マンボウらしい

 壁に散らし置かれた電灯のみが淡く光る、薄暗く涼やかな地下駐車場。

 一歩でさえ、少し大きい声でさえ響き渡るその空洞空間の中で、くすんだ灰色髪の魔法少女が必死の形相で駆け続けていた。


「はあっ、はあっ……!! ぐっ……!!」


 四方から飛んでくる、魔力によって編まれた数多無数の銀細槍。

 ふくらはぎを貫かれながら、銀髪の魔法少女は柱の裏に飛び込みそのまま地面へと倒れてしまう。

 

 こんなはずではなかったと、灰色髪の魔法少女──クルサイダーは赤く染まった腹と脚を腿を押さえ、己の無力と激痛に歯を食いしばる。

 統括会オイルより通達されたアンダードッグなる魔法少女に害なす組織。

 力の行使に必要であり、その上良きパートナーでもあるマスコットを奪い魔法少女を終わらせる悪逆非道な連中を捕まえようと挑んだのだ。

 

 発覚している幹部の首に掛けられた懸賞金のため。

 襲われた同胞達の無念を晴らすため。

 いけすかない統括会オイルの連中に貸しを作るため。

 そして先日彼らの手にかかり、魔法少女として再起不能になってしまった友達の復讐のため。


 目的は多数あれど。それでも意気揚々と、魔法少女の敵を打倒するという一心で。

 その結果がこれだ。勇み足にも一人で追跡し、それが罠だとも悟ることなく勝ち誇って。それで呆気なく相手の術中に嵌まり、こうして無様を晒してしまっている。

 統括会オイルの提示した危険レベルを無視するべきでなかった。そうでなくとも、単身挑むべきではなかった。

 自業自得、その末路は死。魔法少女としての終わりが、一歩一歩ともう間近まで。


『ひっひっひ……。痛いかい? 苦しいかい? 今の一撃、ふくらはぎを貫いたねぇ。もう動けないだろう』


 霧のように霞んだ声が、老婆のように嗄れたせせら笑いがクルサイダーの耳元で擽ってくる。

 必死に手で払うもそこにはなにもなく、変わらず心を揺さぶり恐怖を煽りながら囁きは続く。

 

『愚かだねぇ。たかが小娘一人でこの私を狙うとはねぇ。ひっひっひ、相当におめでたい頭のようだ』


 最早限界だと、壁に背をつけ崩れ落ちるクルサイダー。

 そんな彼女の前に煙が集まり、やがては小さな人の形を為していく。


「とはいえ張っていた部下三人を潰したのは見事。判断も回避も、魔力も鮮やかだ。優秀だねぇ」


 しゃがれた声で嘲るそれは犬の仮面で顔を隠し、赤い犬の刻まれた赤い外套に身を隠したヒトガタ。

 真っ赤な犬のヒトは、瞼の閉じかかったクルサイダーの髪を掴み、その顔を覗き込む。


「う、うう……」

「さあてそろそろお開きだ。愚かな敗者には罰を、そして勝者の私には報酬を。お前の魂は、どれほどの価値を有しているんだろねぇ」


 空いていたもう一方の手を外套の中を入れ、透き通る透明な玉を取り出す犬のヒトガタ。

 クルサイダーの胸元へと押しつけられたそれは、一瞬の明光の後、触れている彼女の魔力を苦痛で呻かせながら吸い始めて──。



青い月ブルームーン



 直後、水晶とクルサイダーの間に挟まれた薄い青白の円盤。

 水面に映る月のような一枚は、魔法少女には奪われた魔力を、そして水晶には吸う力を逆流させていく。

 

