彼の正体

 案内された貴賓室で、俺はただ茫然とベッドに転がりながら天井を眺めていた。

 何も考えられなかった。考えたくなかった。

 今までは少なからず、誰かのために頑張っているという気持ちがあったから頑張れた。

 それが全ての元凶は自分でした、などと言われたら。いったい俺は、なんのために。

 じわりと涙が滲んで、俺は両腕で隠すように顔を覆った。硬い感触がして、腕を見る。

 きらりと光る、蒼い腕輪。ラウルと揃いの、転移用の魔法具だ。

 魔王城まで同行してきたラウルたちには、ダリアンの部下に伝言を頼んで帰ってもらった。俺が直接話した方がいいのは重々承知していたが、ひどい顔をしている自覚があったし、とてもまともに話せるとは思わなかった。

 心配してるだろうな、と腕輪を眺めていると。

 急に腕輪が光りだし、次いで魔法陣が展開した。


「えっ!?」


 まさか無意識に発動させてしまったのか、と慌てて身を起こしたが、浮遊感はこなかった。

 代わりに、ラウルが姿を現した。


「ラウル……!?」


 俺が口を開けたまま見ていると、ラウルが吹き出した。


「驚きすぎでしょ。なんて顔してんですか」

「だ、な、なんで」

「転移は双方向だって、忘れてたんですか」


 そうだった。使われたことは一度もなかったが、そういえばラウルから俺の方に来ることもできるんだった。

 魔法陣が展開する前に腕輪が光ったのは、これから転移してくるって合図なのか。受け手になったことがなかったからわからなかった。


「事情は後で聞きます。とにかく、帰りますよ」

「っい、嫌だ!」

「……ハルト様?」


 俺の腕を引いたラウルの手を振り払って、俺は壁際まで下がった。


「俺は帰らない。ここにいる」

「……何言ってんですか、あんた」

「いいから! 放っといてくれ!」


 自分でもヒステリックになっているのがわかっていた。それでも、止まらない。


「あんた、ちゃんと帰るってカイン殿下と約束したんじゃないんですか」

「そのカインに会わせる顔がねぇよ! あんなに……っ、あんなに、俺のこと、気にしてくれたのに。その俺が、元凶だったなんて」

「はぁ?」

「全部俺のせいだったんだ! ダリアンが呪いをかけたのも、聖女を召喚するはめになったのも、全部!」

「ハルト様、落ち着いて」


 ラウルが俺に近づこうとするので、反射で手を振り回した。

 暴れる俺を押さえようと、ラウルは手を掴んで壁に押さえた。


「ハルト様、ちゃんと話は聞きますから! 今は」

「放せよ! 俺は帰らない!」

「ッハルト!」


 時間が、止まった。


「……落ち着きましたか」


 ぽかんとしたまま言葉も出ない俺を見て、ラウルは勝手に納得していた。


「落ち着きましたね。じゃ、帰りますよ」


 ひょいと横抱きにされて、やっと意識が戻ってきた。


「……おまっ! 今! キ、は!? は!?!?」

「はいはい、文句は後で聞きますから」


 言いながら、ラウルは行儀悪く足で窓を蹴破った。


「おい、待て。知ってるか、ここは窓でドアじゃない」

「知ってますよ。ドアから出られるわけないでしょう。魔族と鉢合わせるじゃないですか」

「嘘だろ、ここ何階だと思って」

「だーいじょうぶですって。オレ、こう見えてもちょっとは魔法使えるんですよ」

「は? 初耳なんだけど」

「まぁコントロールは怪しいので、オレから絶対手を放さないでくださいね」

「待て、ちょっと心の準備を、っどわーーーー!?」


 俺を抱えたまま、ラウルが窓から飛んだ。地面がどんどん近づいてくる。

 必死にラウルにしがみついていると、ラウルの両足の下に、それぞれ魔法陣が展開した。

 着地の寸前、ふわりと風の抵抗があって、地面へ激突することはなかった。

 ラウルに降ろしてもらって、無事に両足で地面を踏みしめた俺は、生きていることに感謝した。


「死ぬかと思った……」

「オレがいるのに死なせませんよ。それより、早いとこ行きますよ。少し離れたところに馬車を待機させてるんで」

「……けど」

「駄々こねるなら抱えていきますが」

「自分で歩きます」


 答えたところで、上の方、俺のいた貴賓室から声が聞こえた。もういなくなったことがバレたようだ。

 騒ぎになったら逃げられるだろうか、と思っていると。


「ここはお任せください、隊長」

「我らが足止めしておきます」

「おわっ!?」


(どっから出てきたのこの人たち!?)


