ミイラ捕りがミイラになるやつ
そうして数時間後。ちょうど十九時を迎えた頃、メンタルリセットを完了させた
「はーい
『はーい』
『戻ってきたな』
『間に合ったな』
『カレー冷めちゃった』
『¥500 やあベル。一日に二回も挨拶できるなんて、僕はこれ以上ない幸せ者だよ』
『バットは帰ったけどな』
「うんうん♥ みんなの声があったかいなー♥ あっ、鐘の嫁さんいつもありがとねー♥」
思いの外荒れず、いつも通り開幕に、
「それでタイトル見てくれたと思うんだけどー♥ ベルぅ、さっき心をが駄目になりそうだったでしょ? だーかーらー♥ そんなベルをぉ、助けてくれるって人が来てくれたのぉ♥」
『ほうほう』
『ふーん』
『敗・北・宣・言』
『助け……いります?』
『
「ちがいまーす♥ ベルのぉ、最近出来たお友達だよー♥ ではどうぞー♥」
上手く場を暖めた
だがその呼び声に応じる返事はなく、配信中だというのに訪れてしまう沈黙に、
「……恥ずかしいのかなー♥ ほら大丈夫だよー♥ 出ておいでー♥」
『来い。早く。おい』
笑顔で場を持たせつつ、手に持ったスマホで全力の催促を打ち込み続ける
ここまで来て何を躊躇ってるんだ。別にそっちの規約にも反していないんだろうが。
ここでお前が日和ったら配信がぐだっちまう。嫌だったなら提案したときに言えよ。おい。
『……はあっ。どうもみなさんこんばんは。私、
『……えっ、誰』
『うわ、良い声』
『イケ女やイケ女。多分王子様とかそんなん』
『そんな知り合いおったんかお前。てっきりぼっちだと』
『え、誰ですその人。お姉さん、その人、誰ですか』
「えー♥ 友達くらいいるに決まってるじゃーん♥ あ、今ぼっちとか言ったやつ今度の雑談放送来てね♥ 待ってるから♥」
『ひえっ』
『やったな告白じゃん』
『死んだなこいつ』
『¥1000 ベル。どうか僕も呼びだして欲しい。うん、お願いだ』
困惑するコメント欄には、
提案した際、それはもう拒否してきた宵闇バット。
まあでも別名義でも規約的には問題ないということなので
しかし反応的に本当に素の方、
ある意味妥当な自分の信頼に少しだけ落ち込みながら、けれども盛り上がりを見せる配信に気持ちをさくっと切り替える。
「コッコちゃん♥ 今日は来てくれてありがとねー♥ ベルぅ♥ とーっても嬉しいなって♥」
『……ええ。私も友達の、友達の貴女に呼んでもらえて嬉しいわ』
しっかし事前の確認でも驚いたが、こいつこっち方面でも確かに良い声してんなぁ。
正直いつものあざとムーブなんかより、こっち路線で囁いていた方が売れるんじゃないか?
「でねー♥ せっかくだしぃ、私がクリアするまで一緒にお供してもらいたいなーって♥」
『えっ』
「良いよねー? うん、良いはずだよねー? だって昨日はあんなにも元気だったもんねー♥ 二時間も、それはもう夜遅くだって言うのにまだまだ元気だってお電話してくるんだし♥」
『草』
『草』
『草』
『え、えっ』
『深夜電話とか恋人じゃん』
『てえてえなの? 』
『聞いてないよベル。いつからそんな人と仲良くなったんだい? そんなおかしいよ』
『っていうかコッコちゃんも驚いてて草』
声では心の底からの困惑を、スマホ側で抗議の文を打ち続ける宵闇バット。
参加させること以外何も話さずに始めたコラボ配信(仮)。
そんな態度に
「まーね♥ 実際は最後までなんて言わないけどさ♥ お友達として、一緒におしゃべりしてくれると嬉しいなって♥」
『……友達として?』
「うん♥ ベルとコッコちゃんはお友達、でしょ?」
『……ま、いいよ。私が飽きるまでは繋いでいてあげるわ』
『てえてえ』
『まさかベルの配信でてえてえが見られるとは』
『中身あれだけどな』
『というかちゃっかりゲーム始めてて草』
『並列思考がえぐい。指と口が合ってないんだよな。意外とピアノでもやってたんかな』
苦い思い出だらけのホワイトホールを一瞬だけ睨みつつ、操作キャラを反対のブラックホールへと飛び込ませる