「ひっひ、なんだいこれは?」

「なるほど、その水晶玉が魔力を奪うんですね。それっぽい小道具です」


 逆流に耐えきれず、爆弾のように破裂した水晶玉。

 寸前で手から放し、目の前の惨状に疑問を醸す赤い外套のヒトに、気軽に話しかける声が一つ。

 こつこつと、悠然と足音を響かせながら駐車場を歩く魔法少女。

 短い髪は海を凝縮したように青く、月のように儚げながら確かな輝きを潜ませている。

 そして彼女の周囲に浮かぶのは鏡。目の前を映す四つの丸鏡が、ふわりふわりと漂っていた。


 少女の名は結月ゆづき。そしてこの姿の名は魔法少女ブルームーン。

 青い月の名を冠した最新最後であろう古い魔法少女。伝説たるラブリィベル唯一の弟子だった。


「どうも犯人さん。私は巻き込まれた魔法少女です。この度は、こんな殺風景な場所への招待ありがとうございます」

「……おやおやぁ、これは可愛らしいお嬢さんだ。迷い込んでしまったのかい? ひっひっひ」


 赤いヒトはゆっくりと顔を青髪の魔法少女へと向けながら、くつくつと笑いを零す。


「しかし残念だねぇ。残酷だねぇ。その娘を助けようとしたんだろぉ? ならばもう手遅れじゃないかなぁ? ひっひっひ!」

「手遅れ? その目は節穴ですか? ああ失敬、犬の目って不自由なんですよね。失礼しました」

「……んん?」


 坦々と、けれど確かな怒りを持った鋭い言葉をぶつける結月ゆづき

 乱入者の詰りを受け取った赤いヒトは、怪訝そうに晴れてきた煙の中へと目を凝らしてみる。

 そこには変わらず苦悶に呻き、けれども爆発などなかったかのように灰色髪の魔法少女が。

 

「鏡……なるほどねぇ。可愛い顔して存外に抜け目ないってわけかい」


 彼女を囲い、盾のように置かれた四つの鏡。青い髪の魔法少女の周囲に浮かぶそれと同じもの。

 それらは役割を終えたとばかりに消失し、残るは傷つく魔法少女のみがその場に残る。


「まさかあの爆発から守り切るとはねぇ。さぞ力ある魔法少女なんだろうさ。もしかして、統括会オイルの連中かい?」

「どうでしょうね。まあ、素性は明かさないのでお好きな結論を当てはめてください」

「連れないねぇ。ひっひっひ、余裕そうで羨ましいよぉ。ひっひっひ」


 想定外の乱入者を前にして、それでも余裕そうに笑う赤いヒト。

 だがクルサイダーの元へと躙り寄ろうと一歩をずらそうとした瞬間、青代の鏡が進路を遮るように出現し、赤いヒトの動きを制止する。


「……これはこれは。手厳しいねぇ」

「人質はとれませんよ。大人しく降伏し、私達に迷惑料を払ってください。そしたら五体満足で今日を越えられます」

「……言うじゃないか。いやはや、実に実に厄介だねぇ」


 だが人質という手段を失えど、けれど赤いヒトは余裕を崩さず。

 それどころか、なおも不敵な笑い声を発しつつ、何をすることもなくその場に立つのみ。


「さあどうします? 投降するか、それとも無駄に抗うか」

「……そうだねぇ。流石に厳しいかもねぇ。……ああ、ところで青いお嬢ちゃん。一つ、この婆めの話を聞いておくれ」


 そう言いながら、再度懐に手を入れる赤いヒト。

 結月ゆづきは警戒しつつ、それでも仕掛けることなく様子を窺っていると、一つの赤い林檎を取り出した。


「林檎ってのは面白い果実でねぇ? 例え蜜をたっぷり宿していようと、バランスの良い配分のブランド品にゃ味も食感も劣るのさ」

「………だから?」

「そうさねぇ。ま、この話に意味なんてないんだよぉ。だってもう、私の勝ちだしねぇ」


 勝ちを確信する赤いヒトの言葉に結月ゆづきが警戒した、その瞬間だった。

 突如結月ゆづきの体は力を失ったように膝を突き、締めるように手で首を押さえてしまう。

 からんからんと音を鳴らし、落ちては霧散する鏡。

 やがて突っ伏してしまい、力を失ってしまった結月ゆづきの側へと赤いヒトは歩き近づいていく。


「っ、これは」

「私の魔力の霧さぁ。薄い薄い、限りなく無色に近い霧ぃ。人が吸えばたちまち、殺虫剤を撒かれたゴキブリのように這いずり回りたくなっちまう。けれども死には辿り着けない曖昧で絶妙な毒なんだよぉ」


 林檎を捨て、変わらずの笑いを浮かべながら、勝ち誇ったように揚々と現象について説明し出す赤いヒト。

 

「散布完了。さあて時間切れだねぇ。お嬢ちゃんの最善手は林檎の注視や会話での様子見ではなく、話に耳を傾けることなく速攻を仕掛けることわけだったさぁ。残念だったねぇ」