 黒い装束に身を包んだ人たちが数人、どこからともなく現れた。


「ああ、頼んだ。走れますか、ハルト様」

「え、お、おう」


 ラウルに手を引かれて、俺はよろめきながらも走り出した。


「な、なぁ。さっきの黒い人たち、なに?」

「気にしないでください」

「気になるわ! 隊長ってなに!? どゆこと!?」

「あー……まぁ、部下です」

「部下ぁ!?」


 驚きに声を上げた。だって雑用とか世話係とか言ってたじゃん! 下っ端じゃなかったの!?

 俺は常々思っていた疑問を、大声でぶつけた。

 

「結局、ラウルって、何者なんだよ!」


 走りながら器用に頭をかいて、観念したようにラウルは口を開いた。


「オレはカイン殿下直属の隠密部隊隊長です」

「隠密部隊!? 隊長!?」

「聖女の側近に本物の雑用つけるわけないでしょう。本当なら女性の部下をつける予定だったんですけど、ハルト様が男だったんで、オレが担当することになったんですよ」

「なんと……。え、じゃ、部下さんたちも俺のことはご存じで……?」

「普通に考えて、四六時中オレだけが見張ってるわけにいかないでしょう。部下に交代で張らせてたんですよ」


 なんか色々納得した。それにしても。


(全然脇役じゃねぇじゃん!!)


 隠密部隊とかかっけぇ。メインキャラだろそれ。もしくは隠しルートの攻略対象。勝手に感じていたモブっぽい親近感が一気に失せた。くそう。


「だからちゅーとかかませるのか……」

「何か言いました?」

「なんでもないですー!」


 口を塞ぐのに口を使っていいのはスパダリのみである。

 嘘。令和では恋人にしか許されない。絶許。


(ファーストキスだったのに!!)


 口に出したら絶対に馬鹿にされるから言わないが。

 どうしてくれるんだ。こんなの忘れられない思い出にランクイン間違いなしだろ。良い悪いは別にして。

 文句は山ほど言いたいが、あれで悩みが吹っ飛んだのは事実だ。今もまだぐるぐると考えることはあるが、それを上回る衝撃のせいで思考がそっちに占められている。

 仕方ないじゃん、健全な男子高校生だもん! それなりに色々夢見てたんだもん!

 とはいえショック療法は成功だ。

 走ったことで更に頭はクリアになり、馬車に辿り着く頃には、俺は待たせていた人たちに謝罪して、大人しく馬車に乗り込める程度には落ち着きを取り戻していた。

 そのまま馬車に揺られ、俺はマベルデ王城へと帰還した。




「ハルト!」


 城につくなり、カインに思い切り抱きしめられた。


「無事で良かった……!」

「カイン……。ごめん、俺……」


 まごつく俺に、カインは穏やかに微笑んだ。


「今日はもう遅い。ゆっくり休んで、話は明日落ち着いてからにしよう」

「うん……ありがとう」


 力無い俺の笑みに、カインは元気づけるように肩を叩いた。

 俺は約束を破るところだったのに。カインの優しさに、ますます申し訳なさが募った。


 部屋まではラウルに送ってもらい、そのままドアの前で別れようとしたが。


「………………」

「………………」


 俺の無言の抵抗に、ラウルは吹き出して、自分の服を握る手を取った。


「朝までいましょうか」

「どうせいつもいるんじゃねーの」

「いつもじゃないですよ。それに姿見せてないでしょ」

「いるなら見えるとこにいろよ」


 素直に一人になりたくない、とは言えない俺に、ラウルは苦笑しながら部屋に入り、ドアを閉めた。

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