例え君がどこにいても、どんな姿であっても

 途中の休憩所で、俺はラウルに声をかけた。

 これが友達との喧嘩だったら一日置いて頭を冷やすところだが、ラウルの場合はそうはいかない。

 ラウルの上司は俺じゃない。カインだ。このまま黙っていると、多分今日のことは重大事項みたいに伝わって、下手すると俺はもうダリアンのところへ行けなくなる。それは困る。こんな中途半端な状態で交流をやめるわけにはいかない。

 あとダリアンの場合、俺が行かなくなったらマベルデ王国に乗り込んでくると思う。想像だけど多分十割方当たっている。

 しかし声はかけたが、いざとなると切り出し方が難しい。何でもない、という言葉は火に油を注ぐだけだろう。どう説明したものか、と口をもごもごさせていると。


「あんた、そんなのつけてましたっけ」

「へ?」

「襟」


 さすがラウル、目ざとい。先ほど馬車の中でつけたピアスに気づいたようだ。

 これは好機。このまま話を繋げて、さりげなく起こったことを伝えよう。


「これダリアンに貰ってさー」

「は?」


 びしっと空気に亀裂が入った。何故。まだ名前を出しただけなのに。

 いかん、このままだと魔王の名前が言ってはいけないあの人みたいになってしまう。

 既に若干そんな感じあるけど。俺も魔王って言ったりダリアンって言ったり忙しい。相手に合わせるようにしてるけど、正直混ざってる。ラウルとは名前でいいと思ってたんだけどな、地雷か?

 

「ああああのな! これ、ほら! 腕輪と同じ転移魔法用の魔石で! これ使えば往路短縮できるって! 厚意で!」

「は? ちょっと、なんでそんなもんほいほい貰ってんですか。捨てなさい」

「え? なんで? 便利じゃん」

「鳥頭なんですか。使い方の説明聞いてたでしょ」

「ええ? なんだよ。やっぱ人数制限ある? けど俺が馬車移動で疲れてるからって気にしてくれたんだぞ」

「アホですか。転移は一方通行じゃなくて、双方向なんですよ。魔王がいつでもあんたのところに来れるってことです」

「あ」


(しまったーー!)

 

 完全にその視点は抜けていた。普通に便利アイテムやったーと思ってたよ。

 青い顔をした俺に、ラウルはこれ見よがしに深々と溜息を吐いた。


「ほら渡してください。処分しますから」

「それは嫌だ!」


 身を引いた俺に、ラウルは眉を吊り上げた。

 お、怒っても怖くねーかんな!

 嘘! 怖いけど、それは無理!


「機能的にはそうかもしんないけどさ。人が厚意でくれたプレゼントを捨てるとか、俺はしたくない」

「厚意かどうかは」

「それにダリアンなら、魔石に頼らなくったって、自分の転移魔法ですぐ来れるだろ。前にも城下町から魔王城まで一気だったしさ。それをしてないってことは、自分の立場はちゃんとわかってるんだろ。そういう意味では信用しろよ。今までちゃんと国のトップをやってきた奴なんだろ」

「……転移の座標が『人』なのか『場所』なのかってのは、結構大きな問題なんですけどね……」


 呆れたようにしながらも、無理やり奪う気はないらしい。

 引いた素振りのラウルに、俺はほっと息を吐いた。


「ところで、それピアスでしょ。なんで服に刺してるんですか」

「あ、俺ピアスホール開けてないから。それでダリアンが、俺の耳に穴開けようとしてさ。それにびびって、思わず、転移を……」


 もごもごと口の中で言いながらラウルを窺うと、目を丸くして俺を見ていた。

 うっ、その程度で、と呆れているのだろうか。居たたまれない。


「いや、そりゃな、耳に穴開けるくらいでとはな、俺も思うよ。けどさぁ! 自分よりでかい男が針持って迫ってくんの、怖くない!? 怖いだろ! 絵面が! 俺が特別びびりなんじゃない!」


