第四話『魔法学院の怪』その6

 ロープを使って下りると、そこはよく見る下水道だった。


「おお、懐かしき我が職場!」

「職場? 此所が・・・・・・?」


 シセルは引き攣った顔で辺りを見渡す。

 中央に汚水が流れ、左右で大鼠ビックラット大竈馬ジャイアントスプリケットが這い回る。悪臭は全体に広がり、逃げ場がない。


「冒険者とは、過酷な職業なんですね・・・・・・」

「それはロアルドだけだから」

「慣れると、割と楽な職場なんだけどな」


 僕は斧を振るい、大鼠ビックラットを斬り伏せた。何処かの鼠妖精と違って簡単に倒せる。


「確か、下水道は立ち入り禁止になっていたのよね?」

「お陰で収入が減った。困っているよ」


 ぼやきながら、僕は血糊を払う。


「原因は多分、魔法学院アカデメイアだ」


 ぺた、ぺた。

 這いずる音が、下水道に響く。


「ウーズ!?」


 不定形のドロドロとした存在。

 大きさは大鼠ビックラットとほぼ同等。五匹程が群れを成し、触手を伸ばしてこちらへ敵意を向ける。


「やはり、この奥に原因があるとみて良いようだね」


 がちゃり、とクロスボウを構えるアイノ。それをシセルが制した。


「気を付けて下さい。ウーズは不定形魔法生物の中では下級の存在ですが、誕生時に取り込んだ物質によっては、毒を持つ存在も居ます。迂闊に攻撃し、中身が飛び散ると危険です」

「じゃあどうすれば――」

「魔法を、使います」


 あたしが、とシセルは杖を掲げる。


「汝の過去は、氷河。泡沫となりて大海に漕ぎ出し、空へ昇りて雨へと転じる。舞われ廻れ、円環の歯車。廻り巡りて、氷河と成せ」


 気温が、一気に下がる。

 湯気すら立ち上っていた排水が、周囲を軋ませながら見る見るうちに結氷を始めた。


「寒ッ!?」


 その冷気が、ウーズらへと伝わり始めた。

 凍結した地面に仮足が捕らわれ、思うように移動出来ない。やがてウーズ自身も凍結を始め、形を保ったまま次々と絶命した。


「これなら、中身が飛び出る事なく倒せます」

「こりゃあ凄い、流石は学生だ。スクリーン越しにGMが歯噛みしてるのが目に浮かぶよ」

「ありがとうございます。じゃあ、先を急ぎましょ――」


 途端、足を滑らせるシセル。僕は咄嗟に彼女に向けて手を伸ばした。

 無事、彼女を助ける事に成功する。

 が。


「しまった・・・・・・」


 ガチャン、とヘルムが叩き付けられる音が響く。彼女の眼前、首から上のない首なし騎士デュラハン(僕)がそこに居た。


「いや・・・・・・あの、これは――」

「最初に説明しておくべきだったか。この少年は――」

「首から上がないんですよね。さっきから気付いていました」

「!?」


 姿勢を正し、シセルは僕を観察する。


「気付いたのは、音です。ロアルドさんが歩く度、ヘルムの音が不自然にヘルム内部で残響するんです。食事の時もヘルムを脱がないのは、幾ら何でも不自然ですし」


 それに何より、とヘルムを拾い上げて僕に渡す。


「声、くぐもっていないじゃあないですか。普通ヘルムを被ったまま喋れば、声がくぐもります。それがなくて普通に聞こえるから、おかしいなって」


「君、本当に凄いな・・・・・・」


 ヘルムを付け直し、僕は率直な感想を口にする。


「でも何故そのような姿に? 魔物という訳ではないのでしょ?」

「これでも一応、人間のつもりだよ。悪い魔法使いに改造されたんだ」

「ああ成る程。それで、どのような目的だったのですか?」

「いや・・・・・・それは知らない」


 いきなり手術台に磔にされて、メブスタとメクブダに身体中を弄くり廻され、気が付いたらこんな身体になっていた。一体それが何の実験だったのか、僕は全く知らない。


「あたしも人体実験に立ち会った事がありますが、実験には目的が付き物です」

「ちょっと待て、君はそういう事にも関わっているのか?」

「専門ではありませんが・・・・・・はい」


 声音が低くなるアイノに対し、シセルはにべもなく肯定した。


「授業の一環です。あたしが立ち会ったのは、臓器移植です。魔法と薬物で痛覚を遮断させた被験者の臓器を摘出し、交換するという実験です。この実験の目的は、他者から移植した臓器が移植先で可動するかというものでした。結果は失敗でしたが、次に繋がる成果は得られたと思います」

