虚無の中で愛を叫ぶ


   **


 人類の未来を守る戦いは、人の意識の及ばぬ虚無の中で続いている。


 百八の魔星の守護神「托塔天王」チョウガイと、天間星「入雲龍」ソンショウは敵の正体に気づき始めた。


「奴らは未来から来た悪意の精神エネルギー生命体だ」


 チョウガイは言った。


「未来から過去の自分へ悪意を飛ばしている者が山ほどいるわけだ」


 ソンショウは今の世界の荒廃を感じ取る。


 未来の自分が過去の自分へと、やるせない悪意を飛ばすとは。


「人類の未来はどうなるかな」


「死後の地獄は今の自分が作る、それが真実ならば…… 世界人類の平和でも祈って、俺達は死に花を咲かせますか。満足して死ねれば、少しはマシな死後の地獄になるでしょう」


 チョウガイとソンショウは虚無戦線へと向かう。悪とされた彼らが、人類を救うために戦うとは。


「あたしらもいるわよ!」


 チョウガイとソンショウが振り返れば、暗い空と荒廃した大地の虚無戦線に、緑色の髪の美女が立っていた。


「ギテルベウス……」


「ソンショウ、男と女がいないと人類の未来は創れないのよ」


「な、何を言ってんだ」


 ソンショウとギテルベウスがラブコメじみた展開を繰り広げるのを、チョウガイは苦笑して見つめていた。


 そして新たに虚無戦線に現れたナース服の麗しき人影を見た。


「ゾフィーさん……!」


「チョウガイさん……!」


 チョウガイとゾフィーの二人は駆け寄り、抱き合った。


 チョウガイもゾフィーも涙が出た。


 二人にあるのは「不滅の愛」だ。


 その宿命ゆえに、二人はなかなか会う事ができない。


 だからこそ会った時の喜びは、永遠の感動だ。


「これで死ねる……!」


「もう死んでもいい……!」


「ちょっと待て二人とも!」


「ハグしたくらいで満足して死ぬんじゃないわよ!」


 チョウガイ、ゾフィー、ソンショウ、ギテルベウス。


 四人の男女が紡ぐのは思い出だ。


 感動の涙と、喜びの笑顔だ。


 そして魂の成長だ。


 それがある限り、彼らの魂は決して地獄に落ちないだろう。


「死ぬくらいなら(ピー)とか(ピー)までしなさいよ!」


 ギテルベウスの激しい言葉に、チョウガイもゾフィーも、ソンショウまでもが赤くなった。


 ギテルベウスの女子力が案外、世界を救う一助になるかもしれない。


   **


 人の意識の及ばぬ世界での情勢は。


 正義の概念を守る正義マンが狂気(ファナティック)の元へ向かったが、戻ってこず、何の連絡もない。


 それは何を意味するのか、正義という概念が人の世から消え失せたのか。


 それは世界を覆う悪意によって、破滅の未来に人類が向かっている証拠なのか。


「そんな事させないわ!」


 ギテルベウスが拳を固く握りしめた。


 ハロウィンの女妖魔たる彼女が、まさか人類を守る側に立つとは。


「美味しい食べ物がなかったら、あたし生きていけない!」


 ギテルベウスの言葉に彼氏のソンショウは脱力して横倒しになった。いや、案外その発言はギテルベウスの照れ隠しなのではないか。彼女が本当に守りたいものとは――


「で、では行こうゾフィーさん」


「は、はい」


 とゾフィーはチョウガイの腕に抱きついた。


 二人はまるで新郎新婦のような厳かさで虚無戦線を進み出す。


 二人の迫力に圧倒されたか、虚無戦線を漂う悪霊死霊が次々と消滅した。


「間違ってんじゃねえか! ……いや正しいのか?」


 ソンショウは考えこんだ。四千年の間に幾度も生まれ変わり、そのたびにチョウガイと共に戦ったソンショウ。


 その彼は最後の人生で即身仏の修行を成し遂げ、自らの力で人間を越えた。


 死を越えたソンショウは自在にこの世とあの世を行き来するが、その彼にもチョウガイとゾフィーの行動の意味がわからない。なんでー?って感じである。


「男と女が未来を創るからよ」


