一匹狼の凄腕魔導師の先輩と、二人で寮生活をすることになりまして……。不束者ですが、僕をよろしくお願いします!
米太郎
第1話
テレビの中では、高校生くらいのイケメン魔術師がドラゴンと対峙している。
薄い灰色の魔導師のローブを着て、小さな杖を振りかざす。
すると、ドラゴンの足元が凍らされる。
杖をもう一振りすると、今度は無数の火の玉が現れてドラゴンを襲う。
それを食らったドラゴンは、その場に倒れていく。
ドラゴン討伐をするテレビショー。
これは、特撮でもない。
夢でも幻でもない。
現実での出来事。
この世界には、魔法が溢れている。
「ヴァイス、そろそろ行く時間でしょ?」
僕がテレビに夢中になってしまっていると、母さんが注意をしてきた。
いけない、もうこんな時間か。
傍にいた父さんが、母さんを
「いいじゃないか、母さん。しばらくテレビも見れなくなるんだから、最後くらいじっくり見せても」
父さんが言う通り、今日から僕は魔法学園の生徒になる。
魔法学園への入学が夢だったんだ。
宮廷魔導師が僕の憧れであり、夢だから。
「じゃあ、ヴァイス。そろそろ行くか? 見送るぞ」
「はい!」
この国では、魔法を使うためには、ライセンスが必要なんだ。
国から認められている魔導師にしか、そのライセンスを持つことを許されない。
どんなにすごい魔導師だって、そのライセンスが無いと自由に魔法が使えない。
僕は、それを手に入れて広い世界を見て回りたいんだ。
王国の外を見てみたい。
僕は荷物を持って、急いで玄関を出る。
澄み切った空。
晴れやかな気分で僕は家を後にする。
「気を付けてね!」
「立派になって帰ってくるんだぞ」
母さんは、元気に手を振っているが、少し涙ぐんでいた。
今生の別れでもないっていうのに。
母さんってば……。
「心配しないでよ。僕は大丈夫だから!」
僕が今日から行くことになる魔法学園は寮制度なのだ。
だから、しばらくはこの家ともお別れになる。
お母さんは悲しんでいるみたいだけど。
月に何度かは帰ってくると思うよ、僕だって。
それが、三年間続くくらい。
たったそれだけだから。
「それじゃあ、父さん、母さん行ってきます!」
明るい笑顔で見送ってくれる両親。
その二人に手を振って、僕はこれから進む道の方向を向く。
よし、今日からが始まりだぞ。
僕は、いわゆる異世界転生者だ。
この世界に転生したときに、異世界っていう違和感が全然なかったんだよ。
まるで、元居た世界と同じような雰囲気だったんだ。
街並みだって、ほとんど同じだし。
敷き詰められたアスファルト、家のつくりだって元いた世界と同じ。
高いビル群だってある。
車だって、電車だって動いていた。
ただ、違っていた点は、それらの動力が魔法だって言うこと。
道路を渡るために、信号待ちをすることも、元の世界と変わらない。
交差点に差し掛かると、僕は信号が青になるのを待つ。
明るく光る信号だって、動力源は魔法なんだ。
信号が青になったので、僕は交差点を渡る。
交差点の先に行ったところにある、バス停。
魔法学園に行くためには、これに乗っていくんだ。
この王国内では、公共の場だと自由に魔法が使えない。
ライセンスを取得した限られた者だけが、魔法を使用して仕事をしている。
バスを運転するにも、それ専用のライセンスが必要になる。
誰もが皆、大なり小なり魔法を使える力を持って生まるけれども、それを自由に使用はできない。
魔法は全て、王国の制御下にあるんだ。
だから、好きな魔法を使いたかったら、ライセンスを取得することが必要。
本当は、身体強化して走って通学したり、風魔法で空を飛んだり。
そういうことだってできるけれども、自由に魔法を使ってしまうと危険なんだ。
事故があっても、全て対処できるわけじゃないし。
些細なトラブルの原因にもなる。
だから、王国全体が強力な魔力によって押さえつけられている。
あ、バスが来たみたい。
人の流れに乗って乗車していく。
「手すりや吊革におつかまりください。出発しますー」
バスが発車する。
魔法を使えるライセンスも、ピンからキリまである。
このバスだって、風魔法によって中へ浮いているバスなんだ。
人が5,60人乗っているバス。
これを浮かせようとすると、かなりの魔力が必要だと思う。
それを上手く制御しながら動かす。
それこそ、専門職だ。
ただ、バスを走らせる速度には制限が掛けられていたりする。
あくまでも、安全に考慮した王国の仕様だ。
全てが制御されている。
それって、なんだか堅苦しいって思わない?
