囚われの姫。ってやかましいわ!
□■□
城の聖堂では、儀式の時間になってもハルトが戻らないことにざわついていた。
「まだ戻らないのか?」
「まさか、何かあったんじゃ」
「気にしすぎですよ。ラウルがついているんでしょう」
アルベールが宥めるものの、カインは不安な顔を崩さなかった。
それを見て、アーサーが殊更明るい声を上げる。
「ま、まぁほら、城下が楽しくて時間を忘れてるだけかもしれないしな! その内ひょっこり帰ってくるって」
「ハルトは約束に対して誠実だ。時間に関してもきちんとしている。うっかりで遅れることは考えにくい」
アーサーが眉を下げた。カインの言葉には、この場の誰もが同意する。
だからわかっていた。やむを得ない何かが、あるのだと。
「カイン殿下!」
焦ったような声と共に聖堂に駆け込んできた人物に、全員が視線を集める。
「ラウル!」
そして彼が一人であることに、さっと顔色を変えた。
ハルトと共にいたはずの彼が、一人でいるということは。
「殿下、申し訳ありません。ハルト様が、魔王に連れ去られました」
「魔王に!?」
息を呑んだカインの代わりに、アーサーが驚きの声を上げる。
「おいおいどういうことだよ、魔王が? なんでこの国に? でラウルがついてたのに連れてかれたって?」
「落ち着きなさい、アーサー。ラウルの報告がまだでしょう」
混乱しきったアーサーをアルベールが制すが、その瞳には同じように焦りが浮かんでいた。
カインは深く息を吐くと、努めて冷静に問うた。
「何があった」
「魔王が城下町に来ていて、偶然ハルト様と遭遇しました。会話の内容から聖女を目的に訪れたわけではなさそうでしたが、ハルト様に興味を持った様子で、連れて行くと。警告はしましたが、転移魔法で一気に国外まで出られてしまい、追跡が敵いませんでした。申し訳ありません」
「父上には?」
「国王陛下には既に報告済みです。誘拐されたことに関しては、すぐに声明を出すと。なので殿下たちには、まだ奪還に動くことはせず、暫くは静観して欲しいとのことです」
「父上らしいことだ」
その言葉には、嫌悪とも落胆ともとれる感情が含まれていた。
拳を握りしめたカインに、誰も、何も言うことはできなかった。
□■□
「どうした? 聖女。食べないのか?」
「えーーーっと」
何が起きた。
俺は今の状況が受け入れられなくて、目を白黒させていた。
城下町で拉致られた時には、死すら覚悟したものだったが。
次に目を開いた時には、俺は魔王に抱えられたまま、魔王城にいた。
何だ人質か拷問でもする気か、と威嚇した俺を見て、「腹でも減っているのか」と的外れなことをのたまった魔王は、部下に命じて食べる物を用意させた。
そして食堂に連れて行かれた俺は、テーブルに広がるお茶会セットを呆然と眺めるはめになった。
魔王の膝から。
もう一度言う、魔王の膝から。
「いやなんでだよ!!」
「どうした?」
大声で喚いた俺に、魔王は嫌そうな顔もせず、首を傾げただけだった。
なんだその反応は。俺がおかしいみたいじゃないか。
「なんで俺は魔王様のお膝に乗せられているんですかね!?」
「こうしていれば逃げられないだろう?」
「他にいくらでもあるだろ! 手錠つけるとか! 鎖に繋ぐとか!」
「それでは菓子が食べられないだろう」
「優しさ!! ていうか、これも! 何でお菓子!?」
テーブルの上を指さした俺に、ふむ、と魔王は一つ頷いた。
「男だということは知っていたが、それでも『聖女』だからな。甘い物が好きなんじゃないかと思ったんだが」
「好きですよ、好きですけどね? 別に俺が甘党だってだけで、女っぽいものが好きだから聖女とか、そういうんじゃないですからね?」
「そうか。好みなら良かった」
「都合のいい箇所だけ聞いてる!」
喚き散らす俺を無視して、魔王はテーブルの皿からクッキーを一枚つまむと、俺の口元に差し出した。
「腹が減っているからイライラするのだ。ほら、口を開けろ」
「ぐう……っ!」
やめろ、眩しい笑顔で「あーん」をするんじゃない。
俺がおかしいのか? そうなのか?