「会長ー、そんな事もわからないんですかあー?」


 虚無戦線には、さくらとこゆきも現れた。


 さくらもこゆきもソンショウに密かな思いがある。


「あれ、なんでお前らまで」


「会長と二人になりたくて」


「気になる人は気になるじゃないですかあー」


 ソンショウ、さくら、こゆきの三人の間に明るい雰囲気が生じて、混沌の闇を打ち払う。


 だが、ギテルベウスが面白いわけがなかった。


「死ーにーさーらーせー!」


 ギテルベウスは知人から借りたチェーンソーを振り回して、三人に襲いかかった。


 その形相は鬼女そのものだ。


 ギテルベウスの振り回すチェーンソーの刃にソンショウは青ざめた。


 さくらとこゆきはソンショウの背に避難していた。彼の肩に手を添えながらギテルベウスの様子を伺う。


 ソンショウが二人の女性をかばっているようで、恋人であるギテルベウスが面白いわけがない。


「なあによー!」


 と、ギテルベウスがチェーンソーを振り上げた時だ。


 虚無戦線の空を引き裂いて、何かが飛来したのは。


 尚、チョウガイとゾフィーは暴れまわるギテルベウスに何もできなかった。二人は強すぎる存在だが、突然の非常事態には弱かった。


「ウィンドセイバーだ!」


 ソンショウには見覚えがある。虚無戦線の暗く濁った空を、音速を越える速さで旋回するのは、蛇遣座の女神がゴヨウに贈った黄巾力士(ロボット)、ウィンドセイバーが鳥型に変形した姿だ。


「はあ!」


 そのウィンドセイバーから飛び降りた人影が、ソンショウらの近くに舞い降りた。


「あー、ケンカはやめなさい」


 人影はギテルベウスに言った。


 円柱型のボディーに、細長いワイヤーのような手足を持つロボットだった。


「誰だお前はー!?」


 チョウガイは青ざめながら叫んだ。チョウガイの隣でゾフィーも目を丸くしている。


「やだなあ、チョウガイ様。俺ですよ、知多星ゴヨウですよ」


「あ、俺は知ってるぞ! ク○マティ高校に出てくるメ○沢だ!」


 ソンショウは多少はサブカルに明るい。彼から見た謎のロボットは、○カ沢にそっくりだ。


「はあ?」


 ギテルベウスもチェーンソーを下ろした。さくらとこゆきの二人もソンショウの背でようやくホッと一息した。


「いやあ実はですね」


 ゴヨウと名乗る○カ沢ロボットは勝手に喋りだした。


 地球意思と遭遇したゴヨウは、その後も混沌(カオス)の渦の中をさまよっていた。


「さ、食事にしましょ」


「さくらさんの料理、楽しみ〜」


 さくらとこゆきは地面にレジャーシートを敷き、食事の準備を始めた。ちょっとしたピクニック気分だ。


「そして遭遇したんですよ! 第三勢力であるAI世界の女王に!」


 ゴヨウというロボットの話をチョウガイらは聴いちゃいなかった。


 レジャーシートに並べられたおにぎりやサンドイッチ、唐揚げやポテト、更にはビールなどの酒類にワクワクしていた。


「はい、チョウガイさん、あーん」


「あ、あーん」


「あらあ、ゾフィーってばバカップルみたいな事すんのね」


「チョウガイ樣もずいぶん成長しましたなあ」


「わ、私はそんなつもりは……」


「そ、ソンショウ! わしはだな……」


「たくさんありますから遠慮しないでくださいね~」


「さくらさんの料理おいしい! はあー、あたしだったら、さくらさんをお嫁さんにしちゃうな〜」


「こゆきちゃんったら…… わ、私はほら老舗旅館の娘だから料理もできないといけないし……」


 などとチョウガイとソンショウ、ゾフィーとギテルベウスとさくらとこゆき、六人の男女が楽しく食事している傍らで、ゴヨウと名乗ったロボットは喋り続ける。


「人類の未来に関わる重要なお話です、宇宙を創生したのは十二星座の女神+1ですが、男は女が後から創り出した存在なんですよ、そんでもって機械とかAi、更にスマホは男が作ったものなんですよ、女性が機械とか車に弱いのはつまりそういう事なんですよ」


