辛いだけの特訓に少女は
「ほら走れー。まっすぐ行ったらもうゴールだぞー」
春故に時間に比べまだ夕暮れな空の下。
「ほらゴール。はいお疲れー、三分休憩なー」
「はあっ、はあっ……」
滑り込むようにして公園の地面に倒れた
そんな彼女に自転車を止めた
十数秒の後、
ごくごくと、脇目も振らず液体を喉へと流し込み、満足そうに身体を潤わせてからタオルで顔を拭き、ようやく人心地付いたように力を抜いた。
「……お姉さん。これ、意味があるんですか? もっと戦い方を教えてくれても──」
「甘いなぁ。何事もまずは基礎。筋力はともかく、体力はあるに越したことはないぜ」
そう言いながら、
「……煙草を吸ってるような人に言われても響きません」
「残念。こいつはただの菓子だぜ、流石にガキの前じゃ吸わねえよ」
冷たい視線を飛ばす
唾液で溶ける白い棒はいつもの苦さと刺激はどこへやらで、ただひたすらに甘ったるく。
不味くもないがやはり菓子だと、内心毒づきながらも噛み砕くことなく、手に持っていた懐中時計を開く。
「……よし、そろそろ三分だ。ほら変身しろ、お望みのバトル講座だぞ」
「つ、詰め込みすぎでは?」
「十日しかない上にお前は平日学校だからな。門限もあるだろうし、それはもうぎっちぎちでやっていくぜ」
催促された
そうして魔法少女ブルームーンへと変身した
「……なんでそんなに早いんです?」
「年期の差だ。んじゃ始めっぞー。とはいってもやることなんてシンプル。私が追うからお前は逃げる、基本それだけだけどな」
シガレットを噛み砕いた
「時間は一時間。時間内に被弾した数で罰ゲーム。私は手を抜くけどお前は回避、反撃、逃走と好きにやっていい。質問は?」
「……殴るとは、どのくらいで?」
「適当に。ああそれと、逃げている際に黒い靄を見つけたら消せ。それは絶対だ」
「靄?」
「ああ。ほら、ちょうどあんなのだ」
そう言いながら
あまりに薄く輪郭すら曖昧な、けれど僅かな魔力を宿しているくすんだ靄。
まるで燃えカスのようなそれを目にし、
あれは人が触れるべきでないものであると。生物であれば本能的に、毛嫌うものであると。
「あれは、何です?」
「澱みと、私達は呼んでいた。……そうだなぁ、今は魔法少女がいるべき理由とだけ覚えておきゃいい」
そのたった一言に込められた意味を、今の
「さ、始めるぜ。ごー、よんー、さーん」
「え、えっ……!?」
話を打ち切るように、手を叩いてカウントダウンし出す
あまりの強引さに
前回の戦いである程度飛行に慣れたのか、地上を走るよりかは速く移動出来ている
遮蔽物のない空を進む感覚は多くの柵を振り払えるかのようで、
「随分余裕そうだなー。さてはお前、ちょっと私を舐めてない?」
直後、
それを
「っ、うっ……」
「一回目。ほら立て、続けっぞー」
叩き付けられるように墜落し、ひび割れた道路の上で頭を押さえながらも立ち上がろうとする
そんな少女に
「っ!!」
倒れるように転がりながら、どうにか回避して再度飛翔する
だが
「二回目。このままじゃ罰ゲームまみれだぞ?」
ぐしゃりと屋根は壊れ、潰れるように座席へと落ちた
立ち上がるための力が込められない。動けという命令を、身体が言うことを聞いてくれない。
外傷は一つもなく、痛みもさしたものではない。衝撃こそ強いものの、あの攻撃自体は見かけほどの威力しかないと、
それなのに、そうであるのは、分かっているはずなのに。
見下ろしてくる魔法少女の口調は敵意もなく、ただ害虫を駆除するかのように平坦で。
まるで前回と同じ──或いはそれ以上に感じてしまう目の前の現状への恐怖に、
「……次、いくぞ」
それでも懸命に力を振り絞る
逃げようとして墜とされる。
離れようとして後ろへ回られて殴るか蹴られる。
理不尽とも言える鬼ごっこに
変わり映えのしない時間の後、結局十分と経たず
「っ、んぐっ……」
「八分と三十秒か。ま、初回ならこんなもんか」
悔しさか、それとも辛さか。
とにかく立つことも出来ず、倒れたまま腕で目を塞いで嗚咽を漏らす
そんな様に
「ごめん、なさい……」
「あんまり落ち込むなよ。理不尽を強いると宣言はしたが、そんな私でもハードだと思うしな」
かといって張本人であるためこれ以上掛ける言葉はないと、手で首を押さえながら深いため息を吐いてしまう。
……はあっ、どうっすかなこれ。落ち着くまでしばらく時間が掛かりそうだしよ。
期日が期日なので詰め込むしかないのだが、流石に見立てが甘かったか。
あー面倒い。こっちだってガキ痛めつけて悦ぶ趣味はねえっての。
こんな胸糞悪い思いすんなら、菓子だけじゃなくて本物も持ってくるべきだったぜ。ちくしょうが。
「……これを毎日やる。泣くのは勝手だが、容赦も同情も一切しねえ」
しばらく悩み、結局
地面を叩き、世界を戻してから変身を解き、そのままシガレットを取り出して一本指に挟む。
「……逃げたきゃ逃げてもいい。仮に逃げ出さなくても、私が望む水準に達しなかったら決闘には行かせない。戦い方も含め、その辺しっかりと考えてから明日も来るか選べ」
そう言いながら
「待って……お姉さん……」
少女が何かを掠れ声で何かを呟くが、
道すがらに手の温度で溶けたのか、多少べたつくシガレットを口へと含みながら、
慣れから吹かせど煙は出ず。口の中に残るのは、度し難いほどの甘ったるさだけ。
「……苦えな」
だが味など関係なく。
今までで一番の苦い煙草の味に浸りながら、
時間は僅か。誰かが聞けば非難轟々であろう、拳上等だった昭和ですら慄く懲罰に等しき特訓。
きっと恨まれるだろう。この十日の果てに、下手したら殺意すら向けられるのだろう。
けれど期待してしまう。
さあ地獄の叩き上げだ。私とは違う道筋の地獄を前に、果たしてあのガキはどこまで伸びるかな。
だが
そしてその次の日。ついに
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