齢二十三、心は小娘と大差なく
煙草の臭いと蒸し暑さの籠もった部屋。
真っ当な人間であればいたくはないと、そう思うのが自然が部屋で
「ありがとー鐘の嫁さん♥ 何日かお礼言えなくてごめんねー♥ ベルぅ、ちょっとだけ忙しかったんだー♥」
魔法少女というキャラクターを被りながら、
今回はゲームでも激辛焼きそばの早食いでもエロ配信でもなく。
あくまで先日の長時間配信で恵まれたお金に感謝するという体で取られた雑談枠であった。
『そういえば、この前の配信少しバズってたよね』
『¥500 ありがとうベル。君のお礼で明日もまた頑張れるよ。でも少しだけ元気ないね、疲れたならしっかりと休まなきゃ駄目だよ』
『そういやツナガッターのトレンドに一瞬だけいたな』
『Z、な?』
「えーそうなのー? ベルぅ、まったく気付かなかったなー♥」
いつものより少しだけ多い視聴者に多少機嫌を良くしながら、気になるコメントに反応する
何だかんだ皆が使い続けている某SNSで浮上したとの報告。
うだつの上がらない配信者としては中々の吉報に、つい鼻歌を歌いながら適当に検索してみる。
「……出てこないかぁ。まあ三日経っちゃったもんね♥ 残念……」
『落ち込むベルたんかわよ』
『¥1000 元気出してベル。君が悲しんでるのは見たくないよ』
『ぶりっこきっも』
ベルには珍しい演技ではない沈んだ声に、コメ一部を除いていつもより優しくなるコメント欄。
その肯定と心配に
『本当にどしたん? お兄さんが話聞こか?』
『¥1000 ベル、やっぱり今日は休んだ方がいい。どんなベルでも僕は側にいたいけど休むのも大事だと思う』
『そんなため息吐いてると魔法使えなくなるよ』
『ベルたんかわよ』
「あー、うん♥ じゃあ残りのスパチャだけ読み上げて今日は終わるね♥ みんな心配してくれてありがとー♥」
ふと漏らし、マイクに乗せてしまったそれをきっかけに強まる案じる声。
魔法少女ベルとしてふさわしくないその失態に、
「あ゛ーやったわ、私の馬鹿。ベルはしっとりとしたため息なんて吐かないだろうが……」
強い後悔からか、普段は真っ先に手を出す煙草すら取ることなく、ぐたりと背もたれへと項垂れ掛かってしまう
ぎしりと不安な音を立てながら、それでも使用者の重みに耐えながら支える古い安物の椅子。
その座り心地の悪さに首を痛めないチェアが欲しいと思いながらも、
「……流石に厳しくしすぎたかなぁ。いやでも間に合わせるためには必要だったしなぁ」
止まって考えてしまうのは、昨日も倒れたまま別れてそれっきりな黒髪の少女のこと。
流石に内容が厳しすぎたか、それとも結界ありきとはいえ置いていったことに腹を立てたのか。或いはそのどちらもか。
いずれにしても、来なくなる心当たりが多すぎて逆に何なら違うのだと、
まあ、来なくて良いと行ったのは私の方だから別にそれは良い。
最悪先方には謝罪し、とっとと私がエネルギーを補給してやればそれで解決する問題だ。わざわざあいつを勘定に入れてやる必要もない。
……だけど何なんだろうな、このむしゃくしゃは。
時間潰しの邪魔者がいなくなっただけだったのに、清々するどころか心にしこりがへばりついてやがる。
私が悩むのなんて金と煙草の残り本数だけで良いってのに。何だってあんなガキのことなんか。
「……はーやめやめ。辻コスでもして気を紛らわそっと」
ぼさぼさな頭を更にくしゃくしゃに掻き、無理矢理に切り替えて勢いよく立ち上がる
ぼきぼきと音を鳴らしながら全身を解し、布団の上に捨てていたよれよれのジャージを着て家から飛び出し、適当な人気のない場所で変身する。
今の自分とはまるで違う、可愛らしい桜髪の魔法少女となって夜の空を飛行する
空はすっかり昏く染まり、下に広がる街は星々が霞むほどに明るさで活気を露わにしている。