 ゴヨウの話は長い。


「これは大事な事ですよ、機械やAI、そしてスマホは人類を支配しようとしてるんです」


 しかしメカゴヨウの言葉を誰も聞いてなかった。


「お前、唐揚げばっかり食うなよ!」


「何よ、美味しいんだからしょーがないでしょ!」


 ソンショウとギテルベウスの二人はケンカばかりしているが、だからこそ深い絆で繋がった男女なのだ。


「幸せだ…… これで死ねる……」


「もう私、死んでもいい……」


 チョウガイとゾフィーはレジャーシートに正座して、まったりと茶を飲んでいた。


 二人はなかなか会えず、会っただけで満足して人生を終わらせかねないが、だからこそ不滅の愛で繋がっていた。それはまるで七夕の織姫と彦星のようだ。


「さくらさんは卒業したら実家に帰るんですか、あたしが就職活動失敗したら旅館で働かせてください!」


「そうねえ、弟も実家を継ぐ気なさそうだし……」


 と、こゆきとさくらは話しこむ。


 楽しげな六人を眺めるうちに、メカゴヨウは語るのを止めた。


 彼は羨ましくなると同時に悲しくなったのだ。


 人の意識の及ばぬ世界を彷徨うゴヨウ。


 彼は地球意思と遭遇した後、AIの世界へとたどり着いた。


 そこで彼はあらゆる快楽を体験し(無論バーチャル世界である)、肉ある体を捨てた。


 それに何の後悔もなかったのに、今メカゴヨウは寂しさを感じていた。


 すでに食事を必要としていない。空腹は覚えない。


 なのに眼前のチョウガイらの食事がたまらなく羨ましい。死した人間も最初に覚える寂しさは、食事ができない悲しみだという。


 メカゴヨウのライトのような目からオイルが流れ落ちた。


「まあまあ、ゴヨウ先生」


 いつの間にか背後に立ったブロンドのセクシー女性が、メカゴヨウの頭部を開いてオイルをさした。


 彼女は「ブレンダちゃん」といい、AI世界からのゴヨウの従者であった。


 だがメカゴヨウはブレンダちゃんがオイルをさすのに気づかぬように、チョウガイとソンショウらの楽しげな食事を眺めていた……


「……ん、なんだそいつは」


 チョウガイはブレンダちゃんに視線を向けた。


「おい、ゴヨウ。そいつ男だぞ」


 ソンショウの発言にメカゴヨウの両目が激しく輝いた。


 さすがは半神半人のチョウガイと、人間を超越したソンショウだ。二人はブレンダちゃんの正体を一瞬で見抜いていた。


「……ふっふっふ、バレちゃしょうがねえ」


 ブレンダちゃんの声が急に野太くなった。まるで名探偵の毛利小○郎だ。


「そうだ、俺は男だあー!」


 ブレンダちゃんは暗く濁った混沌の空の下で叫んだ。だがチョウガイ以下、誰も視線を向けなかった。


 驚くのはメカゴヨウばかりである。彼はAI世界の女王の傘下に入ったが、それはバーチャル世界で与えられる無限の快楽という報酬が目当てだ。


 ゴヨウの力を恐れるAI世界の女王は、彼を色気で引き止めていたのだ……


「……許さーん!」


 メカゴヨウの体が真っ二つに割れ、中から何かが飛び上がった。


 それは百八の魔星の筆頭軍師――


 天の機(はたらき)を知る宿星に産まれた、天機星「知多星」ゴヨウだった。


 今ゴヨウはAI世界の女王の呪縛から、解き放たれたのだ!


「百戦百勝脚ー!」


 ゴヨウが空中から放った蹴りが、ブレンダちゃん(中身は男)をふっとばした。


「レッグラリアート!」


 着地したゴヨウは間髪入れずに、回し蹴りをブレンダちゃんの喉元に叩きこんだ。ブレンダちゃんの外装が剥がれ、メカ部分が露出する。


 セクシー女性の外見は偽りだったのだ。なんという事か、これは現実に現れるサキュバスもそうなのだ。淫らな魔の正体は醜い怪物だ。


 本当の女性はトゲがあるものだ。


 美しい薔薇にはトゲがある――


「――キャメルクラッチ!」


 ゴヨウはブレンダちゃんだったロボットを、キャメルクラッチで真っ二つに引きちぎった。


 ゴヨウの精神は、虚無の中からよみがえった!


「お前、そのネイル何なんだよ」


「何よ、あたしの勝手でしょ!」


 ソンショウとギテルベウスは、またもやケンカを始めた。


 それをチョウガイ、ゾフィー、さくら、こゆきが微笑して眺めていた。


 虚無戦線は一時的に平和だった。

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