龍一族 

さくらもち

第1話前編 龍の血と約束


1819年、中国で生まれた子供の名前は龍天明



真っ白な白髪に赤い瞳、まるで兎の様な色味の彼は、代々吸血鬼の純血一族、龍家に産まれた。



初代から龍の血を絶やさぬ様、守ってきた一族は、人や混血を嫌い、特に龍の血を持った吸血鬼が彼らと関わることを、とても嫌っていた。



龍家に産まれた天明は、本家ではなく分家に産まれたため、代々受け継がれる次期当主になる資格はなかった。


その為、本家の次期当主である3つ年上の従兄弟、王蓮とは違い、天明は教育や躾も彼に比べるとそこまで厳しいこともなく、割と自由に毎日を過ごしていた。



この時代は、まだまだ医療は進歩しておらず、吸血鬼にとって出産は命がけ。


特に、冬に出産となれば血を補給する動物の殆どが冬眠する為、出産の際に出血多量になり、それを補う血がたりず、枯渇し亡くなる者も…


その為、女性の出産は特に命に関わるため中々子孫を作ろうとしない


しかし、そんな中、産まれたのが天明だった

3人目子供が生まれた事に一族は喜んでいた


彼ら龍家は、山の頂点に屋城を作り一族だけで暮らし、特に街に降りることもない。


普段から、彼らは自分達で野菜を育て山にいる熊などを狩り生活しているから、街に行く必要も無い


この時代からすでに、血を飲まなければ生きていけない最古の吸血鬼とは違い、自分達で育てた鉄分豊富な作物だけで、十分に生きていけた。


ただ、冬だけはどうしても人や動物の血を飲まなければ、生きていけない


けれど冬は熊は冬眠してしまい、仕方なく鹿や猪などで血を補っていた



けれどそれは、動物が好きな天明にとってはこの季節は、1番嫌いだった


普段から熊などを狩るのは、まだ…生きていく為にしょうがないこと


それは頭では理解していたが、冬は特に節操がなくところ構わず生きている動物の血を集める彼らが嫌いだった。



小動物の血なんて飲めば、体の小さな動物は死んでしまう、あんなに小さな動物の命まで奪う必要はない。


どうせ、少ししか取れないにも関わらず、わざわざ手にかけるなど、可哀想だと思っていた


けれど、そう思っているのは自分だけの様でよく姉からは、「じゃあ死ぬしか無いね」と言われて会話は終了



姉の言葉もわかるが、やはり納得できなかった





そんな天明が10歳の頃、嫌いな冬の時期がまたやってきた


この時期は寒く、地面も雪一色になり歩くのも足がとられ地味に体力がいる。


この日もまた、動物の血は飲みたく無い!と家族と言い合いになり、家を飛び出し山へと走れば見覚えのある黒髪の少年が木の麓にしゃがみ込んでいた



何をしているのかと、こっそり背後へと近寄れば王蓮は血まみれのカラスをじっと眺めていた



「…王蓮!なにしてるの?!」



雪の上にぐったりと倒れている黒いカラスを視界に入れ、慌てて彼の名を呼ぶが、王蓮は天明の呼びかけに特に動じることもなく一言、静かにしろ。とだけ返事をすると、まだかろうじて息があるカラスの傷口へと自身の手を刃物で裂き、血を垂らした




