#6 目線、ゆだねて
クラブって、陽キャみたいな人が集まる場所だと思ってた。
その通りだった。
心優しく慰めてくれる人なんてここには居ない。
みんな自分の事ばかり。
慰められたいんだ。
青と赤と緑と…光の三原色のネオンライトに照らされながら、
後ろの方で前で踊ってる人たちを眺める。
ここではみんな、主役になれる。
自分しか見てない。欲望が渦巻く場所。
でも、一体感がある。
誰にも疎外されず、奪われることのない場所。
その心地よさは、一体なんなのだろう。
「誘われた?それとも誘い待ちしてたの?」
ハルに似ているあの男が話しかけてきた。
音楽の重低音が響くものだから、自然と話す距離は近くなる。
「…たまたま。どっちでもいいかな」
「この場所は嫌い?」
「…少し、少しここに居たい」
「心地いいでしょ。誰も君を傷つけることは無い。この店の名前、パラダイスって言うんだ。みんな楽しそうな顔をしている。僕はその瞬間が好きなんだ」
「……嫌なことを忘れるため?」
その男は、にやりと笑った。
「嫌な事なんて、ここにはないよ。なにも、考えなくていい」
男は、ユキの頬に手をあてた。
ユキはぞわぞわして、その手を払いのけた。
「…嫌?」
「ここの人は、みんな距離が近すぎる」
ユキは唇を噛んで、その男を見つめた。
「距離を保ちたい人なの?小さいころから、そうだった?」
小さい頃…?
「心に壁を作って。誰にも入られないようにするための部屋をつくった」
「…」
「傷つけられたくないから。自分が笑ってればいいと思った?」
「…」
「ここに」
「あっ…」
男はユキの心臓のあたりに手をあてた。
「……僕ならわかるよ。ほんとうにしたいことなんて、できなかった」
「…本当にしたいこと?」
「なんでここに来なかったの?」
男は、真剣な目でユキを見つめた。
おそらくこれは営業だ。それは分かってる。わかってるのに。
一瞬だけでも、自分に素直になりたいと思った自分が居た。
「…今まで何人の子をこうやって口説いてきたの?」
「こう見えて、経験は少ない方だけど」
「嘘。ぜったい嘘」
「試してみる? 」
きらい。きもい。こないで。性欲の塊のくせに。
そう思ってはいても、その男の瞳をじっと見つめてしまう。
誘われている。吸い込まれるような瞳だ。
男の肌が三原色に変わる。
音に狂わされていく。
唇が近づいていくほど、理性が離れていく。
「正直だね」
重なって、奪い合った。
世界にただふたりだけいるみたいに。
音が聞こえない。
香水の匂いがキツイ。
目を閉じている。
息をしたくない。
「おやすみ」
男に耳元でそう呟かれて、意識を失った気がする。
そこからはあまり覚えていない。
#7「失われた時を求めて」に続く
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