2話 「試験結果」

二週間後 神嗣学園 三〇三号室


 筆記試験の大半は日本の歴史や文化、社会などに関する問題だった。

 イッキは難なく解き進んだが、結果は試験の一週間後にようやく知ることが出来る。

 不安な飛行能力に関する実技は既に結果も出ていて、この日初めて筆記試験の結果を担任のアリエアに伝えられた。


「おめでとぉ。みんな合格ですよぉ。日本での課外授業楽しみにしてくださいねぇ」


 ゆるゆるとした言い方で生徒たちを祝福する。

 当落線上にいたベンとダックは喜びを隠すことが出来ない。


「よぉし! やったぜ!」

「日本行き決定!」


 二人の喜びようを見て、思わずレオも普段の仏頂面が解ける。


「フン。当たり前だ馬鹿野郎。いちいちうるせぇんだよ」


 憎まれ口を叩きながら笑みを隠せていない。

 いつも自分に付いて来てくれる二人に対しては、レオも気に掛けるところがあったのだ。


 一方、二人と同じく自信の無かったロストは、返ってきた自身の答案用紙を見つめながらその手を震わせていた。


「よ! ロスト。どうだった?」

「ああ、あ……危なかった……」

「ちなみに俺は七十点だぜ! 日本についての問題以外は全部外したけど!」


 イッキは恥ずかしげもなく自分の点数を明らかにする。


「そぉですねぇ。イッキ君は空飛ぶのも苦手ですしぃ、正直不安ですぅ」

「大丈夫だって先生! 何とかなるって奴だ!」

「そうですねぇ。フフフフ」


 アリエアは温かい目を向けながら穏やかに微笑んでいる。


「あ、あと一点足りなかったら……お、終わってた……。私の貯金が……」

「いいじゃん。どんどん使ってこうぜ。貯めた不幸を幸運に変えて」

「……イッキ君……」


 彼女自身、本当は運だけのおかげとは思っていなかった。

 イッキたちと共に勉強したからこの結果になったことを理解していたのだが、礼を言う前にルイがイッキに近付いて来た。


「ん」


 ルイは誇らしげな表情で自分の答案用紙を見せつけてきた。


「うおお!? 百点だと!? ルイ、もしかしてお前天才だったのか……」

「バレてしまってはしょうがない」

「俺が思っていた以上に頭良かったんだなぁ……」

「……」


 ロストは赤点ギリギリだった自分の答案用紙とルイの崇高な満点の答案用紙を比較し、礼を言う前に落ち込み状態になってしまう。

 そんな彼女の代わりに、ベンとダックはイッキに対して声を上げた。


「おい! サンキューな! アストラの!」

「おたくらのおかげっス!」


 二人は喜び過ぎて、レオの前だというのに、勉強会に入れてくれたイッキに感謝を表明してしまった。


「何の話だ?」

「あ! いや、何でもないっス!」

「ええ、何でもないですよレオさん!」

「……フン。まあどうでもいい」


 何となく察しはしているが、レオもわざわざ二人に何かを言う気はない。

 そもそも今の彼はもう、イッキなどに対してそこまで負の感情を持ってはいなかった。


「──さてさて。皆さんいいですかぁ? 無事クラス全員で課外授業に行けることになりましたがぁ……早速ですが! 課外授業の内容を説明したいと思いまぁす」


 現在授業の時間は終わっているのだが、アリエアは特に関係なく説明を始める。

 そもそも課外授業というのは、生徒自身の任意で冬期休暇を削って行うものなので、カリキュラムに必須ではない。

 つまり、この説明を聞く聞かないも自由だったりするのだ。


「はい先生! つーかそもそもどうやって下界に行くんですか!?」

「あらイッキ君、良い質問ですねぇ。ホントは別にそうでもないけど。下界へはもちろんその翼で降下してもらいまぁす。ちゃんと『大典門だいてんもん』を通りましょうねぇ」

「大典門って何?」


 イッキは小声でルイに尋ねる。


「天界と下界を結ぶ門。下界の空に隠された天界には、大典門を通らないと入れない」


 言っている間にアリエアは説明を続ける。


「学園を卒業した後、皆さんの中には神を目指すために下界で人々の信仰を集めようと考えている方もいると思いまぁす。なので! 今回の課外授業では実際にその予行演習をしてみましょぉ!」


 イッキには『信仰の集め方』が全く分からなかった。

 だがそれは他の生徒たちも同じようで、何人かは頭を悩ませている。


「もちろん、『どうやって』……の部分は、みんなで考えてやっていきましょうねぇ」

「……みんな?」


 レオは嫌な予感を漂わせながら眉間の皺を増やす。


「はぁい。下界ではそれぞれグループに分かれて行動してもらいますからねぇ」

「何……だと……」


 レオだけが愕然としている。


「実はぁ、昨日ぅ、くじで勝手にぃ、グループ分けしちゃいましたぁ!」

「な……!?」

「じゃあ発表しまぁす」


 そうしてスラスラと三つのグループを発表していく。

 一つ目のグループのメンバーはイッキ、ベン、ダック、ヴィオラ。

 二つ目のグループのメンバーはルイ、シド、パンジー。

 三つ目のグループのメンバーはレオ、フルティ、ロスト。

 ……と、いう具合だ。


「ふざけんな! 何だこの分け方は!」


 一人怒り心頭中なのはもちろんレオ。

 ただ、何人かは彼と同じ様に発表されたグループに疑問を持っている。


「先生、その……大丈夫なんでしょうか? このグループの分け方で」


 フルティは怒れるレオに呆れた目線を向けながら尋ねる。


「きっと大丈夫ですよぉ。みんな良い子ですしねぇ」


 アリエアは両手を組んでのちの教え子たちの未来を夢想する。あるいは現実逃避とも言えるが。


「フルティさんにお供できないだなんて……! このパンジー、屈辱の極みですわ!」

「……シド。イッキと入れ替わってくれたり……」

「え!? もしかして僕と一緒は嫌とか……?」

「ううん、ごめん。冗談。ホントに」


 ルイは表情を変えずに目を逸らした。

 流石にいくらイッキと一緒がいいとはいえ、他のクラスメイトにまで迷惑はかけられない。


「クソ……せめて男一人は止めてくれ……」

「諦めましょうレオさん。これはこれで美しいメンバーだとは思いませんか? ねぇロストさん」

「うえぇ……そっすか……?」


 このグループ分けに納得を通り越して愉快に感じているのは、恐らくフルティとイッキだけだろう。


「楽しみだなぁ! なぁみんな! どうやって信仰集めようか!」

「イッキ君……随分楽しそうね。私、正直コイツらと一緒なの嫌だけれど」


 ヴィオラは面と向かって素直な気持ちを言い放つ。

 悪口は相手の目を見て直接言うのが彼女の主義だった。


「ひっでぇ! 何スか? このモヒカンがいけないんスかね? 剃るか」

「何でだよ!」


 ダックはこう見えて自分の髪型を気に入っている。もちろん怖がられたとしても剃る気などない。

 まあベンも本気で言っているわけではないが。


 皆それぞれ様々な反応を見せているが、所詮はくじで決まったグループ分け。

 彼らがどういった実習を送ることになるかは全く予想することは出来ない。

 アリエアは担任としてただ優しく微笑むだけだった。


「それでは今度の課外授業、頑張ってくださいねぇ」

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