第4話 天使の口づけ

 ――戸神本町駅 北口 バスターミナル


 オレは香織ちゃんを送ろうとバス乗り場までやって来た。

 随分と時間も遅いため、バスターミナルは閑散としている。

 バスはまだ来ていない。


「ワンさん……」

「ん?」

太一たいちさんっていうんですね」

「オレの本名な」

「太一さん、って呼んでもいいですか?」


 その一言に思わず赤面するオレ。

 香織ちゃんも真っ赤だ。


「あ、あぁ、別に、いいよ……」

「やったぁ!」


 まぁ、こんなことで喜んでくれるなら安いもんだ。


「太一さん、お兄さんのこと……」

「あぁ、本当の話でね……兄貴が死んだ後、母は抜け殻のようになってたよ……父が母を支えようと頑張ってくれたから、家族としては何とか持ちこたえたけど……母はまだ薬が無ければ眠れない有り様だ」

「そうなんですか……」

「香織ちゃんの話を聞いて、そんなオレの家族の姿とダブってね」


 話を聞いて、寂しげに落ち込む香織ちゃん。

 オレは彼女の顔を笑顔で覗き込んだ。


「香織ちゃん、ちゃんとお母さんと話をしてね」

「はい」

「人生、どう生きたって失敗して、挫折して、後悔することがたくさんある。お母さんだって同じだったと思う。だから、そんな経験をたくさんしてきた人生の先輩であるお母さんからたくさんアドバイスをもらって、香織ちゃん自身が自分の進む道を決めるんだ。悩む時間はまだたくさんあるし、慌てないでいいからね」

「太一さん、本当にありがとうございました」


 深く頭を下げた香織ちゃんは、顔を上げてオレに抱きついてきた。


「……太一さん、最初の私の望みを叶えてはもらえませんか……?」


 オレはそんな彼女を優しく抱きしめ返した。


「大人になったらな。その時に再検討だな」


 香織ちゃんは残念そうな表情を浮かべてうなだれた。

 そして、もう一度顔を上げる。


「じゃあ、太一さん。私の最後の望みです」

「なんだい?」

「目をつぶってください……」

「目を?」


 真剣な面持ちでうなずく香織ちゃん。

 オレは素直に目をつぶった。

 何だろう、いきなりキスとかされないよな……


 オレの頭を何かが優しく抱えた。

 そして、オレのまぶたに暖かくて柔らかい何かが優しく触れる。

 しばらく触れたまま、ゆっくりとそれは離れていった。


 目を開けると、目の前に香織ちゃんの顔があった。

 バス乗り場のベンチに登っていたのだ。


「口じゃなければいいですよね」


 イタズラな笑顔で、ペロッと舌を出した香織ちゃん。


「またライブを観に来ますね」


 ベンチからぴょんと降りると、いつ来たのかバスに乗り込んだ。

 座席に座った香織ちゃんと手を振り合うオレ。

 そして、香織ちゃんを乗せたバスは走り去っていった。


「……香織ちゃん、ガンバレ……!」



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