せっかく異世界に転生したのに、魔法すら使えないんだ。
いろんなライセンスを手に入れても、結局は王国によって制御されてしまう。
もし全ての制御を外れることができるとすれば。
それが僕のしたいこと。
王国も無限に広いわけじゃない。
この王国の外には、モンスターがいる世界が広がっているんだ。
せっかく異世界に来たのに、冒険しないなんて、勿体ない。
この王国で一生を終えるなんて僕は嫌なんだ。
だから僕は、ライセンスを取得したい。
『新天地開拓者』のライセンス。
この王国を出て、新しい土地を開拓する者のライセンスなんだ。
外の世界はとても危険だけれども。
僕は、そんな外の世界を見てみたいんだ。
「おつかまりください。停車します」
バスは、次の停車場へと着いた。
乗客が乗り降りする。
僕が目指すのは、終点。
まだ、もう少し先だな。
「それでは、発車します」
バスの運転手さんみたいに、ライセンスを持って国のために仕事している人のことを、国家魔導師と呼ぶ。
大体の王国民はそういった職業を目指すんだ。
――ウゥーーー。
サイレンを鳴らして走る消防車が窓から見える。
消防士っていうのも、立派な国家魔導師。
火事があったりすると、緊急で駆けつけるんだ。
制限がある程度取り払われている。
こういう職業が、男子の憧れの的だったりするんだけれども。
サイレンを鳴らして走る消防車がバスを追い越していく。
カッコいいことは否めない。
――ウゥーーー。
――ウゥーーー。
「おぉ。何台も消防車が来るな!」
「どこかで、火事でもあったのかな?」
バスの乗客たちも気になりだしたようで、窓の外を眺めていた。
前方を見ると、三十階ほどあるような高層ビルが見える。
その中層階から煙が上がっているのが見えた。
高層ビルの前に、何台も消防車が停車していて、道をふさいでいるようだった。
その道を通ろうとしていたバスも、一度緊急停車をした。
「えぇー、乗客の皆様。只今、バス路線の途中にありますビルにて、火災が発生しているようです。そのため、通行止めとなっているようです。」
黙って聞き耳を立てる乗客たち。
「しばらく道が通れないことが予想されるとの情報が入りましたので、これから迂回ルートへ切り替えて走行致します」
「マジか……」
「火事なんて、大変だな」
口々に乗客たちが反応する。
「多少の遅延することをご了承ください」
うーん……。
僕は今日、入学式なんだけどな……。
迂回するといったバスは、方向転換を始める。
今の時間なら、迂回してもギリギリ入学式に間に合うくらいかな……。
方向転換したあと、前を見ると後続の車たちに囲まれてしまっていた。
これじゃあ、後ろにも下がれない状態だ。
「えぇー。只今渋滞となっております。動き出せるまで、少々お待ちください」
……はぁ。こりゃダメだな。
「ここでお降りになって、先のバスにお乗り換え頂く方が、早く目的地にたどり着けるかと思います。乗り換えるお客様は、誠に申し訳ございませんが、先のバス停までお進みください」
お役所仕事のような、決まりきったセリフを言ってるバスの運転手さん。
強力な風魔法の使い手だとしても、決まりきったバスの運行にしか使えないんだよね。
そういうライセンスなんだ。
……はぁ。
魔法の力って、もっと自由にあっても良いと思うんだけどな。
僕は、一度バスを降りることにした。
ここから、魔法学園まで、走っていけば入学式には間に合うかな?
