ゾディアックの星灯り ~ゲームの集団転移/転生に巻き込まれたあるモブの青年~

水鳴諒

―― Chapter:1 ―― 真世界へ ――

第1話 真世界へ



 白く小さなネズミを、灰色のフワフワの猫が追いかけていく。

 路地裏に消えた二匹。

 路地は灰色の石畳で、囲む建物の壁は影で黒く見える。


 科学技術で建築されたような街なみだけれど、水道や電気の機序一つとっても不透明なこの街にも、現実と同じように動物がいる。それは街を一歩外に出ると生息する凶悪なモンスターとは異なる。


 ――ここ、は。

 ゲームの世界だ。【ゾディアック戦記】という名前のMMORPGの世界に、玲人達プレイヤーはよく分からないことを【司る者】と名乗った神の力により転移してしまった。体の形などはそのままだから転移なのだろうが、もう元の世界には戻れないというのだし、この体としてこちらの世界の人間に転生したとしていいだろう。ポリゴンみたいだったゲームの世界が、今では現実のように広がっている。五感もある。


「……ッ」


 玲人はもう三日、なにも食べていない。

 会社から帰って二十分から長くても二時間程度プレイをし、RPG部分で遊ぶのはほんの少しで、多くの場合はチャットをしていた玲人は、元々所持ダリが少なかった。ダリというのはゲーム内通貨だ。


 転移する際、一人きりの最初の空間である【チュートリアル世界】と、そこからのログアウト時間が近かった者との次の空間【半チュートリアル世界】があったが、玲人はチュートリアルはスキップするタイプなので、最初は即座にログアウトし、二つ目の世界には――少し奮起し、一年間いた。なお、一年間いたのは、その段階では50人もいなかった。ログアウトのタイミングがかぶっていない相手のことは分からないが。


 その一年間で玲人は、Lv.127まで到達した。約50万ダリをため込んだ。

 その時いた周囲と比べたら、玲人は高レベルだったし、懐も潤っていた。

 NPCショップから安定して食べ物を購入できた事が大きいだろう。今では、補填時間になると、即座に売り切れるから、そこで買えたら奇跡的となるが。正確にはNPCショップは、転生していない元からいた者が売りに出す雑貨店の品になったかたちだ。


 ――しかし。


「……はぁ」


 ダリは敵を倒したり、入手したアイテムをプレイヤー間の露店機能やトレード機能で売って入手するしか無いのだが、ここはもうゲームの世界ではなく、死や痛みがある。半チュートリアル世界までは、死ぬことはなかった。痛みはあったが。


 今、玲人はまだフィールドに一人で立ち、モンスターを倒す勇気が無い。

 mobなんて馬鹿にしてはいられない。

 だが、折角貯めたダリは使い果たしてしまった。


 玲人はフラフラと、ポラリスタウンの裏路地を歩いていた。ライトユーザーだったから、課金機能だった家はない。全員に実装されていた庭はある。だからそこへ行っても、街にいても野宿だ。玲人以下のレベルの者がまだまだ多いから、一番賑わっているのは初心者村と名高いレグルス村だが、玲人はこの街へとやってきた。あと一年もしたら、こちらが賑わうのだろうか。何故こちらに来たかといえば、NPCショップだったものでの食べ物争奪戦が、比較的まだ緩やかだからだ。


 玲人の装備は、召喚者の初心者装備である。初心者装備といってもデフォルトの装備ではなく、きちんとボスがドロップした品で、召喚スキルを強める効果を持っている。ボスというのは、フィールドにいるその場で一番強いモンスター、ドロップ品とは倒すと貰える品のことだ。


 現在、この【真世界】と呼ばれる異世界にやってきて、丁度十日目だ。


 汚れてしまった白を基調にした服の胸元をギュッと掴み、玲人は壁に手を沿わせながら、フラフラと歩く。現実世界の記憶は既に何も無い。ここへ来る過程で消失した。


 僅かなゲーム知識として、この世界について知る以外は何も分からない状況でのスタート。不思議と、何故こんな状況になったのかだとか、帰りたいだとかは思わない。こちらしかないのが当然だというのは、直感的・本能的に理解していた。


「絶対にこんなところで野垂れ死にたくねぇ」


 玲人は歯を噛みしめる。喉がカラカラだ。


「っう」


 ぐらり、と。

 だが体は限界だったようで、気づくと玲人は倒れ込んでいた。目がかすんでいる。

 このままでは地面にぶつかる。

 そう覚悟したが、衝撃は訪れなかった。誰かが玲人を抱き留めた。


「お前、大丈夫かよ?」


 その声に顔を上げた玲人は、かすむ目ではよく見えないまま、ガクンと体から力が抜けたのを理解した直後、気絶したようだった。




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