白銀の狼 碧の魔女

@o5248

プロローグ

「バルト・ハインライン、フィリップ第一王子殿下殺害の罪により、ブレネン王国軍第三騎士団長を解任、全ての爵位を剥奪はくだつの上、そなたを死刑に処する」


 役人が俺の罪状を高らかに読み上げる。

 後ろ手に縛られた俺の背中を処刑人が乱暴に小突いた。

 俺はうながされるまま、断頭台へと続く階段を一歩一歩、上がっていく。


 臨時で築かれた断頭台からは、王都レーヴェの中央広場が一望できた。

 俺の死刑執行を見るため朝から集まった群衆で、広場はほとんど埋め尽くされている。

 その顔には驚きとあざけり、憤怒ふんぬと若干の好奇心が入り混じっているが、全員が皆、刑の執行を待ちわびながら俺を見つめていた。


 正面にそびえる大聖堂、その2本の巨大な尖塔せんとうの間から太陽が顔を出し、俺の目を強烈な光で突き刺した。

 臨終りんじゅうの際には強い恐怖を感じると思っていたが、心には意外なほど波風一つ立っていない。


「何か最後に言い残すことはあるか」


 ——犯人は俺ではない。


 そう叫んだところで、誰も信じてくれるはずがなかった。

 俺はうつむいたまま唇をみしめ、宣告を無言で受け入れた。


 役人は俺の様子を見てうなずくと、処刑人とその助手に目で合図を送る。

 助手が俺の頭を断頭台のくぼみに押し込み、動かないように俺の体を押さえつけた。


 先ほど見た感じでは、まだ成人前の見習いか。

 尋常ではないほどに手が震えている。

 おそらく今回が初めての仕事なのだろう。


 そんな様子ではうまく処理できないぞ。

 俺はまだそんな心配をする余裕が自分の心にあることに驚いた。

 いや、俺の頭が目前に迫る死から無意識に現実逃避しているだけかもしれない。


 処刑人が斬首用の大きな斧を天に掲げる。

 わざわざ見ずとも、戦場で鍛えた耳でわかった。

 

 ふいに、今まで感じていなかった死の恐怖が沸き上がる。

 戦場では常に死を覚悟して剣を振るっていたが、これほどまでに確実な死を前にする経験は初めてだった。


 俺は無実だ。

 こんなところで死にたくない。


 神よ、どうか無実の俺を助けたまえ——!

 心の中で、かつてないほど強くそう願った。


 そんな俺の祈りも虚しく、巨大な斧が無常にも風を切る。


 同時に凄まじい衝撃が全身に走り、景色が何度も反転した。

 最後に見えたのは、大聖堂の向こうに広がる雲一つない青空だった。






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