私の嫌いな夜の街。いらない音と光が煩わしいだけの場所。
きっと人々は輝く星には目もくれず、飛んでいる私に気付くことなく一日を終えるのだろう。
……まあ別に、たまたま上を向かれたって見えるようなへまはしないけどな。
私の隠蔽と認識阻害の魔法はガキ共とは違うのだよ。何ならこのままどっかの戦闘にでも紛れ込んで不意打つことだって可能だ。やらないけど。
「っと、あっこでいいか」
しばらく飛び、目に付いた紅色の団地の屋上へと着地する
多くの人々が暮らす五階建ての上で軽くステップを踏みながら、スマホを出して配信の準備をしていく
SNSのアカウントをVのベルから辻コスプレイヤーのベルへと変更。
配信開始までの動作をてきぱきと熟しながら、スマホをふわりと浮かせて丁度良い位置へと固定。
更には照明を準備すれば、無事に準備完了で。
後は魔力の弾をゆっくりと動かし、配信開始のボタンをクリックさせれば──。
「……何してんの、あんた」
「わ、ひゃあッ!!!」
いざ始めようとしたその瞬間、
誰もいるはずのないその場所で急に現れた存在に、
「へえ、カマトトぶってる割に好い声で泣くじゃない?」
そこにいたのは見知った顔。橙色の髪と簡素なドレスを身に纏い、腋と臍を曝け出した少女。
魔法少女ミカンオレンジ。先日偶然にも邂逅した、ホイップにも引けを取らない少女が呆れを全開にした渋い顔で
「……えーと、確かミカンお姉さんだったよねー♥ さっきまで誰もいなかったのに、一体ここでなにをしてるのかなー?」
「何って澱み潰しの帰りよ。近頃また大型が出始めたし、あんたみたいなのがサボったりするから事前に芽を潰して回ってんの。……で? そういうあんたこそ何やってんのよ?」
「え、うーん♥ 何だろうなー♥ ただぶらついてただけー、みたいな?」
幸いにも配信用テンションだったので、すぐにベル口調で言い訳しながら明かりとスマホを回収する
そんな状況を見ていたミカンオレンジは何となく察しが付いたのか、綺麗に尖った八重歯を剥き出しに意地の悪い笑みを作る。
「……ふーんそういうこと。あんた、可愛い顔して中々に欲深いってわけね」
「な、なんのことぉー? ベルぅ、ミカンお姉さんに嫌われてて悲しいなー♥ よよよー♥」
それでもなお、口調を変えずにしらばっくれる
だが内心はその余裕そうな態度とは真逆。いくら座標の被りという奇跡によって生じた出会いだといっても、こうして小娘一人に後ろをとられたという醜態に、腸が煮えくり返りそうだった。
「……ま、あんたがそんな態度なら別に良いわ。配信なんて非常識、
「……どうすれば穏便に済むかなー?」
「そうね……ま、あれで手打ちにしましょ。私、今喉が渇いてるのよ」
ついてきなさいと、躊躇いなく屋根から飛び降りるミカンオレンジ。
そんな彼女を無視して帰ってしまいたい気持ちに駆られながら、追随して降りていく
ストレス発散のはずだった夜遊びが自らの首を絞めたその事実に、えらく煙草の煙が欲しくなりながら。
「私これがいいわ。黒おしるこってやつ」
「…………」
ミカンオレンジの差した指に従い、少し強めに自販機のボタンを押す
ガタンと音を立て、操作に合わせて出てきた缶。
それをしゃがんで取り出した
「ありがとっ。ま、感謝してあげなくもないんだからねっ!」
「……喜んでもらえて嬉しいなー♥ あ、ベルも飲んじゃおー♥」
誰の脅しだ、と内心謗りながらも。
一応のお礼を言われたことで少しだけ溜飲が下がったのか、
「……ジュースじゃないんだ。そのなりで健康志向なの?」
「甘いの嫌いなんだー♥ 特にオレンジジュースとか最悪だよねー♥」
「……言ってくれるじゃない」
敵意での緊張というわけではないが、それでも険悪な雰囲気を生み出す二人。
だが言動とは裏腹に、
あー懐かしい。そうだよな、魔法少女ってこんな感じでバチバチしていたよなー。