厳しくはあるが、それでも先ほどの異常とも言える密度が嘘のような隙間まみれ。
そんな難易度に少しだけ安心を、けれどもどこか物足りなさを抱きつつ。
上がっていた集中を冷ましながら、宵闇バットもといコッコちゃんと会話しながら進行していく。
「そういえばさー♥ お友達になったとは言っても、まだ二日くらいの関係なんだよね♥」
『……ええそうね。まだ二日』
「ねー♥ だからさー♥ せっかくの機会だしー♥ ちょっと自己紹介しあおっか♥」
『ええ……?』
シナリオはちゃんと読みつつ、アクションパートは暇だなと思っていた
ちょうどいい機会だと思い、何気なくそう提案を挙げる。
宵闇バットはその提案に少し渋る様子を見せるが、少しの無言の後に「……いいわよ」と肯定の言葉を発した。
「じゃあまず言い出しっぺのベルからね♥ とはいってもベルは魔法少女ってことしか話すことないかな♥ あっ、嫌いな食べ物は納豆かな♥」
『納豆嫌いなの?』
「うん♥ 単純に臭い♥ くっさ♥ ってやつ♥」
『……そう。体に良くて美味しいのに。もったいないわね』
『ベル納豆嫌いなんだ』
『魔法少女のくせに納豆嫌いなんだ』
『子供の夢気取ってくるくせに好き嫌いあるんだ』
『そうなんですねお姉さん』
『¥1000 そうなんだ。ちなみに私は朝パン派だから食卓に納豆出ないよ』
「うるさいな♥ 好き嫌いはしちゃ駄目なんじゃなくて、嫌いだからとその食べ物を粗末扱うのが駄目なんだぞ♥」
隙みっけ! と言わんばかりに殴ってくるコメント欄。
そんな手のひらくるくるな連中に、
やっぱりウケている。予想通りに、いやそれ以上に。
私の予想通り、長時間配信の欠点である間を持たせられるこの策は間違っていなかった。
『……趣味? そうね。絵を描いたり歌を歌ったり。後は資格を取るために勉強しているわ』
「へーすごい♥ ちなみになんの資格?」
『行政書士。去年落ちて、今年で二回目よ』
『はえーすっご』
『インテリじゃん』
『なんでこんな方がベルなんかと?』
『ベルもインテリかもしれないだろ?』
『でも
「やかましいよ♥
『……筋金入りね。天晴れだわ』
『あ、はい』
『そっとしておいてやれ、あれは救えねえ生き物だ』
『¥5000 無職で魔法少女なベルが好きだよ。困ったら僕が養うから』
どの口がと、自分で言っておいてしっかりと吐き気に苛まれる
けれどもT手はぶれることなく動かし続け、すぐ配信へと向き直して続けていく。
そんなこんなで時計の針は瞬く間に移ろいていき、窓から差し込む光の色は茜から黒に変化してぃ言った。
『私お風呂入ってくるから』
「はーい♥ あ、スパチャありがとー♥」
時に相方は風呂へと入り。
「んー♥ 何とも言えない
『……煮え切らないわね。
「分かるー♥」
時には一応のラスボスを倒しながらも、両者共に微妙な反応をしつつ。
『もぐもぐ』
「今何食べてるの? ベルが必死に進めている間に♥」
『……サラダよ』
「わおっ♥ ベル野菜嫌いなんだよね♥ 土臭くて♥」
時には隣で咀嚼音を出している宵闇バットに、
コメント欄の有象無象も忘れず対応しながらも。そんな感じでたわいのない、どうでもいい話を繰り返しながらゲームを進め、二週目へと突入し。
そして時間は二十二時と少し。
『……いよいよね』
「だね♥ まさか最後まで付き合ってくれるとは思ってなかったよ♥」
『……ま、乗りかかった船だし。……悪くなかったわよ、この数時間』
『デレた! コッコちゃんがデレた!!』
『元々クーデレ定期』
『もうすっかりてえてえじゃん。ベルココてえてえ』
『もうCPだろ。けど本命はココ
『姪ちゃんは所詮サブヒロインだったんや。前座でしかなかったんや』
『¥1000 頑張れ僕のベル。でもちょっと複雑だな』
『はっ?????? 姪ちゃんはオンリーワンなんですが????』
『しかし早かったな。一日でもクリアする人初めて見たわ』
『しかもコメント見つつ人と雑談しながらだからな。人間としておかしいよこいつ』
