二章 神の力を借りた人間たち
二章プロローグNo.1 「破壊神」
一つ、質問をしよう。
『もし貴方の目の前で、誰か見知らぬ他人がこれまた見知らぬ他人を殺そうとしたとしたら、貴方は一体どのような対応をするだろう?』
勇気を奮って殺しを行う悪人に飛び掛かるのだろうか?
あるいはその前にまず通報をして、警察という頼れる正義の使者に任せるか?
それとも……日和見主義を発揮して我関せずと通り過ぎるのだろうか?
……なんてね。
冗談という奴だ。
何遍も下らない質問に付き合わせるような僕じゃあない。
第一そんな場面で貴方がどんな行動を取ったとしても、それがすなわち善であるか悪であるかなどの判断は僕には出来ないし、したくもない。
ただ、まあ、一つだけ言えるのは……『アイツ』は、『アイツ』なら、きっとこう答えるはずなんだ。
『助ける!』
……それだけだ。
特に深く質問の意図も考えず、二つ返事でそう答えるんだよ。
腹立たしいと思わないか?
殺されようとした人物が稀代の極悪人で、殺そうとする人物は愛する人を殺された復讐のためにその人物の命を狙ったのだとしたら?
加えてそもそも殺そうとしているというのがこちらの主観であっただけで、実はそこまでするつもりは本人にはなかったのだとしたら?
というかだって、『助ける』メリットが無いんだよ第一さぁ。
何が『助ける』だよ何が。正義を振りかざしたつもりか? 良い奴ぶるなよこのクソ!
……申し訳ない。私情がだいぶ入ってしまったみたいだ。
誰かを助けようとする姿勢は褒めて然るべきことだ。
言葉でもハッキリそう言えるのは才能だ。
僕がどれだけ『アイツ』を貶しても、『アイツ』に僕には無いモノがあるのは間違いない。
ただ、だからこそ言おう。
誓って『アイツ』は善人じゃない。正義の男というわけでもない。
ただ、ただ、真っ直ぐで向こう見ずで純粋で正直で馬鹿で間抜けで……何が何でも有言を実行するだけの────とにかくイカレた奴なんだ。
*
*
*
人海高校 二年三組教室
燃城一輝が死亡してから二ヶ月が経過していた。
彼の使用していた机には小さな花瓶が供えられている。
その花瓶の水を入れ替える役目は彼の幼馴染でもある少女、
彼女は哀愁に満ちた表情で、手洗い場から花瓶を持って誰もいない教室に入る。
「一輝……」
名前を呼んだところで彼が戻ってくるわけではない。
下を向いたまま彼の机に近付き、そして、顔を上げると──
「おや? もしかしてリノカ? 久しぶりだね」
目の前には燃城一輝の机があるだけで、そこにはもう誰もいないはずで、そもそも机というのは人が乗る物ではないはずで──
「……クロ……にぃ……?」
燃城一輝の机の上に、一人の男が立っていた。
亡くなった人間を馬鹿にするかのように、これ以上なく傲岸不遜な笑みを見せながら──
一人の男が立っていたのだ。
「へぇ、覚えててくれたんだ。良い子だね。嬉しくて涙がちょちょぎれそうだよ僕は」
「ど、どうして……どうしてクロにぃが……」
「いい質問だ!」
ダンッと一輝の机を踏みつける。
死者への冒涜としか言えない態度だ。
「僕はね、イッキが死んだって話を聞いて、東京から飛ぶようにしてやって来たのさ。むしろリアルに飛んできた。マジで。ハハハハハ! ……いや、まあ冗談だけど」
「……クロにぃ。そこが一輝の机なんだけど」
「知ってるよ。それが何?」
「……足を乗せないで」
「何で?」
「クロにぃ……本当に……何も変わってないんだね」
「人はそう簡単に変わらない。リノカ、君だって何も変わってないよ。まだイッキのこと好きなの? いやだとしたら悲劇だね! 愛しい彼は事故なんかで亡くなっちゃったんだから! ハハハハハハハハハハハハ……はぁ。人の死を笑いものにするのは良くないよね。笑うなよ?」
「いいから降りて!」
この男は全く聞き入れてくれない。
だがそうなることは説得する前から知っていたこと。
梨乃香にとってこの男は、懐かしい人物であると同時に決して再会したくない人物だった。