「失敗・・・・・・つまりは、死亡か」

「はい」

「亡くなった者にも、家族や友人が居ただろうね」

「問題ありません。件の被験者達は死刑囚でした。結果は変わりません。それよりも彼らから得られた成果によって、助からなかった人が助かる可能性が生まれました」

「成る程・・・・・・確かに、それは一理ある」


 長く息を吐き、アイノは僕へ向き直る。


「ワタシが言っているのはね、を彼の前で出来るのかという事だ」

「あ――――――」


 しまった、という顔をするシセル。

 それから後悔を含んだ瞳で僕を見る。


「僕は構わないよ、魔法使いに売られた身だから」


 けれど、と僕はアイノを一瞥した。


「彼女の大切な友人は、そういった魔法使いの人体実験で亡くなった。最初に話しておくべきだったね」

「あたし・・・・・・また――」

「君に悪意がないのは分かっている。だがまあ・・・・・・どうしてもね」

「・・・・・・申し訳ありません」

「ワタシも済まなかったね。君にした事は、八つ当たりに等しい」


 ところで、とアイノは眼を細める。


「〝天意の落伍者フォールンダウト〟ミレッラ・レオンカヴァッロ――――この名に、心当たりはあるかね?」

「いや・・・・・・ありません。少なくとも、パルカ敷地キャンパスに関わりがある人物ではないと思います。その人物が、例の悪い魔法使いですか?」


 シセルの問いに、アイノと僕は首肯した。


魔法学院アカデメイアに所属にしない魔法使いは大勢居ます。また、野に下った魔法使いも。少し、調べてみます」


 言い終えると、シセルはしげしげと僕の顔(ない)を観察する。


「何・・・・・・かな?」

「ひょっとして、〈銀の竜ミスリッド〉教に突き出すとか・・・・・・?」

「そんな事、する訳がないじゃあないですか。わざわざ火薬庫に火種を持って入る愚者は居ません」

「じゃあ・・・・・・一体?」

「何故、首が無いんでしょうかね?」

「そりゃあ首なし騎士デュラハンだし、切り取られたから――」


 僕の答えに、シセルは左右に首を振った。


「理由です。わざわざ首を切り離したのだから、それなりの理由がある筈です」

「アレ、じゃないのかい? 君の特殊能力」

「ああ、アレか・・・・・・」


 僕は魔物の首を装着すると、その魔物が持つ能力を使用する事が出来る。この能力の為に首を切り離したと考えると、合理的だ。

 実際、前回それの試作型と思わしき怪人とも戦っている。


「それは変ですね。頭を付けただけで能力が使えるなんて、普通は有り得ません」

「確かに有り得ないけど、実際使えているからな・・・・・・」


 僕の言葉に、イーディスとアイノがうんうんと頷く。


「頭部には脳が収められはいますが、そこが能力を司っている訳ではありません。また、能力だけで完結する事もありません。もし本当に魔物の頭部を装着して能力を使えるのだとしたら、肉体側にも能力を使用する為の何らかの措置が必要な筈です」

「何らかの措置・・・・・・あッ!?」


 僕の肉体には、様々な魔物の組織が移植されている。それが能力に作用しているのだとしたら。


「思い当たる節があるみたいですね」

「ああ、まあ・・・・・・」

「もう一つ、気になる事があります」

「もう一つ?」


 オウム返しに尋ねた僕に、シセルは頷いた。


の行方です」

「あ――――」


 確かに。

 目まぐるしい毎日で今まで考えていなかったけれど、確かに僕の首がどうなっているかとても気になる。


「本来、伝承に登場する首なし騎士デュラハンは、自身の首を持って現れるモノです。それだけではありません。頭部には、記憶を司る脳が収められています。こうして生活に支障がないのであれば、何処かに首が保管されていると考えた方が自然でしょう」


 シセルは矯めつ眇めつ、僕を見る。


「気になりますね。道具がないのが口惜しい、もっと正確に調べてみたいのですが」

「そ、そろそろ・・・・・・奥へ行こうか」


 このままだと解剖されかねない。

 僕は引き攣った顔で、シセルへ提案した。


「そうですね。先へ急ぎましょう」


 シセルは満たされた顔で下水道を歩き出す。

 その足取りは軽かった。

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