「……っ」

「声も出せないかい? 苦しそうだねぇ? 勝ちを確信した、油断と慢心が招いた結果さぁ。さてと、それじゃあ小さな乱入者ちゃん。敗者には罰を、勝者には報酬をだ」


 返答のない魔法少女を見下ろしながら、勝利を宣言する赤いヒト。

 だが懐に手を入れようとするも、その直前で何かを思い出したように動作を中断してしまう。


「……ああ、魔力奪いの水晶は壊れちまったんだっけかぁ」

「……ううっ」

「仕方ないねぇ。ここで捨てるには惜しすぎる魔力の量と質だし、本部へ連れていって剝ごうかねぇ。あの御方、マンボウ様の供物の完成は近いだろうねぇ」

「え、マンボウ……?」

「そうさ。我らがボス、魔法少女マンボウ……あれぇ?」


 そこまで話しかけて、赤いヒトはようやく気付いてしまう。

 目の前の魔法少女は声すら出せないはず。だというのに、先ほどと同じ声で質問されたことに。

 そしてその現実に認識が追いつく直前。

 背後から迫る鏡に抗うことすら出来ず、体を突き飛ばされてそのまま壁へと叩き付けられる。


「な、何が……」

虚像の青月ヴァーチャルムーン。まあ所謂、偽物です。鏡と理解した時点で気付くべきでしたね」


 犬の仮面を落とし、力なく壁をずり落ちる赤いヒト。

 その姿に、衝突した鏡の中からため息が聞こえ霧散。そして駐車場の天井に設置された青白の鏡の中から、青い髪の魔法少女は落ちるように現れ出でた。


「まあこんなものですか。それにしても、霧とは厄介ですね。油断しないで良かったです」

「……お前、やっぱりえげつないよな」

「あ、お姉さん。そっちは終わったんですか?」

「おう。多分これで全員だぜ」


 安堵のため息を漏らす結月ゆづきに、賞賛と呆れの混ざった声が掛けられる。

 こつこつとした足音。そしてずるずると何かを引き摺る音に結月ゆづきが振り返ると、そこには五人ほど赤い外套を纏うヒトを片手で持ちながら歩いてくる桜髪の魔法少女がいた。


「大漁ですね」

「何か運が良くてな。三人ほど伸びてたんだが、ちょうど残り二人が回収に来てて楽勝だったわ」


 持ってきた荷物は、それこそ物と同じくらい適当に投げ捨てつつ。

 鈴野すずのは灰色髪の魔法少女の元へ近づき、赤黒く染まった腹に手を当て治療していく。


「……しっかしお前、今の戦闘はちょっと反省ものだぞ?」

「そんなことなくないです? 頭使って頑張って勝ちましたよ」

「いーや駄目だね。鏡の中にいるのは良い。けど虚像に頼りすぎだ。あんなのバレちまってたら簡単に対応されちまう。後、話す暇があったらとっとと無力化しろ。情報なんて後でいくらでも吐かせられるんだからよ」


 坦々とした鈴野すずのの説教に、結月ゆづき痛いところを突かれたように呻いてしまう。

 