あのガキの相手ばかりで忘れてたわ。引退したんだから当然ではあるんだが、ぬるま湯ばっかに浸って心まで鈍っちまってるぜ。
「そういえば、あんた魔伝無視しまくったでしょ。何度も連絡したってのに」
「あー♥ 見てなかったなー♥ ごめんねー♥」
「ほんっとむかつくガキ……!! 今ここでぶっ飛ばしてやりたいわ……!!」
更に苛立つミカンオレンジを前に、
素直に飲ませてくれるお行儀の良さに今を感じつつ、喉を潤わせた
「で、これで口止めは終わりなんだけど♥ まだ何か用があるのかな? ミカンお姉さん♥」
「あるわ。ブルームーンだっけ? あの娘の連絡先、いい加減に寄越しなさいって」
「あげないー♥ あの娘はまだ魔伝出来ないしー♥ そもそももう辞めちゃったかもねー♥」
「……はあ?」
「なんかー♥ 厳しめの特訓しちゃったらー♥ 来なくなっちゃってー♥ それっきりなのー♥」
「なにそれ? ……厳しいってどれくらいよ」
「鬼ごっこ♥ 反撃できるまでひたすらボコる感じのー♥」
「厳しすぎだっつーの! あんた馬鹿ぁ!?」
結界がなければ、直ぐさま人が駆けつけてきそうなほど大きな声で罵るミカンオレンジ。
不意の叫びに
「あんた、そんな顔して鬼畜だったのね。新人いびりなんて数ある非道でも最低の部類なの自覚してる?」
「そうは言ってもねー♥ 割と切羽詰まってるから仕方ないんだよねー♥ 部外者のお姉さんには分かんないかもだけどー♥」
「……はあっ、見かけのメルヘン以外はとことんクソガキね。さては友達いないでしょ?」
「ないしょー♥」
ミカンオレンジの一言に、
うるせえなこのガキ。最低なのは自覚してるが、それでも友達いないのは関係ないだろうが。
あーやだやだ。近頃のガキ共は言葉の槍も鋭くて困っちまう。ゆとりが終わって知能が上がったのかねぇ。
「ったく、それなりに活動してそうなあんたなら分かるでしょ? 近頃の魔法少女は澱みを軽視したり事情を優先するやつばっか。だから新人への教育には人一倍気を遣わなきゃいけないのよ! この辺りはこの私がいるから心配なんてしなくていいんだけどっ!」
「……逆にお前は何でそんな能動的なんだ」
「へー、それが素? そっちの方が様になってるじゃない。外見にはまるで似合わないけど」
指摘を前に口を押さえた
「……大した自信だね♥」
「当たり前よ! 何せ私は魔法少女ミカンオレンジ! いつかはあの伝説、魔法少女ラブリィベルだって抜いてやるんだからっ!」
「……へー♥ それは凄いね♥」
よりにもよって、本人を前に高らかに宣言してくる橙髪の少女。
自分を超えるなどと宣った魔法少女の強気に、
……こんな小娘が私を、ね。やっぱり時代ってのは廻るもんだな。
まったく、随分と重い名になっちまったよ。憧れなんて、抱かれるようなやつじゃねえってのにさ。
「何よその目。どうせあんたも無理だとか、そんな魔法少女は実在しないとか思ってるんでしょ? 言っておくけど、ラブリィベルはちゃんといたんだからね!?」
「……べっつにー? 千年くらい頑張ったらなれるんじゃないかなーって♥」
「ああんっ!? ……ごほんっ、まあともかく! とっとと謝って和解しなさいよっ! 来れなかったのにも理由があるかもしれないんだし、素直になるべきは教える側なんだから!」
だが少し飛んだ後、ミカンオレンジは何かを思い出したように
「……ああ、一応伝えてあげなくもないわ。
言いたいことを言い終えたミカンオレンジは中々の速度で飛び去っていく。
「まさかガキに諭されるとは。……まだまだあの人みたいにはなれねえってことか」
橙の魔法少女──或いは、その先の月が輝く空にぼんやりと見つめながら
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