三章 神栄祭を襲う悪魔たち

三章プロローグ 「神栄祭」

グノーシティ とある路地裏


 黒いマントにシルクハットののっぺらぼう。

 時の神アイオンは、その辺に落ちていた石ころを壁に投げつけては、跳ね返ってきた石ころをキャッチして、また壁に投げつける動作を繰り返していた。


「何をしているの?」


 そんな彼に声を掛けたのは、水滴型の光輪と水色の光翼を持った少女。

 声を受けても、アイオンは石ころを弄ぶ動作を止めない。


「そういうユーこそ何をしているのかな? まだたまに彼女と入れ替わっているようだけれど……」

「貴方には関係の無いこと」

「寂しいことを言うじゃないかゴッディス」

「もう分かってるの、貴方の企みは。どうする? また……やり直してみる?」


 アイオンはまた石ころを投げ、跳ね返ってきたそれを──掴まなかった。


「……アーリー、アーリー、トゥーアーリーだよそれは! ユーこそボクが邪魔に思うのなら今すぐここで消すべきじゃないか?」

「それに意味が無いことも分かってる。貴方の存在は……全てが無意味なの」

「……そいつはどーも」


 アイオンは下を向きながらシルクハットを抑え、寄り掛かっていた壁を離れる。


「あれ? 行っちゃうの? 私を……どうこうしないの?」

「ボクにそんな力が無いことくらい分かってるだろう? というか……だからこそボクは、ボクに出来ることをやってるのさ」

「可哀想に。結果それで、貴方に味方してくれる者は誰もいなくなったというのに」

「いやぁ……それはどうだろうね」


 暗い路地裏を出て、アイオンに陽の光が当たる。

 彼はその光の温かさに『あの少年』を思い出す。

 何度も何度も命を奪い、何度も何度も見殺しにしてきた、あの少年のことを──


     *


神嗣学園 三〇三号室


 現在の天界の気候は、日本で言うところの秋。下界では四月の頃合い。

 この日、日本クラスの授業終わりではホームルームが開かれていた。

 その内容は──


「『神栄祭しんえいさい』……?」


 イッキにとっては初耳の単語だった。


「はぁい。この学園の創設を祝い、神々に感謝を示す日ですよぉ」


 担任のアリエアは簡潔に説明をしてみせた。

 そこにフルティが付け加える。


「まあ、今は形骸化していて、ただの学園祭に成り代わっていますけどもね」

「学園祭! いいじゃん! 楽しそうだぜ!」

「クラスごとに出し物をするんですよね! フルティさん!」


 ヴィオラは楽しそうに手を合わせる。


「そうですとも! プラスアルファ、有志活動も行えますとも!」

「まあ素敵ですわ! フルティさん、共に出ましょう! この学園中にフルティさんの美しさを知らしめるのですわ!」

「オーホッホッホ! それは良い考えです! そうしましょう! 是非に!」


 フルティ、ヴィオラ、パンジーの三人は既に有志活動を行うことに決定した。

 しかし今はクラスの出し物の話し合いの時間だ。


「では私はぁ、会議があるのでお暇ですぅ。素敵な出し物が出来ることを願っていますよぉ」


 そう言って、アリエアは一足早く教室を出ていった。

 あとは生徒たちの自主性に任せるということだ。


「下らねぇ……てめぇら、勝手に決めろよな」


 レオは授業と関係の無い祭りごとには興味が無かった。


「フルティ、レオは何でもいいって」

「では女装喫茶にしましょう!」

「何ィ!?」

「俺は良いよー」

「よくねぇ!」


 嫌でも話し合いに参加しなければどうなるか分からない。

 レオは危機感を抱く必要性に駆られた。


「ロストさんは何がいい?」


 一方で、シドは何の気なしにロストに尋ねた。


「え? あ、えぇと……べ、別にその、私の意見なんてそんな……ふ、フヘへ……」

「じゃあメイド喫茶にしよう!」

「嫌です」


 ロストは謙虚さを捨てる必要性に駆られた。


「クソ……なんて面倒なイベントだ……」

「レオさん、どうするっスか? サボるって選択肢はあったりします?」

「あ? それは駄目だろ。神栄祭は重要な儀式だ」

「そ、そっスか……」


 苦笑いしつつも、ベンはレオの無駄に真面目な所を割と気に入っている。

 そしてそれはダックも同じ。


「じゃあ何かしら案出さないと、マジであの花冠の案が採用されちまいますよ」

「ぐ……お、お前ら何かマシなの提案しろ」

「そう言われてもなぁ……」


 二人とも頭を悩ませるが、レオも納得してくれるような案は思い付かない。


「ルイ、お前はどう思う?」


 イッキは無言で座っているルイに声を掛ける。


「……」

「ルイ?」

「……あ。何?」

「今寝てたろ」

「私の三大欲求は誰にも止められない」

「はぇー」

「で、何?」

「神栄祭? ってか学園祭? の出し物の話」

「ああ……。フッ……もうそんな時期か。時が経つのは早い。あの頃の私は若かった……」

「お前寝ぼけてんだろ」

「……」


 だいぶ夢うつつの状態だ。