「平気ですよ。鏡は四方に貼ってましたし、何よりお姉さんいたんだから問題ないです」

「問題ないですじゃねえ、あれじゃ最悪逃走を許しちまう。それは信頼じゃなくて甘えだぞ。流石に気が緩みすぎだ」

「あたっ」


 空いた片手で弾かれた魔力弾を額に喰らい、後ろへと仰け反ってしまう結月ゆづき

 そんな様子の弟子に最近阿山化しすぎたと自省しつつ、治療を済ませて眠りに就いた灰色髪の魔法少女に笑みを向けてから、未だ動かぬ赤いヒトへと意識を映す。


「仮面にローブ。前のやつと一緒ってことは、やっぱりこいつもアンダードッグか」

「しゃべり方の割に若いですね。老婆なのかなってそう思いました」

「それはねえよ。現行の魔法少女、新世代の最年長は恐らく二十一だ。じじばば口調でその通りなんざ存在しねえからな」


 先ほどまでの話し方とは異なる、まさに年頃といったあどけない顔。

 そんな少女に面倒臭いと吐き捨てながら、落ちた仮面を拾い上げる鈴野すずの

 そこらの縁日で売ってそうな安っぽい犬の仮面ではなく、少し頑丈な造りな犬の仮面。

 前回の連中とは違い、少しばかり上等な品質なそれをかんかんと指で鳴らしながら、鈴野すずのはにやつきをみせる。


「で、いつまで狸寝入りしてるのかな♥ 抜け目なく霧を出して逃げようとしている野良犬さん♥」

「……なんだい、気付いていたのかい?」

「まあね♥ あ、ちなみにベルにそれは無駄だよ♥ 毒とか効きにくいんだ♥」

「……切り替えの早いガキだ。いや、さっきまでの若作りのババアって可能性も──」

「さあね♥ そんなことより始めようか♥」


 老婆のような嗄れた声ではなく、これまた少女らしい少女の声。

 余裕の抜けた苦々しげな視線の睨みに、鈴野すずのは内心で少しだけ機嫌を良くしながら少女の正面へとしゃがみ込む。


「選ばせてあげるよ野良犬さん♥ 統括会オイルの拷問コースとベルの尋問♥ どっちがいい♥」

「ひっひっひ、その物言いだと統括会オイル所属ではないらしいね。それに桜色の魔法少女……まるで伝説のラブリィベルみたいじゃないか。後追いか──ぐっ!?」

「駄目駄目♥ 訊いてないことは答えない♥ ムーンちゃんの手前、手荒なことはしたくないんだ♥」


 苦悶を浮かべる赤い外套の少女に、鈴野すずのは甘ったるい声を出しながら指を離す。


「なんだこの苦しみ、こんなのっ……!!」

「治癒魔法だよ♥ 薬ってのは毒になるって話があるでしょう? それと同じで、洗練された治癒魔法は人体に有効な刺激を与えることが出来るんだよ♥」


 鈴野すずのは今、ほんの一瞬だけ治癒魔法の応用で強制的に痛みを引き出した。

 治癒魔法。それは字の如く魔力を以て癒やすものだが、その効力は才能と努力、更には人体の構造の理解も影響されるという。

 人体構造の理解。それはすなわち、治し方も壊し方も心得ているということに他ならない。

 鈴野すずのはある経験から理屈ではなく感覚でそれを理解している。だからこそ、治癒魔法でまともな人間が経験することのない痛みまでも引き出せるのだ。


「ま、ベルのは音、つまりは波との混合だけどね♥ で、どう? 話す気になった?」

「……はあっ、はあっ。ひっひっひ、無意味な、ことさ。私の口など──ぅぐッ!?!!?」

「しつこいなぁ♥ 吐いちまえよ♥ ほら♥ びゅー♥ びゅー♥」


 わざわざ耳元まで寄り、吐息で擽るように弱く囁く鈴野すずの

 だが絵面に反し、赤い外套の少女に襲いかかる激痛、鈍痛、そしてそれらを練り混ぜる快楽。

 痛くて気持ちいい。気持ちよくて痛い。もどかしくて、けれども全てに手が届く。

 未知にして既知。痛感可能にして理解不能。それが鈴野すずのの引き起こす、拷問用の痛み。

 

