第四話『魔法学院の怪』その2

 〝石竜子トカゲの洞穴亭〟は珍しく盛況だった。


 店内では素焼きのジョッキが高々と掲げられ、エールの泡が飛び散る。

 そこの隙間を縫うようにして、イーディスが右へ左へ注文の品を客へ運んでいた。


「・・・・・・出直した方がよさそうだ」

「懸命な判断だな、少年」


 流石にこの修羅場に、仕事を貰いに行く度胸はない。


「――おお、お前ら」


 ポンプから手を離し、ギードが僕らに振り返った。


「丁度良かった。お前らに仕事がある」

「店の手伝いだな。時給は?」

「銅貨三枚・・・・・・ではなく、正直そっちの仕事も手伝って欲しいが、冒険者としての仕事だ」

「この冬に殊勝な依頼主だね」


 前の客が広げた食器を片付け、アイノはカウンター席に着く。


「それで? その殊勝な依頼主様は何者かな?」

魔法大学院アカデメイアだ」

「ロアルド。君、ひょっとして首なし騎士デュラハンだとバレたんじゃないのかい?」

「マジか・・・・・・」


 アイノが〝少年〟呼びしない辺り、相当深刻だ。


 魔法学院アカデメイアは、神聖学院リュケイオン士官学院キュノサルゲスと並ぶ三大教育機関の一つだ。

 その名の通り魔法使いを養成する学校である。時には異端とも呼べる外法さえ研究対象にする為、〈銀の竜ミスリッド〉教や彼らの教育機関である神聖学院リュケイオンとは反目し合っている。

 パルカには魔法学院アカデメイア敷地キャンパスがあり、その為この街では教会の勢力は抑えられていた。


「魔法使いの学校、というのはだ。実体は狂魔法使いマッドメイガスの巣窟さ。西地区の魔物を駆除しないのも、連中が飼育しているからという噂もある。そんなアレな集団からお呼びが掛かるなんて、一体どういう事なんだい?」


 ギードに問うアイノの双眼は険しい。


「お前ならそう言うと思ったよ、軍曹」


 軽く肩を回し、ギードは深く息を吐いた。


「しかし、話ぐらいは聞いても良いんじゃあないか?」

「ふむ。それも道理だね」


 アイノが了承すると、ギードは咳払いを一つ。


「依頼してきた魔法学院アカデメイアは、パルカの敷地キャンパスだ。内容は構内の清掃。怪しげな実験に協力しろという代物ではない」

「清掃なら、学院の職員がいるんじゃあないのかい?」

「要は下水道掃除と同じだよ、少年」

「ああ・・・・・・」


 要するに、掃除という名の魔物駆除。


「下水道は精々ドブネズミや蟲程度だが、魔法学院アカデメイアの清掃だ。前回みたいな怪人や怪物がウジャウジャ出てくる危険性もある」

「流石に怪人は出てこないんじゃ・・・・・・」


 怪人のは、人間。

 幾ら狂魔法使いマッドメイガスの巣窟とはいえ、そこまでブッ飛んだ倫理観の逸脱は不可能だろう。


 それこそ、この街パルカが関わっていない限り。


「他の敷地キャンパスがどうかは知らないが、パルカの魔法学院アカデメイアは主に貴族の子弟が通っている。研究よりも教育に重点を置いているから、そこまでヤバいモノは出て来ないだろう」

「どうだか。魔法使いは、押し並べて信用出来ないからね」


 ギードに対し、アイノは不信感を顕わにした視線を向ける。

 事情が事情だから仕方がない。僕はアイノを慮りながらギードへ口を開く。


「じゃあ、駆除対象は一体何だい?」

「連中の話だと、魔法生物らしい」

「魔法生物・・・・・・」


 要するに、魔法で作られた人工生命体だ。

 代表的なのは、ホムンクルス。

 フラスコの中でしか生きられないが、純粋であるが故に世界の書庫アカシックレコードへ到達する事が出来る存在である。

 しかし知名度は高いが、実在するかは疑わしい。ホムンクルスだと思っている存在の大体は出来損ないの人工精霊で、連中の戯言を勝手に解釈し、この世界の真理を引き出せたとぬか喜びをする魔法使いが後を絶たないのが現状だ。


 この間僕らが対峙した、ハミルカルのように。


「メブスタとメクブダ・・・・・・そういやアイツら、何なんだろうな。魔法生物ではあると思うけれど」

「さてね。本人達の言から、ホムンクルスではなさそうだが。まあとにかく碌でもない存在に違いあるまい」

「そういった高等な存在ではないぞ。駆除対象はスライムや人工精霊といった下等な連中だ」

「スライム、あのネバネバの?」

「ホウ酸と洗濯糊で作るキッズに大人気のアレかい?」

「お前達のスライムに対する認識がよく分かった。まあ、その通りだ」


 嘆息し、ギードはメシャムパイプに煙草を詰める。


魔法学院アカデメイアでは学生の不始末等が原因で、定期的にスライムや人工精霊が沸くそうだ。お前達にはそいつを駆除して貰いたい。報酬は銀貨十枚だ」

「下水道掃除なんて回数で換算したら銅貨なのに、随分と羽振りが良いじゃあないか」

「それだけ厄介な相手という訳だよ、少年。もしくは前回のような裏があるか」

「その件は申し訳なかった」


 ギードは火皿に火を点し、僕らに詫びた。


「今回は裏はないが、少し厄介な事がある」

「ほら来た」

「絶対、何かあると思ったんだ」

「そう身構えるな」


 露骨に嫌な顔をする僕(見えない)とアイノに、ギードは紫煙を吹かして後頭部を掻く。


「厄介事とは、お前達に子守をして貰いたいという事だ」

「子守? いつから魔法学院アカデメイアは幼稚園になったのかね?」

「比喩表現だ。今回の掃除、学生が同行する。お前達には学生の護衛を頼みたい」


 二人揃って、嫌な顔が死んだ顔に変化する。


「ああ・・・・・・つまり、お貴族様のお子弟様のお接待・・・・・・」

「GM、リアルな一時帰宅を許可してもらえないだろうか。自宅から秘蔵のシゴロ賽を取ってくる」

「取ってくるな!」

「大丈夫さ、少年。使うのは、お貴族様関係だけだよ」

「それでもギルティッ!!」


 駄目、絶対。


「そこまで気負わなくて良い。魔法学院アカデメイアの学生だぞ? つまりは魔法使いだ。自分の身ぐらい、自分で守れる・・・・・・筈だ」

「最後の間が、怖いんだよ・・・・・・」

「つまり、銀貨十枚は子守料という訳か」

「そんなところだ」


 タンバーで火皿の葉を押し付けながら、ギードは肯定した。


「で、どうする? 受けるか否か」

「仕方がない、懐が寂しい身だ。僕は受けるよ」

「ワタシも受ける。正直魔法使いを守るのは気が進まないが、稼げる時に稼ぎたい質なんだ」

「なら、先方には伝えておこう」

「・・・・・・イーディス、君はどうするんだい?」


 僕は店の奥に居るイーディスに尋ねる。


「銀貨十枚でしょ? 受ける受ける」


 それより、と引き攣った顔を僕らに見せた。

 その細い両手には、堆く積み重なった食器の山。


給仕こっちの仕事も、手伝って欲しいんだけど」

「あ――――――」


 僕はギードの方を見る。


「時給、幾らだっけ?」

「銅貨三枚、だ」

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