ぽたぽたと、鮮やかな色をした血液をカラスの怪我口へと垂らせば、しゅうぅぅと音を立て傷口がみるみるうちに戻っていく



カラスの呼吸も落ちつき、暫くすると嘘の様に起き上がりこちらを真っ黒な眼で、じっと見つめてくる


暫くカラスは王蓮と天明を眺めたかと思えば、バサバサと音を立ててその場を飛び去って行った



「怪我、治してたの?」


「…誰にも言うなよ」


いつもは、冷徹な王蓮がまさかあの鳥の傷を癒やし助けているなんて思いもしなかった


ましてや、龍だけの特別な血をカラスに使っていたなんて他に知られたら大変だ


しかし王蓮は、黙ってろと言うだけで特に慌てた様子は無く、きっと天明が誰かに言いふらす様な性格では無い事を知っているのだろう



「言わないよ!…でも、びっくりしたよ。王蓮って、動物に優しいんだね」


「別に…カラスだったから助けただけ」


「へぇ〜…カラス好きなの?僕はね〜兎が好きなんだ」


「あっそ…」



王蓮が動物に優しい事を知った天明は、それはもう嬉しくなり、自分も動物が好きだと笑顔で言えば、王蓮は照れくさいのか一言だけ返し屋敷の方へと足を動かした


その後ろ姿を追いながら、天明はめげる事なく僕も動物が好きなんだよと言い続けた


この日から、天明は王蓮の元へと行き共に過ごす時間が多くなった






「最近あんた…よく王蓮といるけど、いつからそんなに仲良くなったの?」



王蓮と同い年の姉、明凛は赤い瞳をこちらへと向けると、不思議そうに天明に首を傾げた


「いつから?…雪で遊んでたら仲良くなったよ」


「へぇ…今まで、あんなに話してなかったのに?」


「うん?あんまり話す機会がなかっただけだから」



本当に多忙な王蓮とは、話す時間が無かっただけ。


次期当主が決まっている王蓮は、毎日龍家についての勉学や剣術を習う彼は、会っても挨拶だけで話す暇もない。



「ふーん、まぁいいけど」



やけに明凛は、王蓮と仲良くしている天明が気になるのだろう。


納得がいかない表情を浮かべながら、天明と同じ長い白髪を櫛で解いていた



「姉さんも遊びたいの?」



ふと、思った事を口にすれば明凛は顔を真っ赤に染め上げ、大きな声で違う!と否定する


しかし、どう見ても明凛も遊びたい様に見えるのは気のせいだろうか。

 