「ひひっ、ひひひっっ」

「あらら♥ 壊れちゃった♥ ざあこざあこ♥ ざーこ♥」

「……えげつないのはどっちですか。というか、これじゃ情報なんて抜き取れないじゃないですか」


 平坦な声を飛ばされ、鈴野すずの少し盛り上がってきた心を急速に冷ましていく。

 だが結月ゆづきは意外にもどん引きするくらいで、そこまで大して動じた様子を見せない。

 内心はともかく、やっぱり少し図太くなったなと少女の成長を感が深く思いつつ、鈴野すずのは軽く喉を鳴らして相手へと向き直す。


「まだしゃべれるかな♥ 心を直すのって難しい難しいんだよね♥」

「ひひ、ひひひひっ。悍ましい、悍ましいガキだ。魔法少女とは、思えないねぇ」

「あ、しゃべれた♥ 案外頑丈じゃん♥」


 焦燥し、汗だくになりながら息を乱すも意識を保っている赤い外套の少女。

 鈴野すずのはそんな彼女の精神力に意外に思い、拍手をしながら


「だが無駄さぁ。無駄なんだ。この一件を全てだと思っている、蚊帳の外な連中じゃもう止められないんだよぉ。ひーひひひっ」

「……どういうこと? ベル、含みだけの臭わせは嫌いだな~♥」

「ぐっ、ぐぐっ!??」


 まるで自分が有利だとでも言うかのように笑みを浮かべる赤い外套の少女。

 その態度に苛ついた鈴野すずのは、再度、びりりと軽く魔力を流し込み痺れさせる。


「で、どういうことかな♥ 黙るなら、次は三回失禁するくらいの刺激を与えるけど♥」

「……ぁあ、言葉通りさ。止められない。既に盤面は整っているんだからねぇ。ひひひひっ」

「……駄目だね。こいつの尋問、多分手間取るや」


 少女は苦しみはすれど、けれど怯えのない勝ち誇った確信を滲み出している。

 そんな姿に面倒だと舌を打つ鈴野すずの

 弟子の手前やりたくはなかったが、それでも本当に手心なしの尋問に切り替えようとした。まさにその瞬間だった。


『……える。だ……か、……れか……。おう、とう……!!』

「……あ?」

「この波長って、ミカンさんの魔伝?」


 突然繋がれた、途切れ途切れの魔伝に疑問に思ってしまう鈴野すずの

 その側ですぐに察し、ミカンさんと、結月ゆづきがその名を耳にして、ようやく鈴野すずのもその波長が誰のものかを思い出す。


「ミカン? 何だいきなり、今取り込みちゅ──」

『こちらミカン………。救援……む。救援もと……!!』

「あ、おい? ……切れやがった」


 応答する間もなくぶつりと切れた魔伝。

 救援と、僅かに聞こえたワードを無視するわけにはいかないと、鈴野すずのも繋ぎ直そうとしてみるが応答はない。

 

「救援って、まさか何かミカンさんに何か……?」

「……まさか。おいお前! さっきの言葉と関係があるのかッ!?」

「ひひひひひっ! 嗚呼ァマンボウ様! アンダードッグの名において! 嗚呼、嗚呼ァ!!」

「……駄目だ壊れてやがる。気狂いめ」


 胸ぐらを掴み強く問いただしてみるも、結果はまるで芳しくなく。

 視線のおぼつかない、まるで思考の通ってない言葉の羅列に最早使い物にならないとデコピンを喰らわし、気絶したところで地面へと投げ捨てる。


 さてどうすっか。恐らくだが、あんまり時間はないはずだ。

 ミカンオレンジは私から見ても弱くない。そんなやつが切羽詰まった様子で救援を求めるなんて、相当にまずい事態なのだろう。

 だがこちらも放置は出来ない。結月ゆづきと助けた魔法少女だけならともかく、伸びている野良犬共まで一緒に運ぶのは流石に無理だし何より邪魔だ。


「……駄目だ、ホープのやつも出ねえ。どうなってやがる?」


 一応ホープのやつに連絡はしてみたが、忙しいのか通じることはなく。

 回収を期待できないこいつらを放置するわけにもいかない。ここに誰か一人でも待機していないと、戻ってくるまでにまでに逃げられる可能性も──。


「行ってくださいお姉さん。ここは私が見てますから」

「……大丈夫か? さっきの見てたら結構不安なんだが」

「大丈夫です。今度はもう、油断はしませんから」


 先ほどまでとは違い、青い瞳から真剣さを滲ませる結月ゆづき

 その目からは先ほどまでの油断や楽観は見受けられられず、却下しようとした鈴野すずのもつい考え込んでしまう。

 

 なりふり構ってはいられない、か。

 ……仕方ない。ここは信じるべきだし、一刻を争う今選択肢なんてないな。


「なら任せた。困ったらすぐ呼べよ。すぐに戻ってくっから」

「はい。無理せずしっかりと待ってます。お気を付けて」


 首を縦に振り、拳を振り上げ、地上までの穴を開ける鈴野すずの

 そのまま全力で跳躍し、直ぐさま駐車場を抜けて空へと飛び出した鈴野すずのは、意識を凝らしてミカンオレンジの気配と魔力を探っていく。

 

 あいつの魔力は覚えている。鏡界内には生き物がいないから、多少離れていても察知出来るはず。

 魔法少女同士が揉めるなら鏡界ホール側、東京から出てはいないと仮定。

 野良犬共が相手なら魔力の集まりは複数のはず。単独であれが負けるなら、そんなに力まずとも察知出来る強さのはずだ。


「ああ? 何カ所かで集まってやがる……?」


 しかし先に捉えたのは、いくつもの場所でまとまっている魔力の粒達。

 恐らくは魔法少女だろう。……どうなってやがる。こっちで今、何か起きてるってんだ?


「……見つけた。あれだな」


 ともあれ悩むのは後だと、鈴野すずのは更に集中し、ついに探していた魔力の粒を捉える。

 複数の粒に囲まれている数粒。その一つが、見覚えのある橙色の魔力であった。


「弱ってやがるな。……待ってろ」


 明らかにいつもより小さな、今にも吹き消されてしまいそうに揺らぐ橙の魔力。

 最早一刻を争うと、鈴野すずのは魔力を昂ぶらせ、大気の壁を貫くように空を突き抜ける。

 その軌跡は空を裂き、一条の雲を残しながら、助けを求めた魔法少女の元へと。

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