 精いっぱい主張する俺を宥めるように、ラウルは俺の背に手を回してさすった。


「そうですね、そりゃ怖かったでしょう。逃げて正解です」

「ラウル~……!」


 泣きつく俺をあやすラウル。さすが兄ちゃん。


「魔王性癖歪んでんな……」


 ぽつりと呟かれた言葉は、聞かなかったことにした。



 

 再び馬車に揺られ、マベルデ王城に到着すると、俺は大きく伸びをした。

 やっぱ馬車疲れるな。転移で行けたら楽なんだけど、それはまた今度相談しよう。

 それより、と俺はラウルを振り返った。


「カインには今日のこと言うなよ!」

「今日のこと、とは」

「とぼけんな。わかるだろ! あいつ無駄に深読みして心配するから。適当にごまかしといてくれよ」

「善処します」


 肩をすくめたラウルに、俺は歯噛みしつつも、そのまま部屋に戻った。

 ラウルも仕事だしな。あんまり強制力のあることは言えない。

 すっかり疲弊していた俺は、部屋につくなりベッドに飛び込んで、泥のように眠った。


 □■□


 湖が見えた。

 知らない景色だったから、俺はすぐにそれが夢なんだとわかった。

 きらきらと輝く水面みなもは、時折魚が跳ねて波紋が浮かぶ。木々の緑は鮮やかで、爽やかな風が葉を揺らしている。空は雲一つない晴天で、高く舞う鳥の姿が見えた。

 美しい景色だった。それにぼうっと見惚れていると、木陰にいた人物が俺に声をかけた。


「エアル」


 はその声にふわりと微笑んだ。

 ――違う。

 俺はじゃない。どうやら、この夢の中の人物――エアルと呼ばれた人物の視点で、この景色を見ているようだった。

 俺の視界がエアルのものだから、エアルの容貌はわからない。ただ、穏やかな景色に似合わない剣を携えていることだけはわかった。

 そしてエアルに声をかけた人物は。

 ――ダリアン?


「本当に行くのか」

「うん。僕はそのために来たからね」

「……お前がやらずとも、俺が」

「君がやっては意味がないよ。勇者が魔王を倒すことに意味があるんだ」


 エアルの言葉に、ダリアンは辛そうに顔を歪めた。

 その表情を見て、エアルは苦笑した。


「そんな顔をしないでくれよ。僕の実力は知っているだろう。君の魔力に唯一対抗できた人間だ、って言ったのは君じゃないか」

「それはそうだが」


 納得いかない様子のダリアンに背を向けて、エアルは湖に向かった。

 足元の石を一つ拾い上げて、水面を切るように石を投げる。

 石は何度か湖面を跳ねて、やがて沈んだ。


「僕のいた世界にはね、輪廻転生という考え方があるんだ」


 湖を見つめたまま、エアルが口にする。ダリアンはそれを黙って聞いていた。


「生まれ変わりなんて、僕は信じていなかったけど。異世界に飛ばされるようなことがあるなら、異世界に生まれることも、あるかもしれないね」


 そう言って、エアルは右耳に触れた。そこには小さな石の感触があった。

 エアルは振り返って、明るい声でダリアンに告げる。


「僕が死んだら、この魔石を一緒に燃やして送ってくれ。死後の世界には、何も持って行けやしないけど。君との思い出だけは、傍に置いておきたいんだ。そしてもし、僕がこの世界に生まれるようなことがあったら。この石を目印に、君が僕を見つけてくれ」

「死なせない」


 ダリアンの力強い腕が、エアルを閉じ込めた。


「死なせるものか」

「もしもの話だよ、ダリアン。それに、今でなくとも、僕は必ず君より先に死ぬ」


 ダリアンの腕に力がこもる。エアルはそれを少し息苦しく感じていたが、何も言わなかった。


「もしも……もしも、お前の魂が再びこの世に生まれたら。この世界でなくとも。どこの世界にいたとしても、必ず見つけ出してみせる」

「別の世界にいたら、さすがに無理じゃないか?」

「俺を誰だと思っている。次期魔王だぞ」

「気が早いな」


 そう言って、二人は笑いあった。

 愛しそうに額を重ねて、軽く鼻をすり合わせ、そのままエアルの視界はゆっくりと閉じた。

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