「バカなこと言わないでよ!」



何言ってるの?と全否定され、天明は姉の気持ちが更に分からなくなった。


とりあえず、そっかと返し布団の中へと潜り寝る事にした。


隣で未だに、ぶつぶつ言っている明凛は無視し、天明はそっと瞼を閉じた







それから50年がたったある日、話があると言われ突然、王蓮に聞かされたのはここを明日出て行くと。



「え?…なんていった?」


「だから、俺は明日ここを出る」


「なんでここを出るの?」


「俺は…当主に向いてないし、一族の方針も気に入らない」


「それを言ったら、僕だってそうだよ」


「なら…俺と一緒に行く?」



王蓮が、こうやって抜けると言い出すのは彼と過ごしているうちになんとなく分かっていた


もうすぐ、姉の明凛との結婚もあり正式に当主として代も変わる


王蓮が最近ここに嫌気がさしている様子は側に居たから良くわかる


血を絶やさず、濃ゆい血を保ちたい一族は、近親婚を行なっており、王蓮の嫁は生まれた時から天明の姉、明凛だと既に決まっていた。


しかし、王蓮は表立っては否定しないが、天明にはよく、嫌だとぼやいていた


明凛は、その反対で王蓮に好意があるのかよく王蓮の好みを天明に聞き、贈り物をしていた


2人の板挟みになっていた天明は面倒な立ち位置に立たされていたのだ



「姉さんとの結婚は、どうするの?」


「結婚はしない」


「まぁ…そうだよね」


「で…お前は、行かないの?」


古臭い決まりごとに縛られ、王蓮は特にきつい思いをしてきたのは、よくわかる


出ていくと決意するまで、きっと沢山悩んだだろう


本音を言えば、王蓮と共に天明もここを出ていきたい


しかし、流石に家族を残しここを出る勇気は天明には無かった



王蓮は父、陽炎と方針が合わず、ここを出たいとすでに決めており、意思を固めた王蓮と違い天明はすぐには答えは出せなかった



「僕は…」


「お前が行かなくても俺は行くよ。…でも俺が出れば、親父はお前を当主に上げる…それだけは覚悟して」



王蓮の言葉に、目を開いて驚くも天明はふぅと息を吐き、心を落ち着かせた


確かにそうだ、王蓮がここを出るということは次にここを継ぐのは同じ血を持ち、まだ若き天明


王蓮が居なくなれば、陽炎が必死になって天明を後に継がせるだろう事を分かっているのだろう


だからこそ、その負担を減らす為にこうやって一緒に抜けようと声をかけてくれている


誰よりも王蓮が優しい事を知っている天明は、もう一度考えると、王蓮をまっすぐに見つめた 



「王蓮は優しいから、負担にならない様に言ってくれてるのは分かる…でも、僕今はまだ、王蓮についていけない」


「…」


「でも、勘違いしないで!僕はね、王蓮が大好きだから、僕が当主になって……ここを変えたら、必ず王蓮に会いにいく」


「…でもお前さ、遊んでばっかだったけどなれんの?」


「ふふ、僕はねぇ…確かにずっと遊んでたけど、王蓮の側で色々見てたから、なんでもできるよ」



「へぇ〜?…じゃあ、強くなれ。親父より強くなって、早く俺に会いに来て」



赤い瞳を真っ直ぐに向け天明へと拳を向けた

差し出された拳に向け天明も拳を合わせると2人でまた再会する約束を誓い合った





王蓮と会話をしたのは、これが最後になった。



次の日には姿を消した王蓮に、龍家は慌てふためいていたのを、天明は落ち着いた様子で見ていた。


王蓮が居なくなり、悲しみに暮れる姉には、流石に胸が痛くなったが、親戚一同を集めた場で、怒り狂う当主の姿はそれはもう恐ろしかった。


「あいつを見つけたら何としてでも連れ戻せ!」



抵抗するなら、あいつの手足を切り落としてでもと言い出す王蓮の父、陽炎にはその場に居た者全てを凍りつかせたが、誰も陽炎には逆らえない



天明も明凛も実の息子にそこまでするのかと流石に驚いたが、この場では渋々頷くことしか選択肢はなかった




結局、あれから1年がったけれど誰も王蓮を捕まえる事はできなかった。


武術に優れた王蓮は強く、連れ戻そうとしても返り討ちに合い、結局王蓮には誰も敵わなかった。


流石に20年が経った頃にやっと陽炎は王蓮を連れ戻す事を諦めた


次期当主は王蓮から天明へと譲る形へと決定され天明は必死で勉強をし、武術に力を入れた



勉学には多少手こずってはいたが、天明は剣術や武術のセンスがあり、極めるうちにどんどん上達していった。


陽炎も今年で490歳、吸血鬼の寿命は大体500歳まで、もうあまり自分の命が長くない事を悟ると、陽炎は早めに天明へと代を移す事に専念した


天明は、王蓮と違い、結婚相手がいないため無理に婚姻を決められる事はなかったが、どうしても一族の人間や動物を見下す考え方は、やはり好きになれなかった。



なぜ、こうも天明だけは人間に嫌悪感がないのか、それは理由がある。


天明は良く山へと出歩く事が多く、たまたま人間の少年を見かけたことがきっかけだった


犬を連れ、この広い山を駆け巡り楽しそうに遊ぶ少年の姿は、それはそれは生き生きとしており、純粋に楽しそうな彼らに目を惹かれた


一族は皆、自分達以外の生き物は全て虫同然


自分達こそが、神に近く選ばれし者

それ以外の生き物はすべて醜く、下等な生き物だから、決して関わるなと良く言われていた。


しかし、そんな考えを持つ龍家とは違い

目の前の少年は、動物と仲良く過ごしておりその光景はとても美しかった


動物は家畜、人は家畜こんな考えを持つ他の一族よりも、彼らの方がよほど素晴らしいと思えた



その日から、山に行く度に何度も見かける少年を見るのが天明の唯一の楽しみになり、よく王蓮と共に彼らを遠くから眺めていた。


けれど、いつからだろうか?


