが人類を……」
チョウガイは目元を拭った。
「いや、もっと大きな『命』というものを守ろうとしているのですよ」
ソンショウは虚無の彼方を見上げた。
即身仏の修行を成し遂げ、自らの力で人間を越えたソンショウ。
彼にはこの先に何があるのか、おぼろげながらわかるようだ。
その時だ、ソンショウのスマホがメール着信を告げたのは。
「あ、やべ! あいつからじゃん!」
ソンショウは慌てた。メールは彼女のギテルベウスからだった。
「あ、兄貴もゾフィーさんに連絡した方がいいぞ!」
「う、うむ!」
チョウガイも慌ててスマホを取り出し、ゾフィー宛のメールを作成した。
チョウガイは凱という青年と魂を共有し――
ソンショウは翔という青年と魂を共有している。
凱と翔は祖父同士が兄弟であり、遠い親戚になる。
そして二人には恋人がいた。
ゾフィーとギテルベウス、二人のおかげで凱も翔も迷いを遠く離れるのだ。女性は偉大である。
また凱は愛妻家に、翔は恐妻家になるさだめである。
未来が来れば、の話だが。
さて、グレースに仕える三勇士の一人アローンは未だ敵組織に囚われていた。
「何じゃ、わらわより娘の方がいいのか?」
身長十メートルを越える巨大な女帝リリースはツンツンした態度で、髪をかきあげた。
今夜は、いや今夜もリリースは美しかった。
「ママの方が好きなの? 何よ、それ! 男ならハッキリしてよ!」
リリースの娘イブはワインをラッパ飲みしながら、アローンに迫った。
彼女は人間サイズだ。今夜は珍しく化粧していた。真紅のドレスは情熱の証だ。
リリースとイブ、二人は母娘だけあって性格がそっくりだ。
二人に迫られながら、アローンは力なく笑っていた。そんな彼を妖魔のメイド少女三人が心配そうに見守っている。
(な、なんでこうなった……?)
イブに同情して飲みに誘ったのが間違いだった。
イブはアローンに惚れ、いきなり話が結婚まで飛んだ。
アローンはイブの母親にして悪の組織の首領、リリースの前に引き出された。
そんなリリースはアローンが気に入り、今では娘と彼を奪い合っているのだ。
女しかいない悪の組織、その一員である妖魔のメイド少女三人も、アローンが気に入っている……
「どっちじゃ?」
「どっちよ?」
リリースとイブ、二人の視線が恐い。
アローンは断頭台や電気イス、更には絞首台といった処刑器具を連想していた。
「美味しいごちそうが一番だ!」
三勇士の一人、ジェットはピザを食べていた。
「平和が一番だ……」
同じく三勇士の一人ブルは酒を飲みながらつぶやいた。
お わ れ
青い春フェスティバル MIROKU @MIROKU1912
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