青い春フェスティバル

MIROKU

男はつらいよ、どこまでも

 翔は居酒屋のトイレにいた。


「ふい〜……」


 小用を足しながら三年間を振り返る。


 文化祭執行部としての三年間、今年は執行部長のみならず文化連合協議会の会長も務めた。


 今夜は大学の教授らを招いた謝恩パーティーであった。後輩らへの引き継ぎも兼ねている。その宴も終わった。


 翔は文化祭執行部を引退し、四年生になる。翔は講義をサボりがちだったから、単位取得のため毎日のように通学しなければならない。


 兄貴分の剴などは必要単位を全て習得し、あとは週に一回ゼミに顔を出すだけでいいというのに……


 その時ガチャとトイレのドアが開き、誰かが入ってきた。翔が首だけ回して振り返れば、そこには和服の美人が立っていた。


 驚いた翔だが、和服の美人が同じ大学に通う「さくら」だと気づいた。華道部部長であり、文化連合協議会では翔の下でよく働いてくれていた。


 文化祭では華道喫茶の模擬店を出し、好評だった。


「会長……」


 さくらは潤んだ瞳で翔の後ろ姿を見つめていた。


「な、なんだよ! ここは男子トイレだぞ!」


「だって、こうでもしないと会長と二人で話せないじゃないですか」


「いや、マジやばいって! 通報されるって!」


 翔は急いで身支度を整えると、さくらと共に男子トイレを出た。


「な、な、何してんだよ!」


「だって……」


 うつむいたさくらを前に翔は何も言えなくなった。彼女の必死さが伝わったからだ。


「あとで会長にノートあげようと思って……」


「そ、それは助かるぜ!」


「はあー、会長ってば本当に頼りないし」


「いや、俺もう会長は引退だから!」


「どうしてあんな女(ひと)なんか……」


 さくらが翔の胸に飛びこもうとした瞬間、そこへ一人の女性が通りかかった。


「あ、何してるの二人とも?」


「こゆきちゃん!」


 さくらはたちまち顔を真っ赤にした。


 通りかかったのは文芸部部長の「こゆき」だった。


 二年浪人した上に地方から上京してきたさくらにとっては、二つ下の妹のような存在だ。


 また、翔はこゆきからも頻繁に講義ノートを借りている。


「えー、ひょっとして二人は臭い仲? お熱い仲?」


「ちょっと、こゆきちゃん。怒るわよ」


「だいじょうぶです、わたしも狙ってるから。ふふふ」


「あらそうなの? こんな情けない人を?」


「こういう人には、わたしみたいな女がついてるといいんですよう」


「まあ」


 さくらとこゆきは顔を見合わせて笑った。二人とも少々酒を飲んでいる。酔っていると楽しい時もあるらしい。


 翔は何もわからずオロオロするのみだ。恋人のギテルベウス以上の女難が迫っていた……



   **



 人の意識の及ばぬ虚無の中で戦いは続く――


「偉大なるクリエイターの死が、政治や法律よりも人々の心を、いや世界を動かした……」


 黄金の剣を手にしたチョウガイは虚無の彼方を見つめた。


 人類最後の戦いが続く最中、巨星墜つの悲報が世界に走った。そして更にもう一人の麗人までもが。


 世界が悲しみに包まれたが、その悲しみによって人は我を取り戻す。


 世界が動いたのをチョウガイは感じていた。大いなる戦士、愛と美の女神、二人が世界を動かしてしまった……


 だが、一時的な変化では人類に未来を守る意志は生まれにくい。


「……それで。お前はどうした?」


 チョウガイは傍らに立つソンショウを眺めた。


 ソンショウは青ざめた顔でうつむきながらブツブツつぶやいていた。


「……チョウガイ様」


 ソンショウは言った。


「俺はもうダメかもしれない……」


「なんだと、何があったのだ」


「実は……」


 ソンショウは人間世界の「翔」という青年と魂を共有している。その翔は人間界で女性トラブルに見舞われていた。


 ギテルベウス、さくら、こゆき。


 三人の女性に振り回されて、翔は生きた心地もしない毎日だという。


「な、なんだそれは……」


 チョウガイは、青ざめるやら呆れるやらで言葉が浮かんでこない。


 そのチョウガイは人間世界の「剴」という青年と魂を共有している。


 剴にはゾフィーという恋人がいるが、お互い忙しく、なかなか会えない。それゆえに二人は「不滅の愛」で繋がっているのだ。


「あ、兄貴い、ゾフィーさん大事にしろよ…… 四千年の輪廻を越えてきたんだからよお」


「四千年だと?」


 チョウガイは半人半神の存在として、四千年の間「百八の魔星」を導いてきた。


 人間だった時、彼は病弱の妹の高額な治療費を稼ぐために、傭兵稼業に務めていた。


 幾多の戦士を葬り去ったチョウガイは超能力兵士(サイキックソルジャー)として恐れられた。


 だが妹は治療の甲斐なく幼くして死亡した。絶望したチョウガイは超越の存在に導かれて人間を越え、百八の魔星の守護神となった。


 その時、妹を担当していた年上の看護婦と親しくなり、恋人同士になっていた。


「ま、まさか……!」


 チョウガイの恋人だった看護婦。


 そして、ゾフィーは「レディ・ハロウィン」に仕える忠実な侍女フランケン・ナースでもある。


 二人とも、つまりは(強引ながら)看護婦だ。


 二人は似てはいないが、ゾフィーから剴に注がれる深い愛情は、四千年という途方も無い時間を経て再会した感動の涙と、喜びの笑顔がもたらしたものであったのだ。