 今の彼女にまともな返答は期待できない。


「イッキ君! クラス委員の貴方の意見を聞きたいです」


 そうしているとフルティから同じ質問を返される。


「そうだなぁ……そういえば俺クラス委員だった。出し物……俺が人間の時は劇をやったかな……」

「あらいいじゃないですか。飲食関係だと衛生管理が面倒ですけど、劇ならその心配もなく、何よりこの私が目立てます。この美しい私が」

「主役決定?」

「やるなら私以外に誰がヒロインをやるのですか! ヒーロー役にはイッキ君を推薦しましょう!」

「え? マジ?」


 そこまでを聞いて、レオは劇ならば自分も裏方の作業をするだけで面倒をせずに済むのではないかと考え始める。何より既に主演が決まってしまっている。


「フン! 良いんじゃねぇの? 俺は賛成しておく」

「レオ!?」


 珍しいレオの肯定的意見に、イッキは一瞬戸惑う。


「僕も異議はないかな。ロストさんは?」


 シドはやはりロストに尋ねる。明らかに気に掛けているそぶりだが、ロストは分かっていない。


「え? あ、う、裏方なら……」


 ロストは図らずもレオと同じ意見で賛成することにした。

 当然フルティがああ言っているので、パンジーとヴィオラの意見は聞くまでもない。

 ベンとダックもレオが賛成しているので何も言わない。

 ただ──


「待った」


 ルイの目は完全に覚めていた。


「何です? ルイさん」

「……ヒロインがフルティで、イッキがヒーロー?」

「はい。美しい配役ではありませんか?」

「……ストーリーは? どういった話?」

「そんなのは決まっています! 美しい勧善懲悪に、美しいハッピーエンド! そして何より、美しいボーイミーツガール! これぞ、大衆に好まれる美しいストーリーの三種の神器に他なりません!」

「……そんな神器初めて聞いたぜ……」


 レオの知っている神器はまったく別の物であり、彼だけが例えだと理解していない。

 真面目に疑問を感じている彼を無視して、ルイは少し眉間の皺を寄せる。


「……イッキは……賛成……?」


 恐る恐る聞いているようだった。


「え? まあ……俺は良いと思うけど」

「…………そう。じゃあ私も良いと思う。頑張って」

「お、おう」


 彼女の『頑張って』の言い方に、いつも以上の無気力さを感じ取った気がしたが、イッキはそれを気のせいだと思い込む。


「フルティさん! 脚本はぜひ! このわたくしに!」

「さっすがパンジーさん! お任せ致します! でも困ったらみんなを頼って下さいね」

「もちろんですわ。とにもかくにも、フルティさんを一番目立たせたストーリーにしなくては!」

「楽しみです! フフフフフ!」

「オーホッホッホ!」


 二人に加わって、何故かヴィオラも笑い出す。

 他の面々はもう成り行きに任せ始めている。

 だからこそ、誰もルイが下を向く意味に気付けなかった。


     *


放課後 廊下


「ルイさん」


 珍しくイッキと一緒に居なかったルイに、フルティは話しかけた。

 傍にはいつもの取り巻き二人に加えて何故かロストもいた。


「……何?」


 フルティはフワッと髪をかき上げ、自らの美貌をアピールしつつ続ける。


「私達は今、その大いなる翼を広げ、この天界に美しさを知れ渡らせる準備が出来てしまったのです」

「出来てしまったのか……」

「有志のステージ企画に応募しました! 五人分で!」

「何故?」

「最初は三人にしようと思いました。しかし私は思ったのです。『ああ、ロストさんとルイさんを仲間外れにしているみたいで申し訳ない……』と」

「別にそんなことないけど」

「一緒に頑張りましょう! ルイさんは声が綺麗なのでボーカルで!」

「バンドなの?」


 パンジーとヴィオラが小気味よく頷く。


「そうですわ!」

「楽しくなってきたわね……」

「ロストは?」

「……いや……こ、断る勇気が……」

「ロストさん!? 嫌なのですか!?」

「……い、嫌ではないけど……」

「ロストさんは見た目からしてバンドマンですものね!」

「……何が見えてんだ……」


 それでも嫌と言えないのは、実はロストも悪い気がしていないからだ。

 もちろんルイもそうだった。


「それで、どうですか? ルイさん」

「……いいよ。まあ……練習しないとだけど」

「練習……! 素敵です。美しいです。みんなで一つの目標に向かっていく私達……。ああ、何とも言い難い素晴らしさ!」

「……」


 フルティは神栄祭を大いに楽しみにしていた。

 だからこそ今まで以上にテンションが高く、少しだけ周りが見えていない。

 ルイはそんな彼女のことを後ろから支えてやろうと……思ってはいないが、既に彼女の体はそうするように動いていた。

 いつだって、彼女の体は考えるよりも早く誰かのために動いている。

 それが、彼女という天使だった。

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