それこそ、魔法が使えれば、すぐ着けると思うんだけど。
――ウゥーー。
なおもサイレンは鳴り続けていた。
どうしたものかと悩んでいると、消防士さんの会話が聞こえてくる。
「高層階にまだ、人がいるみたいだぞ」
「梯子車はまだ来れないのか?」
こういう時に自由に魔法が使えないと、やっぱり不便だよ。
人命を優先して助けたいっていう時にも、魔法が使えない。
こんなルールおかしいよ。
僕はこの後、入学式が控えているけれども。
ここで、人が死んでしまうのを見過ごしてしまうのは、夢見心地が悪くなるし……。
しょうがない。
これは、特例だな。
この王国には、魔法の制限がある。
大人数が乗るバスを浮かせたりする者も、制御下にいる。
燃え盛る炎を鎮火させるために、強力な水魔法を使える者だって、制御下なのだ。
それだけ、制限を掛けてきている魔導師の魔力が強いということ。
けど、絶対に魔法が使えないっていう訳じゃない。
その制御を上回る魔力量を持っていれば話は別。
「……リミット解除」
この世界に転生して。
僕は、自分のステータスに驚いた。
他の人と比べて、魔力量が桁違いに多かったんだ。
消防士さんへ、一言告げておく。
「緊急事態なので、魔法使わせてもらいますね」
「……え、えっと?」
消防士さんが驚くのも無理はないか。
制限解除をできる人なんて、今まで見たことないだろうし。
とりあえず。
まずは、サーチだ。
魔法を唱えて、目に力を入れる。
すると、そこにいる生命体を検知できる。
ビルの中に残っている人は……。
二十階あたりに、三人か……。
他の階は全て避難済み、と。
燃えているのは、下層階。
上層階の人は、飛んで助けに行けるけれども、時間がかかりそうだし。
火種だけ止めれば、問題なさそうだな。
僕には時間が無いから、一気に片付けさせてもらおう。
地面に手を付けて、魔法を唱える。
「フロスト・レイル!」
手を突いた地面から、数本の霜柱が生えてくる。
それが真っすぐビルの方に向かって、霜柱の道ができていく。
――ガチンガチン。
ビルに向かっていくにつれて、段々と大きい霜柱が生えていく。
霜柱なんて、可愛いものじゃないか。
既に、小さな子供くらいの大きさはある。
そして、ビル間近になると、鋭利な氷柱が地面から次々生えていく。
――ガチンガチン。
速度を速めて、ビルの方向へ向かっていく。
「地面が急に冷えだしたぞ」
「なんだ、なんだ。この氷柱は!」
氷柱が生えた付近は、一気に温度が冷えて凍っていく。
消防士が消化のために、ビルに向かって出していた水。
それも、空中でカチコチと凍っていく。
「どういうことだ!」
「どうなってるんだ!」
「新たな災害か!」
氷柱がビルまでたどり着くと、今度はビルが音を立てて凍り始める。
燃えていた炎が急速に弱まっていくのが、遠くから見ても分かる。
ビルは黒い煙を上げていたが、徐々に色を失っていった。
建物の十階ほどだろうか。
窓に霜が張り、建物からも氷柱が生えてくる。
うん。
これだけ凍らせれば、火事も鎮火しただろう。
ビル付近が凍りついたことで、白い冷気が立ち込めていた。
もはや、火の気も一切感じない。
「さ、さむい……」
「これは、どうなっているんだ……」
消防隊員はおろか、バスから降りて来た人や、野次馬で集まってきている人も口々に同じことを言い出した。
僕からビルまでの距離は、大体30メートルくらいだろうか。
半径30メートル程を一面を凍らせてしまったらしい。
「……あれ? かなり抑えめにしたと思うんですけど。ちょっとやりすぎちゃいましたかね」
僕のつぶやきを聞いた消防隊員たちが、一斉にこちらを向いた。
「え、あの子がこの氷を出したの?
「火事を鎮火させてくれたってことなのか?」
僕は地面から手を放して立ち上がると、周りから一斉に歓喜の声が上がった。
「ありがとう!」
「助かったよ」
「君は、未来の消防隊だ!」
集まっていた野次馬たちから拍手が鳴る中で、消防隊員が皆、口々にそう言った。
消防隊員は正義感に溢れた、希望の眼差しを向けて来た。
「……いやー。ちょっと僕は、消防士にはならないので。はは……」
恥ずかしさで、頭をポリポリと掻きながら、消防士さんに応えた。
そんな、たいそうなことはしていなんだけどな……。
「是非、表彰させてくれ! 君のおかげで、人命は救われたよ!」
「表彰だなんて。はは……」
表彰なんてされちゃったら、僕が無理矢理魔法使ったっていうことがバレちゃうからねぇ……。
ここは、王国の管理下にある街の中だから。
僕がいた世界と何も変わらない。
例え良いことをしても、出る杭は打たれる。
強すぎる異端児は迫害されてしまうだろう。
それこそ、今までの世界と何も変わらない。
ルールに縛られている。
「僕は先を急ぐので、後の処理は任せます」
「え、あ、はい。ご協力感謝します!」
魔法は使おうと思えば、使えるけれども。
それだけじゃ、ダメなんだ。
置いていた荷物を持って走りだす。
僕は、正式にライセンスを手に入れて、この国から出たいんだ。
ルールに縛られない世界へ行って、冒険をする。
そこで、思う存分魔法を使うんだ。
少し冷えた風の中を走る。
これからのことを考えると、段々と身体が高揚していくのが分かった。
人が見えないところまで走ってくると、少し歩調を緩める。
「ふぅ。魔法を隠すのも一苦労だよね」
周りを見回してみたが、誰もいないようだ。
みんな火事があった場所に注目している。
この騒ぎに紛れて、多少魔法を使ってもバレないだろうから。
ここから一気に、魔法で飛んで学校まで行ってしまおう。
早くしないと、入学式に遅れちゃうよ。
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