「……気に入らないなぁ」
「!?」
突然男は白け切った顔になり貧乏ゆすりを始める。
「どいつもこいつもイッキのことばかり。なぁ、アイツの何がそんなに良いのかな? いや、良い所は分かるんだよ。けどそれは君らが良いと思うところであって、僕の価値観ではそうでもない。僕以外のみんながアイツを『良い奴』だと抜かしてさ。アイツ自身も昔から僕に対して『クロにぃ!』っていい笑顔で寄って来てさ。ムカつくよね? だからいつも意地悪してやったんだ。アイツは僕に嫌われてるって気付いてなかったけど。どんだけ嫌がらせしてもアイツは僕みたいな奴にも優しくて慕ってくれてまるで本当の弟みたいに懐いてくれていて……ああああああああああ! ムカつくムカつく!」
貧乏ゆすりが度を越して地団駄に変わる。
死んだ人間の使っていた机をとにかく踏み鳴らし始めた。
「クロにぃ……」
唐突に、彼は動きを止めた。
「……ごめん。アイツのことを悪く言われたくないよな、幼馴染の君は」
「それ以前の問題……。ねぇクロにぃ。何で一輝の机に立ってるの? どうしてせめて靴を脱がないの? そもそも……うちの生徒でもないのにどうやって学校に入ったの?」
そこまで聞いてようやく不謹慎を理解したのか、彼は机から身を下ろした。
それを受けて梨乃香は持っていた花瓶を一輝の机に戻す。
「……さっきも言ったろ? 僕はここまで飛んできたんだ」
「え?」
その時──窓際のカーテンが風で大きく靡く。
窓は梨乃香が教室を出ている間に開けられていたのだ。鍵が閉まっていたかどうかは彼女の知らないところ。
「ごめんよぉ。でも僕だって何が不謹慎かくらい分かってるよ? いや、少なくとも君らが不謹慎に感じる行いがどんなもんかは知ってる。だてに二十年も生きてないってこと」
「……?」
男は不気味に笑みを浮かべながら教室の出口に向かった。
そして最後に、信じがたい言葉を吐く──
「アイツは生きてるよ。だから花なんて供えなくていい。それじゃまた、さようなら」
*
人海町 小路
懐かしい顔に会った彼は、上機嫌な足取りで歩いていた。
「リノカの奴、もしかするとイッキのことは諦めたのかな? あるいは彼氏でも出来たか……。なんか思ったより動揺が少なかった」
果たして誰に対して言葉を発しているのか、それを分かっているのは彼本人だけ。
返事をするのは──
『……お前は人の気持ちが理解できないわけではないのか?』
彼にしか見えない存在が、当然のように彼の背後に現れる。
角の生えた骸骨のような頭部に、甲冑のような恰好をした、怪人とも言える存在。
だが周囲の人間は誰一人としてその怪人を視認できなかった。
「やだなぁ僕はそんなに鈍感じゃないっスよ? 自分が周りにどう思われてるかとか、瞬時に理解することも出来る。ただちょっとだけ……そう! ちょっとだけ僕は感情表現が他の人よりも豊かなんだよね。その所為で色々と誤解が生まれたりはする。ただそれだけなんスよ」
『……フン。まあお前の人格を今更とやかく言う気はない。お前はただ私に協力すればいいだけなのだから』
「……そゆこと」
男はやはり不気味な笑みを浮かべている。
一方の怪人は無表情で思考を読むことが出来ない。
『最高神の候補生……お前の知り合いだったとはな。
「ハッ! たいした関係でもないっスよ。ゼノンの旦那。破壊神のアンタと最高神様の関係ほどスケールデカくないんで」
『ではお前とあの元人間の天使は……どういう関係だ?』
天恵と呼ばれた男は周りの目など気にせず大きく腕を広げながら歩みを続ける。
そして──
「僕にとっての彼はお隣さんの弟分! 憎むべき嫉妬の対象であり、僕がいるにもかかわらず僕よりも先に『選ばれた人間』!」
笑みと同時に、そこには確かに憎悪が見受けられていた。
「……そして、彼にとっての僕はお隣のお兄さんであり、どこにでもいるようなただの……『一般人・
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