「く…… 我が生涯に一片の悔いなし!」


 チョウガイはあふれる涙を拭いもせずに、拳を虚無の天空へ突き上げた。


 まるでコントの一場面だが、本人はいたって真面目だ。


「これでいつでも死ねる……!」


「死んでどうすんだ兄貴! 戦いはこれからなんだぞ!」


 ソンショウの憂鬱すら吹き飛ばすチョウガイ。また、ソンショウは四千年の間に幾度も転生してチョウガイと共に戦い続けた。


 それは人間を越えるための永き修行であった。チョウガイを半人半神に変えた超越の存在によって、ソンショウは幾度も転生した。


 そして即身仏の修行を成し遂げ、人間を越えた。今のソンショウは現世と冥府を自在に行き来するのだ。


「お前もだ翔! 三人とも幸せにしてやるのが男だぞ!」


「できるか、そんなことおー!」


 チョウガイとソンショウは――


 いや、剴と翔は珍しく口論した。


 ギテルベウスはハロウィンの妖魔である。彼女が持つ「死者の書」が開かれれば、この世とあの世が繋がり、さらなる混沌(カオス)が人間界に巻き起こる。本来は敵なのだ。


 さくらは混沌に与していた怨念の一体だったが、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに女の一念を取り戻した。いわば味方だ。


 こゆきはソンショウによって冥府から現世へ導かれ、愛するひ孫ちゃんの結婚式を見届けて戻ってきた。


 ソンショウには感謝と尊敬と愛情入り混じった複雑な思いを抱いているが、こゆきもまた味方だ。


「なんで敵の女が本命で、味方の女を裏切る事しなきゃいけねえんだ!」


「そ、それもまた天命だ!」


 チョウガイは珍しく誤魔化した。女ができると男は変わる。


 ギャグなど絶対にしないしできなかったチョウガイが、まさかこのような真似をするとは。


 だが、それがいい。



   **



「さ、会長! 飲みに行きましょうよ!」


 明るく元気なこゆきがリードして、翔とさくらも居酒屋へ向かう。


「終電逃してもまた泊めてあげますからね」


 こんな時でも和服のさくらは、翔の隣で頬を赤らめ微笑していた。


 地方の老舗旅館の娘であるさくらは、弟に跡継ぎの座を譲って上京してきた。


 弟とは中学三年まで一緒にお風呂に入っていたほどのブラコンだ。


 だからこそか、さくらは年下の翔に弟の面影を重ねていた。頼りないところがそっくりな上に、最近では男として見る事ができるようになったという。


「――ウェルカム♥ 地獄の一丁目♥」


 居酒屋の店頭にはニヤニヤしながら殺気を放つギテルベウスが待ち伏せしていた。


 ギテルベウス、さくら、こゆきはラインのやり取りをするほど仲が良かった。


 恋のライバルには間違いないが――


「へ、へい……」


 青ざめた翔の右腕にさくらが、左腕にこゆきが腕を絡ませた。さくらもこゆきも女の幸せに満たされた笑顔を浮かべていた。


 だが、ギテルベウスの顔に浮かぶのは悪鬼羅刹のごとき凄絶な笑みだった。


 翔は人生の終わりを予感した。



   **



 新たな季節が始まった。


 青い春に年齢は関係ない。


 相応しき者には訪れるのだ。






 はるかな異界、持国天様の元で修行していた柳生十兵衛は、次は海母神様の元に向かう事になった。


「寂しいなあ!」


「ミリガンさーん!」


 仏法天道の守護者らには十兵衛との別れなど惜しくなかった。


 惜しいのは十兵衛と共にあるアンドロイド美少女ミリガンとの別れである。


「では最後に記念撮影など」


 ミリガンの言葉に甘え、守護者らは写真撮影会を開催した。


「え、なんで?」


 いぶかしむ十兵衛の前で、ミリガンは様々なコスチュームを披露する。


 水着。


 セーラー服。


 メイド。


 ナース。


 チアリーダー。


 ビキニアーマー女戦士。


 そして魅惑のランジェリー……


 ミリガンのアンドロイド美少女七変化に、仏界の一角は大騒ぎだ。


 後日、弁才天様が説教に来るほどに。


「世界は救われるであろう……」


 持国天様は鼻血を流してそう仰っしゃられた。


 その二刀流の剣技は、遂に凄絶な境地へと到達した。


「な、何やってんだ、お前は!」


 十兵衛は顔を赤くしながらミリガンに言った。


「ヤキモチ焼いてるの?」


 アンドロイド美少女ミリガンは輝かしい笑顔を十兵衛に向けた。


 彼女はアンドロイドから人間へと来世を迎える存在であるから、この変化は正しいのだ。


「何人生き残れるのかしら……」


 同時にミリガンは憂いのある表情を浮かべた。


 守護者らの使命は未来を守る事、だがその戦いで多くの者が命を落とすのは、天命・天数によって決まっていた。


 そんな彼らへ、ミリガンはささやかな贈り物をしただけだ。


 更にはツーショット写真撮影のため、長蛇の列ができた。


 ミリガンは大勢の男性守護者とツーショット撮影を重ねながらイヤな顔一つせず、輝くような笑顔を浮かべている……


「ふーんだ!」


 十兵衛、嫉妬で気が狂いそうになった。


 と、そこへ弁財天様が薙刀を振るって、八つ当たりしてきた。


 薙刀の刃を避けながら、十兵衛は嫉妬を忘れる。


 全ては天の導きだ。

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