第四話『魔法学院の怪』その3

 魔法学院アカデメイアパルカ敷地キャンパスは、東地区の外れに位置している。


 元は帝国時代の古戦場で荒野だった所を魔法学院アカデメイアが買い取り、広大な敷地キャンパスを建設した。他の魔法学院アカデメイアが研究機関であるのに対し、此所は研究者の育成に重点を置いており、出自に関係なく学びたい者にあまねく門戸を開いている。


 とはいえ入学金や学費など掛かる費用は莫大であり、主な学生は貴族と豪商の子弟が占めていた。


「・・・・・・まあ、そんなもんだよな。パブリックスクールなんて」


 額の汗を拭い、僕は雪だまりにスコップを突き刺す。

 辺り一面、雪景色。結構雪かきをしたつもりだが、まだまだ向こうの扉には辿り着きそうになかった。


「というか、何でわたし達が雪かきなんてしている訳?」

「しょうがないだろう」


 不満げにスコップを振り回すイーディスに僕は肩を竦める。


「掃除しろって言われた研究棟までの道が、雪で埋まっているんだから」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 昨日は大雪だった。

 まさか此所まで積もるとは、お偉い学者さんでも想像が出来なかったに違いない。


「でも、それこそ職員の仕事でしょう」

「普通ならそうだろうね。ただ、今は太陽祭の真っ只中。家族と過ごす為に職員は皆休暇中だ」


 自分で刺したスコップにもたれ掛かり、アイノは腕を組む。


「ついでに言うと、学生の大半も冬休みで出払っている。我々でやるしかないのだよ」

「そういえば、護衛の学生とやらは? まさか、研究棟が開通するまで籠もっているつもりじゃあないでしょうね」

「確か、一人・・・・・・だった筈。名前は確か――」

「――遅れましたッ!」


 どだっ、という音。

 振り返ると、雪の上でうつ伏せになった少女。紺色のローブから覗く学生服を見る限り、この魔法学院アカデメイアの学生である事は間違いない。


 間違いない、が。


「少し・・・・・・いや大分、どんくさ過ぎやしないかね? 仮にも魔法使いだろうに」


 うつ伏せの少女をしげしげと観察し、アイノは僕の言いたかった台詞を宣う。


「・・・・・・も、申し訳ありません。ちょっと寝坊しちゃいまして」

「それは、君のリアルな方の遅刻理由だろう」

「いや、面目ありません・・・・・・リマインダーきちんと設定していたんですが・・・・・・」


 顔を雪から引き抜いて、少女はゆっくりと立ち上がる。


「あたしは、シセルと言います。今日は一日、宜しくお願い致します!」


 自己紹介が終わると同時に絶叫。

 どうも〝す〟の所で、舌を噛んだらしい。


「・・・・・・色々と大丈夫なのかい、この娘。振り返ったら死んでいたとか洒落にならんよ」

「仮にもお貴族様の子弟様ですからね・・・・・・」

「あ、あたし違います。そういうのじゃないので」


 雪を含んで舌を冷やしながら少女――――シセルは首を横に振った。


「奨学金で魔法学院アカデメイアに通ってる一般人です」

「え、奨学金・・・・・・?」


 僕は思わず、シセルをまじまじと見つめる。

 ウェーブ掛かったアッシュブロンドの髪に、エメラルド色の双眼。雪に顔面からダイブした為、若干鼻が赤くなっている。確かに、貴族様という容姿ではない。


 いや、そうではない。

 彼女は確かに言った。奨学金で通っている、と。

 アイノもそれに気付いたのだろう。絶句し、僕以上にシセルをまじまじと見つめていた。


「奨学金という事はまさか、君は優秀・・・・・・なのかい?」

「え・・・・・・まあ、はい。頑張らないといけないので」

「寝坊して遅刻したり、雪に顔面から突っ込んだり、会話中に舌を思いっきり噛んだりするのに・・・・・・かい?」

「いや・・・・・・まあ、その・・・・・・はい」

「そうなのか・・・・・・いや、そうなのだろうな・・・・・・」


 アイノが驚くのも無理はない。

 名目上魔法学院アカデメイアは、出自や身分に関係なく門戸が開かれている。

 しかし莫大な経費によって、志願者をふるいに掛けているのが現状だ。


 奨学金制度はそんな不公平な現状を是正する為の代物で、特に優秀な学生に対し魔法学院アカデメイアが直々に学費や生活費を援助してくれるらしい。


 特に優秀な学生、というのが肝である。

 奨学金を貰える学生の定員は非公開だが、一説によると全ての敷地キャンパスを合わせて十人にも満たないらしい。つまり目の前に御座おわす少女は、この魔法学院アカデメイアに於いてトップクラスの頭脳を持つという事になる。


 そうは全然、見えないのだけれど。


「うーむ、これは想像していた事と別ベクトルで、非常に拙い事になったぞ・・・・・・」

「彼女に何かあった場合、魔法学院アカデメイア屈指の頭脳が一つ失われる事になる。そうなると、最悪魔法学院アカデメイアと敵対しかねない危険性も出てきたわね・・・・・・」

「然り。この街で魔法学院アカデメイアに喧嘩を売るのはとても拙い。冒険者組合の後ろ盾など、矢を防ぐ板切れにもならないからね」

「御免なさい、あたし昔からドジで。あの、取りあえず皆様の迷惑にならないよう頑張ります!」


 ぺこ、とお辞儀するシセル。

 それからスコップを僕の刺したスコップを引き抜き、周囲の雪を掬おうとして・・・・・・スッ転んだ。


「いたたた・・・・・・結構難しいですね、バランス」


 僕らはその光景に、薄ら寒いものを感じた。

 掃除前、雪かきで死んだら洒落にもならない。


「わたしが悪かった! 雪かきはわたし達がやるから!!」

「そうだぞ、学生。適材適所という言葉がある。人間誰しも得意不得意というモノが・・・・・・」

「そうそう。僕らは冒険者だから、こういう肉体労働が大好きなんだ。退屈だろうけど、待っていて欲しい。直ぐ終わるから。本当に直ぐ終わらせるから!!」

「さあ、諸君! 爽やかな労働の汗を掻こうじゃあないか!!」

「「はいッ!!」」


 高らかに掲げられるスコップ。

 雪が舞う度、陽光が反射して虹が架かる。


 その虹は、汗と涙で少し滲んでいた。

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