衝撃の事実

 □■□


「そんなわけで来ました」

「そうか、よく来たな」


 にこにこと俺を出迎えるダリアンに、俺は苦笑した。

 これだもんなぁ。いまいち憎めない。

 

「ハルトの好きな菓子を用意してある。ゆっくりしていけ」

「おう。ありがとな」


 さすがにもう膝に乗せられるようなことはない。断固拒否の構えである。

 応接室のソファに腰掛けてもりもりと菓子を頬張る俺を、ダリアンはハムスターでも見るかのような目で見ている。視線がうるせぇ。

 ダリアンからたまに振られる質問に答えつつ、十分に糖分を補給してから、俺は隣に座るダリアンを見上げた。


「あのさ。今日はちょっと真面目な話をしたくて」

「うん?」

「俺、色んな人に心配かけてここに来てるから。ダリアンと話すの嫌いじゃないけど、そろそろ成果っていうか。進捗報告できるようにしたくてさ」

「……そうか」


 すう、とダリアンの目が細められた。俺も息を呑む。

 いくらダリアンが俺に甘いとはいえ、機嫌を損ねたらどうなるかわからない。

 けど、いつまでも核心を避けているわけにもいかないから。


「ダリアンがマベルデ王国の女性に呪いをかけてるのって、何のためだ?」

「俺は女が嫌いだからな。世界には男だけでいいと思っている」

「俺もそう聞いてたよ。でもそれ、ちょっとおかしいよな」

「……何故だ?」

「前に聞いた時さ、ダリアンは女が自分に寄ってくるのがうっとうしい、みたいなこと言ってたじゃん。それだけが理由じゃないかもしれないけど。でもその理屈でいくとさ、真っ先に性別を変えたいのは、自分の周りにいる……魔族の女性、だよな? けどこの魔王城には女性の魔族がいる。ダリアンに近い部下は皆男だけどさ……それでも、変だろ。マベルデ王国の女性なんて、わざわざ行かなきゃ会わないのに。なんで自国の女性を全部男に変える前に、マベルデ王国に手を出したんだ?」


 俺の問いに、ダリアンは笑みを深めた。


「どう思う?」

「……女を男にすることが目的なんじゃなくて、マベルデ王国に手を出すことに意味があった」

「存外ハルトは賢いな」


 馬鹿にしやがって。俺は心の中で舌打ちした。

 正解とも不正解とも言われていないが、まだ情報が不足している。


「前にエアルの話をした時、ダリアンは俺のことをこの世界に呼んだ、って言ってたよな。けど、俺を召喚したのはマベルデ王国のはずだ。あの召喚に、ダリアンは関与してたのか」

「そうだ」

「エアルの魂を見つけたのは、それより前だよな」

「そうだな」

「ダリアンは、召喚魔法は使えないのか」

「異世界召喚はマベルデの秘術だ。その方法は、俺にもわからない」


 心臓の音がどんどんうるさくなっていく。

 この先は、もしかしたら聞かない方が俺のためなのかもしれない。

 でも。逃げるわけにも、いかない。


「俺をこの世界に召喚するために、マベルデ王国に手を出したのか」


 睨みつけた俺に、ダリアンは手を叩いた。


「正解だ」


 俺はダリアンの胸倉を掴み上げていた。

 頭に血が上って、冷静に物事を考えられなかった。

 なんで。なんで!


「優秀な推理に、解説を加えてやろう」


 俺に掴まれたまま、ダリアンは平然と話し出した。


「エアルの魂が再び生まれ落ちた時、俺はすぐにその存在に気づいた。けれど生まれたばかりの命は脆弱だ。召喚に耐えられない。だから俺は成長を待った。神の手を離れる七つを超えて、俺はエアルを召喚させるための方法を考えた。昔と同じように、世界を混乱に陥れて勇者を召喚させても良かったが。それはエアルとの約束に反する。エアルは人間と魔族の共存を望んでいた。だから人間に危害を加えず、それでも召喚が必要なのだと思わせる必要があった。そこで性別転換の呪いを選んだ。俺が女嫌いであることは、マベルデ王国にも知られていたしな。理由付けが楽だったし、解呪をするには異世界の聖女を召喚するしかない」


 七つを超えて。俺が七歳の時。つまり、十年前。

 ミシェルから聞いた、呪いが始まった時期と合致する。不自然だと思っていた。俺の年齢に合わせていたのか。


「召喚そのものは俺には行えないが、少し介入するくらいならできる。聖女の適性が最も高い者から、ハルトに対象を移した。エアルの魂を持つハルトには、勇者の適正だけでなく、聖女の適正もある程度備わっている。奴らも疑わなかっただろう?」

「……全部、お前が仕組んだことだったのか」

「エアルとの約束を果たしただけだ」

「ふざっけんな! 前世の人間との約束なんか、俺に関係あるかよ!」

「そうだな。だがハルトに会うまでは、俺にはエアルが全てだった」

「ならもう目的は果たしただろ! 望み通り召喚は行われて、俺はここにいるんだから。全員の呪いを解けよ!」

「それはできない」

「はぁ!?」


 胸倉を掴んでいた手を引かれて、俺はダリアンの胸に飛び込むはめになった。

 ダリアンの手が、俺の顎を掴んで上向かせる。


「言ったはずだ。ハルトが俺の花嫁になるなら、全ての人間の呪いを解く、と」


 俺は目を瞠った。それは、最初に提示された契約。

 ダリアンはふざけているようには見えなかった。どうして、今更。


「それは断ったはずだ」

「そうだな。ハルトは断ったが、俺は条件を変えた覚えはない」

「っなんでだよ。俺はエアルじゃないって、言っただろ」

「関係ない。エアルではない、俺はハルトが欲しい」


 動揺する俺に、ダリアンは笑みを深めた。


「今なら違う答えが聞けそうだな。どうする?」


 ずっと、俺は巻き込まれたのだと思っていた。

 あの日、本当の聖女を助けようとしたから。間違って、俺が召喚されたのだと。

 たまたま俺が聖女の力を使えたから、それなら多少は協力しようと。

 呪いを受けた人たちをかわいそうだと思ったし、俺にできるなら助けたいと思った。

 でもそれは、善意の協力のつもりだった。本当は関係ない、という意識がどこかにあった。

 違った。逆だ。巻き込まれたのは、周囲の方だ。

 俺を召喚するために、あの女子高生は事故に遭いかけた。

 俺を召喚するために、マベルデ王国の人たちは十年も呪いに耐えてきた。

 俺のせいで。今も、誰も彼もが振り回されている。


「……俺は」


 ここに残るべきだろうか。俺がダリアンのものになれば、全てが解決する。

 この騒動は全て、ダリアンが俺を手に入れるために起こったことだ。俺が全ての中心にいる。

 突きつけられた事実に、判断が鈍る。

 だって、どうしろってんだよ。俺、ただの高校生だぞ。


「顔色が悪い。今すぐ決断せずとも、ひとまず今日は泊まっていけ」


 優しい声色に、俺は緩慢な動作で頷いた。

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