5話 「イレギュラー&イレギュラー」
十二月三日 午前十時二分 人海町
「うおおおおおおおおおおおお!?」
空から落下してくる人物……いや、天使が四体。
そのうち二体は綺麗に着地をしてみせるが、残る二体のうち一体がバランスを崩した所為で、もう一体を巻き込んで墜落することになる。
人間には姿が見えていない彼らだが、地上に激突すればきちんと痛みを覚える。
ズドンと音を立てて、その二体は地上に砂埃を巻き起こした。
「いててて……あ! ごめん大丈………あ」
墜落の原因となった天使の正体はイッキ。
翼の操作が下手な彼は同じグループの天使・ヴィオラを巻き込んで落下し、彼女を押し倒していた。
加えて、現在彼の右手はそのヴィオラの左の胸辺りに触れていて──
パチン
頬への平手打ちだけでケジメをつけ、二人は起き上がる。
そこへ問題無く着地したベンとダックもやって来た。
「羨ましいっスね。アストラの」
「いや……というか名前で呼んでくれよいい加減」
「お前知らないのか? その光輪……『
「?」
ダックから説明を聞く前に、若干機嫌を損なっているヴィオラが声を上げる。
「で! これからどうするのよ!?」
今日から課外授業が始まる。日本での二泊三日の実習だ。
イッキたち候補生はこの三日間を利用して日本での『信仰の集め方』を練り、実際に行動を起こしてレポートにまとめる。
短い間なので結果はそこまで期待できないが、実際に下界で行動を起こすことに意味があると考えられて、任意で執り行われているものなのだ。
「……うーん。まずは泊まる宿だな。ホテル行くか!」
「その前に光輪と光翼を隠そうぜ。人間に見えるようにしねぇと」
「へぇ。これ隠せるんだ。そんだけで人間に見えるようになるんだな。道理で……」
イッキは初めてルイと出会った日のことを思い出す。
彼が人間だった時の話で、その時の彼女には確かに光輪と光翼が無かった。
「期間は三日。出来ることは限られてるけど、神を目指す者として、この実習である程度は『信仰の集め方』を自分なりに形にしないと」
「お。何だオイ。お前は本気で神になる気だったんだな」
「当たり前でしょう? そのためにこの学園に入学したんだもの」
「でも日本クラスは難易度高いっスよ? 何せこの国の人は神様を信じてくれない人が多い」
「分かってるわ。難しいからこそ燃えるのよ。フルティさんもその方が『美しい』と言っていた。そういう貴方達こそ、本気で神を目指す気ならもっと楽なクラスがあったはずよ?」
「俺らはレオさんに付いて来たんスよ」
「どうして彼は日本クラスを?」
「さあ? お家のプライド的な問題じゃあないのは分かってるんスけど……教えてもらってないんスよね」
ロストとシドは家の人間がうるさく言うので仕方なく難易度の高いクラスを選択したのだが、レオは別に彼らのように特別な家柄の出ではない。
彼が日本に拘った理由は取り巻きのベンとダックもずっと知らずにいた。
「なぁなぁ。取り敢えずさっさとホテル探そうぜ。いくら支給されたんだ?」
グループのリーダー役を買って出たヴィオラに、宿泊費を見せてもらおうとイッキは急かす。
いつの間にか機嫌も戻ったヴィオラは、誇らしげに学校に渡された財布を取り出す。
中に入っているのはもちろん日本円だ。
「一万円」
「…………は?」
相場を知っているイッキだけがキョトンとする。
「なぁダック。一万円ってどんくらいだったっスかね」
「忘れた。試験に出た気がするが……一夜漬けの弊害がここに出たな」
状況を理解していない二人はハハハと自嘲する。
ただイッキの反応を見て、ヴィオラはホテル代の相場を怪しみ始める。
「あの、イッキ君。何かしらその反応」
「いや……だって……え? マジで一万? たったの一万?」
「もしかして……足りない? 四人分で、二泊三日分……無い?」
「……いや、一人でも足りないぜ。ネカフェで寝泊まりするならギリってとこかな」
「ネカフェ……って、何よそれ……」
全員事態の深刻さに気付き始める。
光翼と光輪を隠せば人間と何も姿が変わらない彼らは、人間の振りをして暮らすことが出来る。
だが、それを可能にするのは『金の神』から天使に提供される下界の通貨があるからだ。
今回は『金の神』から学園、学園から生徒へ通貨が支給される流れの中で、若干の行き違いがあったのだ。
「……まあ大丈夫! 多分だけど! 元日本人の俺に任せろ! 何とかなるって奴だ!」
イッキは空気が悪くなったグループを何とか励まそうとする。
「イッキ君……今はそういう冗談いいから」
「ヤバくね? どうするっスかこれから」
「うーむ、そもそもここは東京だろ? 授業でやったが、首都だし泊まる場所なんてどこも高そうだぜ?」
それを聞いたところで、イッキはふと辺りを見渡す。