「お、見えてるぞー♥ ベルは怪物じゃなくて魔法少女なんだぞー♥」
ナマモノでCPする危ないやつと、まるで画面の中の存在が化け物とでも思っていそうな連中だらけのコメント欄。
「……んー? あれぇ? なんか前より簡単な気がするんだけど♥」
『……見る限り、そんなことなくない?』
「そうかなー♥ んー♥ そうかもー♥」
『ええぇ?』
『(難易度は変わら)ないです』
『天才じゃったか……!!』
『控えめに言ってイカれてる。真面目に指見せて欲しい』
『プロとか……目指す気ないです?』
『でもベルってFPSやらないからなぁ』
初見ではないからなのか、それともコメント欄が嘘で実際はクリア後と前では難易度が違うのか。
いずれにせよ、前回よりも明らかに軽い調子で進めていく
そしてついに、
「はいボス到着ー♥ ぶっ殺してやるからなー♥ 覚悟しろよー♥」
不可視ではなくなった斬撃をさらりと避け、殺意全開でにやつきながら挑む
宵闇バットと視聴者が固唾を呑んで見守る中、最早忖度や魅せプの一切を考慮するなく着実に詰めていく。
そして戦闘開始からおおよそ五分。
後半の発狂すら容易く躱した
「これで、終わり♥ いやったー♥ 勝ったよコッコちゃん♥ 大勝利♥ 完全クリア♥ だよ♥」
『……ええ、そうね。思わず魅入ってしまったわ。本当に、すごいわベル』
討伐後、演出で何故か爆散する白豹の姿に、ガッツポーズまでして喜びの声を上げる
そんな
『88888888』
『勝っちゃったわ』
『天才ラクスが二時間かかってたのにワンプレイ……』
『アーケードじゃねえんだぞ』
『これは伝説ですわ』
『
『コンちゃんツナガッターで言及してるわ。ベル、まじで注目されてんじゃん』
達成感に満たされながらコメント欄を眺めていると、気になるワードを見つけてしまう
進行するシナリオも読みあげつつ、スマホでツナガッター或いはZを開いてトレンドやら噂のVの垢を確認してみる。
「わー♥ ほんとに呟いてんじゃん
『……ノーコメント。嫌味よね、それ』
「どうだろー♥ 悪意はないよ♥」
『嫌味?』
『自慢だろ』
『せこい女やで』
『魔法少女にあるまじき承認欲求』
『やっぱり負けるべきだった』
『¥1000 流石だよ僕のベル。世界が君の魅力に追いついてきたね』
「お前らー? ……って、え? あれ?」
『ん? ……ああ、そういうことね』
まあ何はともあれ、強ボスを倒していよいよお待ちかねの真EDだと。
それはもううっきうきで画面を見つめていた
「あー♥ もしかしてこれ、終わりじゃない? 後一面ある感じ?」
『はい』
『はい』
『イグザクトリー』
『そう言っとったやろ』
「よ、読んでたですー♥ ちゃんと読んでましたー♥ ねえコッコちゃん♥」
『私そろそろ落ちるわね。そろそろグルクラの時間なの』
「え、ちょ、まっ……切れちゃった♥ あいつ薄情だな♥」
『そういや今日は金曜か』
『ニートだから気づかんかったわ』
『グルクラいいよな。間違いなく今期の覇権だわ』
『あれ最高なのに配信少ないんだよな。まあ仕方ないけど』
『グルクラは牛丼屋とコラボしろ』
『あの主人公はベルの百倍エキセントリックだよ』
「え、ちょっと待って待って♥ みんなコッコちゃんに付いていかないで♥ 後一面で配信終わるから♥」
宵闇バットのの離脱をきっかけに、続々と減り始めてしまう視聴者に焦る
このままじゃあかんと慌てながら、すぐに銀河の衝突点なんて如何にも最後であろう名前の面へと突入し、颯爽と進めていく。
そして道中を驚くほどスムーズにこなしていき、ついに最終ボスである
「はい終わったから♥ 終わったから♥ クリアだから♥ 今日一番盛り上がって♥」
『はっや』
『うっそやろ』
『あのひとみ君が羽虫が如く』
『¥500 クリアおめでとう!』
『¥1000 というか倒したら余計に人減るのでは?』
『¥5000 クリアおめでとうベル。グルクラも面白かったけど、やっぱりベルの配信が一番だよ』
『トレンドから飛んできました。すごいお上手ですね』
