第四話『魔法学院の怪』その5

 第四研究室。


 鼠精霊達がやって来た場所を辿って辿り着いたのは、今はもう使われていない研究室だった。備品を雑に放り込んだ箱が散乱しており、研究室というより物置という有様だったが、それはこの研究棟全体に云える事なのであまり意味はない。


「・・・・・・こんなに散らかっていると、そりゃあ薬品が混ざり合っても仕方がないな」


 僕は備品の這入った箱を右へ左へ移動させる。


「でも、薬品の類は見付からないわね。箱に入っているのは、割れたビーカーやフラスコ、メスシリンダーのみ」

「乳鉢もあったよ。しかしまあ、よくここまで物を大切にしないものだ。案外、魔法生物の類は勿体ないオバケの化身なんじゃあないかい?」

「そういう物は消耗品なので、仕方がありません。確かにガラス製の物は貴重品ですが、使っていればいずれ壊れる物なので。それに此所は廃棄する備品を一時的に置いておく部屋なのです」

 よ、と箱を持ったままシセルがバランスを崩す。


 間一髪。

 咄嗟にアイノがシセルの首根っこを掴まなければ、今頃彼女は箱の下敷きだ。


「・・・・・・ありがとうございます」

「気を付けてくれよ」


 しかし、とアイノは崩れた箱を眺める。


「少々、押し込めすぎていないかね? あちこち、雪崩が発生している。これじゃあ、幾ら箱を移動させたって何も分からないだろう」

「雪崩・・・・・・」

「どうかしたのかい? 少年」

「いや、触媒となった大鼠ビックラットが何処から来たのかって考えていたんだ。アイツら、それこそ下水道とかに居る奴だろう? もしかしてだけれど、そこから来たんじゃあないのか?」

「確かに研究室ここは一階だから、下に下水道があっても――――って、まさか!?」


 イーディスは雪崩をまじまじと見つめる。


「埋まったんだよ、雪崩で。多分、原因はこの下だ」

「つまり、此所を掘り返さねばならない・・・・・・と」


 アイノは半眼で嘆息した。


「確かにワタシは、穴掘りが得意だ。塹壕なら誰よりも早く掘れる自身がある。けれど、コイツはなかなかだぞ」

「それこそ、魔法の出番なんじゃない?」

「穴を掘る魔法・・・・・・と言いましても」


 イーディスに視線を向けられ、シセルは困惑する。


「別に掘らなくてもいいわ。要するに、この雪崩を退かせればいいのよ」

「退かせれば・・・・・・分かりました」


 シセルは何かを思い付いたようで、チョークを取り出し、雪崩を中心に魔法円を描く。


「さっきみたいに杖を使わないのかい?」

「これは結界です。例え何かあったとしても、この魔法円から外には漏れ出しません」

「何をする気だッ!?」


 僕の言葉を無視し、シセルは短杖ワンドで雪崩を指し示した。


「汝、名はともしび。我が呼び声に応えよ、原初の力。拝謁するは火口の玉座。我に向けられる憤怒を以て、世界に地獄の業火を成せ――」


 刹那。

 呪文が完成し、瑪瑙色の炎が魔法円の中で荒れ狂う。中はとんでもない高温になっているのだろう。木箱だけでなく中に入った備品さえも次々と灰になっていく。


「・・・・・・流石に命令文三つの並列起動は難しいですね」


 粗方燃え尽きた事を確認し、シセルは革靴で魔法円を消した。


「いや、予想が外れて助かりました」

「予想・・・・・・?」


 僕は雪崩が燃え尽きた穴を見下ろす。なかなか深い。これはロープを使って降りるしかなさそうだ。


「下に下水道が通っているなら、可燃性のガスが発生している危険性があったので。一応結界は描きましたけど、あの結界で果たして何処まで爆発に耐える事が出来るか・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 マジかよ。

 流石に僕ら三人、固まった。


「・・・・・・学生、君に一つ助言をしておこう。そういうリスクのある方法は、実行前に廻りに相談する事だ。お姉さんとの約束だぞ?」

「お前が言うか」

「忘れた訳じゃあないからね」

「はて、何のことやら」


 すっとぼけるアイノを尻目に、僕はシセルへ向き直る。


「・・・・・・まあ、このように色々と禍根を残すから、今度からは事前に報告して欲しいな」

「分かりました。気を付けます」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 本当に分かっているのだろうか。