歯を食いしばって唸る俺に、何を思ったのか、魔王はクッキーを一口齧った。
おお、なんだ。自分で食うのか。
そうしろそうしろ、自分の分は自分で取る。そっちも好きに食べてくれ。
「ほら」
齧ったクッキーを、魔王は再度俺に差し出した。
いやなんでだよ。食いさし寄越すとか、嫌がらせか。
「毒など入っていない」
思いがけない言葉に、俺は真顔で魔王を見た。
その表情は、別段傷ついたりしているようには見えなかったが。
俺は自分の顔に、どんどん皺が寄っていくのがわかった。
大きく口を開けると、ばくりとクッキーをくわえて、魔王の手から奪い取る。
そのままさくさくと無言で咀嚼する俺を、魔王も無言で見ていた。
「うん、うまい」
そう言った俺に、魔王は数回瞬きをして、ふわりと微笑んだ。
もう気にするのもバカらしくなった俺は、テーブルからマフィンを引っ掴んで、むしむしと頬張る。
おお、ふわふわ。ナッツ入ってる、うま。
こうなったらもう好きに食う。
「聖女よ。名は何と言う?」
「はうと」
「ハート?」
口いっぱいに頬張っていた俺の言葉が聞き取れなかったようなので、俺は全部しっかり飲み込んでから再度口にした。
「ハルト。ハ、ル、ト」
「そうか、ハルトか。俺はダリアンという」
「ダリアン陛下とお呼びすれば?」
嫌味たらしく口にした俺に、魔王は顔をしかめた。
「ハルトはこの国の者ではない。特別に、ダリアンと呼ぶことを許そう」
「へえ、そりゃ光栄なことで」
「嬉しくはないのか? この俺に、気安い口を利いても良いと言っているのだぞ」
不機嫌そうに俺の顎に指をかけると、無理やり目を合わせてくる。
だから顎クイやめろ。なんだコイツ、これが通常運転なのか?
「あのな。俺はお前に無断で拉致られてんだぞ。なんで好意が前提なんだよ。今んとこ好感度マイナスだわ」
吐き捨てた俺に、魔王は心底意外そうに目を丸くした。
大丈夫かこいつ。認知の歪みが甚だしい。
「人間は美しいものが好きだろう?」
「ナルシストか。事実なのが腹立たしいな」
「俺は魔王だ。この世で最も強い」
「へえ。さいで」
「……地位も金もある」
「そりゃ王だしな」
さっきからなんなんだ。
だんだんムスッとしていく魔王に、俺は半眼になった。
褒めてほしいガキか。でも何のために?
そこまで考えてはっとした。そうだ、目的だ。俺をさらったからには、何か目的があるはずだ。
「なぁ、魔王」
「ダリアン」
「魔王」
もう一度呼び直した俺に、魔王はツンと顔を背けた。
ガキか。
俺はわざとらしく、深々と溜息を吐いた。
「……ダリアン」
渋々その名を口にした俺に、魔王――ダリアンは、蕩けるような笑みを浮かべた。
やめろその顔。何が嬉しいんだ。
魔王が喜ぶ度に、俺の心の距離は離れていく。
本当は体ごと離れたいけど腰に手が回ってるから無理。つらい。
「お前、なんで俺のこと連れて来たんだよ。俺ってダリアンから見ると敵だよな?」
「敵? そんな風に考えたことはない」
「は? だって、お前がマベルデ王国の人たちにかけた呪いを解いてるのは俺だぞ」
「それだ」
うっとりと、ダリアンは俺の手を取った。
「今まで俺の魔力に対抗できる者など、一人しかいなかった。魔族にとっては強さが何よりも尊ばれる。聖女などという胡散臭い言葉を聞いた時は殺してやろうかと思っていたが、聞けば男だというではないか。それなら話は別だ」
なんだろう。何故だかすごく嫌な予感がする。
次の言葉を聞きたくなくて、俺は耳を塞ごうとしたが、手を取られていたのでできなかった。
「ハルト。俺の花嫁にならないか」
「なんて?」
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