『¥2000 太客鐘の嫁、ちゃっかりグルクラに浮気してて草』
先ほどまでのドラマチックなどどこへやらな勢いで迎えるED。
『¥1000 クリアまで大体九時間ちょい。正直言って早すぎる』
『¥500 最初から最後まで面白かったです! コッコちゃんも喜んでいますね!』
「んーどうだろ♥ コッコちゃん帰っちゃったし……おっ?」
いつでも切って良いとは言ったが、まさかあんな山場で帰ることはないだろうと。
何て薄情な蝙蝠女郎なのだろうと、一方的な恨み言でも漏らそうとしたのとほぼ同時にチャットアプリへと光が灯る。
『あー感動した。……あっ、クリアおめでとうベル。まさか日が変わる前に終わるとは思ってなかったわ』
「それはどうも♥ コッコちゃんのせいで早く終わっちゃった♥ 本当は明日までもつれ込むつもりだったのに♥」
『バチバチで草』
『おっ、破局か?』
『¥5000 ケンカップルてえてえ』
『¥500 RTAとか真面目に検討してみません?』
『
『!?』
『コンちゃんおるやん!?』
『こんな掃き溜めに!?』
「え、あっ、どうも
『…………』
突然の大物V──一方通行な因縁を持つ
無言になってしまった宵闇バットに尻込みしてしまう
そんな二人を置き去りに、登場だけで全てを持っていってしまった彼女へ危機感を覚えてしまった
「というわけでー♥ 眠いし疲れたから今日はもう終わるねー♥ いいねやチャンネル登録してくれると嬉しいなー♥ じゃあばいばーい♥ ……ふう」
反応なんて待たずに配信を切った
『……いいの? 稼ぎ時だったんじゃないの?』
「……ふう。ん? ああ、別にいいんだ。別にまあ、言うほど固執してるわけじゃねえしな」
『……そう』
宵闇バットの問いに、ぼーっと白い煙を吹きながら答える
元々金に執着しなくはあったのだが、最近馬鹿みたいにお小遣いを貰っている
「……今日はありがとう。そんで悪いな、付き合わせちまって」
『……別に。私もまあ楽しかったし。久しぶりに』
その言葉を皮切りに、不思議と互いに無言になってしまう。
数十秒の沈黙。どう切り出していいのかすら分からず、何なら切り上げていいのかすら定かではなく、気まずさすら湧いてきてしまう時間だった。
『……悪くないわね、個人の配信も。自由で、飾らない、ありのままの配信』
「……そんなに良いもんじゃねえぞ。私のアーカイブ見返せば分かるけど、基本的に再生数なんて飯も食えない程度にカスだ。それに、私はキャラはこれ以上なく作ってんじゃねえか」
『それでもよ。私の憧れていた、しがらみのない、根本を曲げなくていい自分の配信よ』
先に切り出した、羨望をついつい零してしまったような宵闇バットの吐露。
今は落ちぶれたとはいえ、まだまだ稼げる側である企業勢の彼女の言葉に、
……まあ当然だが、こいつはこいつで悩みだってあるんだろうよ。
燃えて事務所からもファンからも、同僚からすら見放されかけた自業自得で哀れな女。
けれど私は知ってしまった。本来関係なんて結ぶはずのない、所詮はイナリへの情報源でしかない女にと少しだけでも接して、その時間を悪くないと思ってしまった。
「……グルクラってのはアニメだろ? 面白いのか?」
『え、ええ。今期一番の推しよ? まあ好き嫌いは分かれると思うけど』
「そうかよ。……なら、明日全部観るからさ。感想、聞いてくれよな」
だから踏み出してしまう。
少しだけ宵闇バットという一人間に興味を抱いてしまった。魔法少女でもない相手に。珍しく自分から。
らしくないのは分かっている。こんなの、一人になってからは初めてだ。
『……そう。楽しみしてるわ、ベル』
「ああ。じゃあ、また」
『ええ。……お休み』
通話が途切れる。深夜の自室で、二人から一人の静寂へと戻ってしまう。
「……何なんだろうなぁ、私」
その中で、
胸の中にぽつりと現れた、形容しがたいこの感情を、悪くないと思いながら。
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