 ちょっと心配になる。


「・・・・・・まあ、アレだ。無事、入り口は出来たんだ。ちょっと休憩しようじゃあないか」


 アイノは背嚢を下ろすと、中から包みを取り出した。


「恐らく下は戦場だ。動けるよう、何か少し腹に入れた方が良い」

「それは?」

「プンパーニッケルという。日持ちするパンで、戦場でよく食べた」


 アイノが僕に見せたのは、茶色い煉瓦のような物体だった。彼女はナイフでそれを薄くスライスし、僕へ手渡した。


「見た目は、コルクみたいだね」

「実際〝食べるコルク〟と言われる事もある。ライ麦パンの一種だよ」

「へぇ」


 一口。塩気が強い。

 ゴワゴワとした食感だが、噛めば噛む程滋味が染み出してくる感覚がある。


「見た目がコルクだからもっと凄い味を想像していたけれど、これは意外と美味しいな。いつも食べるライ麦パンより酸味が少ないから、僕はこっちの方が好きかもしれない」

「気に入ってくれて良かったよ。好き嫌いがはっきり分かれる味だからね。ほら、君達も」


 アイノはイーディスとシセルにプンパーニッケルを渡す。シセルは普通に食べていたが、どうやらイーディスの口には合わなかったらしい。


「ワタシは、塩気の強いチーズを載せるのが好きでね」


 アイノは別の包みからロックフォールを取り出し、それをプンパーニッケルへ載せて僕に渡す。


「おお、なかなか。エールが欲しくなる」

「これなら食べられるわ」


 ロックフォールを載せたプンパーニッケル、どうやらこちらはイーディスのお気に召したようだ。


「・・・・・・塹壕の中、こうしてよくプンパーニッケルを囓っていた。当然、チーズなんてなくてね。この堅いパンを寒空の下、皆で分け合って食べたんだ。凍った土の上で、自分が食べたい物を言い合いながらね」

「・・・・・・戦場に、居たんですか」


 シセルの問いにアイノは頷く。


「昔の話だ。といっても、十年は経っていないのだがね。けれども何だか、とても昔の事に思えるよ」

「アイノは、何が食べたいと言ったんだい?」

「ワタシかい? そうだね、確か魚だ。調理法に特に拘りはない。戦場では、意外と肉は食えるんだ。デカい塊を塩漬けにすれば運搬は容易だし、時には戦死した馬も喰える。けれど、魚はね。だから魚が食べたかった。魚、そこまで好きではなかったんだが。幼少期、腐ったヤツに当たった事もあって、むしろ苦手だった。それが戦場に居ると、何故だか無性に食べたくなった」


 不思議なモノだね、アイノは笑った。


「あの時は自分が生きて帰れるとは思っていなかったし、その後も目的を果たせばどうなっても良いと思っていた。こんな物置で暢気に喋っているなんて、全く想像出来なかったよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 そうか。

 アイノ、やはり君は――


「――あたしの家は、ピクスの街でパン屋を営んでいました」


 徐に、シセルが口を開く。


「パンを焼く時、膨らませる為にパン種を使います。あたしはそれが不思議だった。水を混ぜた小麦粉を置いておくだけで、どうしてパン種になるのか。お父さんやお母さんに聞いても、妖精さんのお陰だとしか教えてくれませんでした」


 シセルは革袋から水を呷る。


「今は、それが酵母の力だと知っています。世の中には、仕組みがある。それがどんなに人知を超えたモノだとしても、世界にとっては仕組みの一つに過ぎない。あたしはその仕組みを一つでも多く理解する為に、魔法を学んでいるのです。学んで、学んで、学ぶ事以外を削ぎ落として、ここまで来てしまいました」


 だから、とシセルは困ったように笑った。


「意識しないと、すっぽり抜け落ちてしまうんですよ。他人ヒトとの接し方、常識みたいなモノが。だから・・・・・・だから――」

「安心したまえ、学生」


 俯いて言葉を探すシセルの肩をアイノが叩く。


「確かにそういう性格だと世間では生きづらいだろうが、此所に居るのは冒険者だ。真っ当な世間から爪弾きにされ、底辺を這いずるような社会不適合者の集団だ。我々にそのような気遣いは無用だ」

「仲間を危険な目に遭わせなければ、それでいいのよ」


 イーディスはちらりとアイノを一瞥した。


「アンタは結界を張ったけれど、彼女はそんな事をせずに吹っ飛ばしたからね。少なくともアイノよりは常識があるわ」

「あの時は咄嗟だったから仕方がなかろう。大事に至らなかったのだから良いじゃあないか」

「良くないッ!」

「まあ、こんな感じだ」


 イーディスを宥めながら、肩を竦めた。

 毛を逆立てた猫のようである。


「別に僕らは、堅い絆で結ばれてる訳じゃあない。ご覧の通り、利害が一致して集まった烏合の衆。でも個々人が協力しなければ、仕事は巧く回らない。だから僕らは、力を合わせるんだ。自分が出来る事を自分が出来る範囲で、ね」

「・・・・・・はい」


 シセルは笑った。

 はにかんだような、少し不自然で不器用な笑顔だった。

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