突然、少年を見かけなくなった


彼らを眺める事が楽しみになっていた天明は、何度も王蓮に残念だとぼやいていたからよく覚えている






「天明、お前は次期当主になるから知っておいた方がいい」



そう言われ、連れてこられたのは龍家の地下牢


薄暗く、肌寒い地下へと連れられて降りれば、中はカビ臭く、肌寒かった。


地下には牢屋があり、その中には数人の人間がいた


鉄の鎖で片足を固定され、ずるずると引きずる重たい鉄、彼らは檻の中へ閉じ込められており、天明を怯えた表情で見ていた。


叫びすぎたのか、掠れた声で助けてくれと叫ぶ彼らの姿を目の当たりにした天明は、眉間に皺を寄せた


「お前はこれを見てどう思う?」


「…どう、思うとは?」



ふと、陽炎が天明の真意を探ろうとしているのが分かった。


ここで本音を語れば天明は最悪な気分だと言いたかったが、それは言ってはいけない事ぐらいは、理解している。



「こいつらは、人間だ。冬には作物が不足して動物も大半が冬眠する、その間を補うのがこいつらの血だ」


お前も当主になるのなら、ここを管理しなければならない…できるか?


これを見てもな尚、お前は当主になる覚悟があるかと陽炎に問われている気がして、もう一度檻の中に視線を向けた。


すると、その中に1人良く見慣れた顔の青年がいた。


何年か前に、王蓮と山で見かけた少年とよく似た顔の青年は、今やもう成人していた


身なりはあの時とは違い、穴の空いたボロボロの衣服を身につけており、あの頃の幸せそうな表情は一切残っておらず、ただ怯えた表情でこちらを見つめていた



目には覇気はなく、あの時とは真逆な青年を見て天明は、更に眉間に濃く皺を寄せると、陽炎には気づかれない様に、グッと拳を握りしめた。



「なんだ?お前もあの人間と知り合いか?」



天明の視線の先にいる男を確認するや否や、陽炎はお前も知り合いなのかと口に出す、しかし

 


『お前も』、とはどう言う意味だろうか



陽炎の言い方には、自分以外の誰かの事を言っている様に聞こえ、陽炎へと視線を向き聞き返せば



「王蓮も、あれを見て驚いた表情をしていたな…なんだ?お前もあいつと同じで、こいつらを逃がそうなどと、馬鹿な事を考えていないか?」



陽炎が言っていたのは、王蓮のことで天明はここでようやく全てを理解した。


きっと、王蓮は、地下牢に閉じ込められた人間達を知り、更にあの青年を見た


優しい王蓮は、この光景に納得がいかず彼らを逃がしたのかもしれない。


けれど、陽炎の話では脱走した彼らをすぐに見つけるとまた牢屋へと閉じ込め、次は2度と逃げ出せない様、監視もつけ厳重に見張りをつけているのだと


それほどまで、この人間達が必要なのだろう

陽炎が人間の血を欲しがる理由は同じ吸血鬼の天明にもよく理解はできる


しかし、王蓮と同じく陽炎のやり方は気に入らない…きっと王蓮もそう思ったのだろう


この光景を見れば、王蓮が彼らを助けようした理由も良く分かる


本来ならば天明も王蓮と同じ事をするはずだ

けれど、それは今ではない


今、全てを無駄に終わらせてはこれまで努力して耐えてきた事が無駄になる


この湧き出る怒りを抑え、天明は精一杯の笑顔を作った



「いいえ、知りません、……やけに、汚いと思っただけです」



ここまで来たのだから、決して自分の思いを陽炎に見透かされてはならない。


もう少しで、ここの当主になるのだから


間違った考えを変える為には、今はここを乗り越えるべきだと判断して、柄にもなく初めて作り笑いを浮かべた。



天明の笑みを見た陽炎は、一瞬だけだが眉を動かし怪しんでいたが、一言「そうか」とだけ残し戻るぞと階段を登っていった。


その後をゆっくりと追いかける天明は、もう一度檻の中にいる人間に視線を移した


檻の中に佇むボロボロの破れた衣服の青年や、ガリガリの痩せ細った女性、男女それぞれ同じ檻に閉じ込められている光景はあまりに酷く、これを当たり前だと思っている陽炎の考えは残酷だ


いくら、一族の為だとしても彼らにも人生がある


吸血鬼よりも、寿命も少ないのにも関わらずこんな薄暗く汚れた地下で、命が尽きるまでここで過ごすなんて、考えるだけで天明は胸が痛くなった



「僕が、変えるから」



そう、小さな声で呟き先に登る陽炎の後を追った


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