「……『東京』……?」
「ええ。先生言ってたでしょ? 『大典門』を東京に繋げるって。だから私達は東京に降りてきたはずよ」
「……そう……だよな……」
それはイッキも聞いていた。
彼が抱いた違和感は、辺りを見渡した時に発生したものだ。
だがそれは違和感などではない。じっくりと見ればもはやそれは疑念ではなく確信に変わる。
「……ここ、東京じゃねぇぞ」
「「「!?」」」
イレギュラーに次ぐイレギュラー。
だが流石に三人ともそんなイッキの言葉は信じられない。
当然次に続く言葉も──信じられるはずがなかった。
「ここ………………俺の住んでいた町だ」
三人はイッキが元人間だったという事実をまだ知らない。
それ故彼が突然妄言を言い出したようにしか見えないのだが、それが事実だと理解するのにそう時間はかからなかった。
何故なら──
「お帰り。一輝君」
光を失った瞳で、花柄のカチューシャを付けた少女が自然と四人の天使の前に現れる。
イッキは彼女の姿に見覚えがあった。だが、それだけ。
「お前……」
*
同刻 人海町 とある建物の屋上
イレギュラーはイレギュラーを生んでいた。
イッキたちが困惑している一方で、何故かここにも困惑している男がいた。
「おーい。どういうことですかぁ? 旦那ァ。何でイッキたちがやって来ねぇの?」
どこにでもいるような平凡な容姿で、どこでにでも売っていそうなシンプルな衣服に包まれた、どこかで聞いたことがあるような声の男。
彼の名は──黒茨天恵。名前だけはどこで聞くことも出来ないような男だ。
「……何か問題が起きたとしか考えられまい。天恵、作戦を変更するぞ」
天恵と共に屋上に佇むのは人間ではなく人外の存在──破壊神・ゼノンだ。
「いやいやゼノンの旦那。イッキたちそもそもこれ人海町に降りて来てないんじゃないっスか?」
「いや、それはない。連中の神気は感じている。確かに少し座標がズレたようだが……支障は無い。行くぞ」
「へいへい。僕はどこまでも旦那に付いて行きますよー」
「……何か不満があるようだな」
「別に何も?」
「……そうだと良いが」
破壊神と人間の男が何を考え、何故協力しているのかはともかく、イッキたちは知らぬ間にそれはそれは面倒な事件に巻き込まれ始めていた。
*
同刻 神嗣学園 大典門管制室
天界と異界を繋ぐ大典門は神気を注ぎ込んだ天使の技術によって開かれる代物。
この学園に備わっている門も、教職員、スタッフの制御の下開かれていた。
特に今日は課外授業の始まる日。管制室はフル稼働しているところだった。
しかし、一つ問題が起きれば当然内部は騒然とし始める。
「……何があったのですか? アリエア先生」
後からこの管制室に入って来たのは、この学園の副学園長・ラフ。
スキンヘッドで紫のシンプルな形をした光輪と光翼を持つ男だ。
「大変なんですぅ。うちのクラスの子たちがぁ、間違った場所に降りちゃったみたいでぇ。おまけに大典門が開かなくなっちゃってぇ」
「何ですって? 一体どうして……」
アリエアはこの管制室の責任者である人物に視線を送る。
ハート型の光輪とピンクの光翼を持った長髪の女性だ。
「……不明です。何が起きているのか……私にも分かりません。ラフさん、すぐに学園長に連絡を」
「わ、分かりました。しかし何が起きて……」
顎に手を乗せながらラフは部屋を出ていく。
それを見届けてから、責任者の女性も一度出入り口に向かう。
「どこへ行くんですかぁ?」
「私の方からも報告を」
「……そういえば、ラヴァルさんって昔、愛の神の候補生でしたよねぇ?」
「それが何か?」
ラヴァルというのはもちろんこの責任者の女性の名だ。
彼女もかつてはこの学園の卒業生だった。
「……フフフ。本気で驚いているみたいですねぇ。だって、まさか大典門が閉じてしまうだなんて想像してなかったですもんねぇ」
「……」
「でも私もびっくりですよぉ。あの子たちの降りる座標位置がズレるなんて、思ってなかったですからぁ」
「……そうですね。ただ、『ズレる』という言い方で済むほどの距離ではないですよ? 数十キロは離れた位置に降りてしまったようですし」
「……確かにそうですねぇ」
そうしてラヴァルは部屋を出ていった。
残ったアリエアは管制室のモニターで下界の神気の反応を確かめる。
それを見れば、下界にいる天使の数、そして神の数も把握できる。
神の行動は天使の管轄外であり基本気にはしないのだが、モニターに記されてる限りでは、明らかに『異常』は見えていた。
イッキたちの降りた地域に、複数の神の反応が確認できていたからだ。
「……さて。神々は何を企んでいらっしゃるのでしょうかねぇ……」
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