魔王っていうかBLの帝王って感じ

 □■□


「まいどありー」


 城下町の露店で串焼きを買った俺は、行儀悪く食べながらぶらぶらと街路を歩いていた。

 聖女は役職であり解呪は仕事扱いなので、ちゃんと給金を貰っている。小遣いではない。

 なので俺は俺の金で、こうして気兼ねなく買い食いできるというわけだ。

 カインたちは気軽に接してくれるが、城内では俺は『聖女様』なので、たまには息抜きしたいこともある。そういう時は、こうして城下に下りて適当に過ごす。

 城下町の様子は、やはりゲームのようだった。道具屋があって、飯屋があって、宿屋があって。

 人々は活気づいているし、広場には大道芸人もいて賑わっている。

 でもそこに暮らす人たちはNPCではない。血の通った人間で、俺が話しかければ、お決まりの台詞以外を返してくる。

 この人たちがこうして笑っていられるのは、マベルデ王国が良い国だという証なのだろう。

 つまりカインたちは、信頼できる人間だということだ。

 異世界転移なんて主人公が死にそうな目に遭う話も結構あるので、俺はラッキーだった。飯うまいし。


 串をゴミ箱に捨てて、ぐっと大きく伸びをする。

 さて、何をしようか。

 城へは解呪の儀式までに戻ればいい。まだもう少し時間がある。

 甘いもんでも食おうかな、と踵を返したところで、誰かにぶつかった。


「ぶわっ、っと、すみませ……ん……」


 鼻ぶつけた。でかいな、と思いながら見上げた俺は、思わず身を竦ませた。

 なんだコイツ。でかい。黒い。ていうか、怖い。

 肩口で切り揃えられた漆黒の髪。同じ色の瞳は、獲物を捕捉したような鋭さで俺を見下ろしていた。

 服装は全身黒くマントを羽織っており、この明るい城下町で明らかに浮いている。

 元の世界だったら、一目でカタギじゃないと思っただろう。ヤのつく自由業の人。いや、ビジュアル的にはマフィアかな。

 とにかく関わったらいけないやつだ、と思った俺は、ぱっと目を逸らして距離を取ろうとした。


「ほんとすみませんでした、それじゃ」

「待て」


 ひいいいいい!?

 なんか腕掴まれた! 何!? 俺なんかした!? ぶつかった時に口元の串焼きのソースでもつけた!? ごめんでも黒いからわかんなくない!?

 内心大混乱していると、黒い人の長い指が俺の顎をすくった。せっかく目を逸らしたのに、強制的に顔を合わせる形となる。

 うわこの人もめっちゃイケメン。この距離で見ても毛穴がない。くそむかつく。


「見覚えがある。貴様……聖女か」

「はい?」


 お披露目で俺を見たんだろうか。もしかして呪いをかけられた人?

 じゃ男に見えるけど中身女だったりする?

 だとしたらこのイケメンムーヴはいったい。顎クイなんて男装の麗人にしか許されんぞ。


「えっと、あの……失礼ですがどちら様で」


 問いかけた瞬間、掴まれた腕を強く引かれ、俺は黒い人の胸に飛び込むことになった。

 おいまた鼻ぶつけんだろうが!

 文句を言う間もなく、俺を抱きかかえたまま、黒い人が跳び退る。


「町中でいきなり攻撃とは、物騒だな」

「すみませんねぇ。様子見してる場合でもなさそうだったんで。それに当たらなかったでしょ?」


 耳慣れた声が聞こえて、俺は黒い人に抱きかかえられたまま、精いっぱい首を捻って叫んだ。


「ラウル!」

「はいはい、ラウルですよ。ちょっと大人しくしててくださいね、ハルト様」


 ちらっとだけ見えたラウルが構えていたのは、剣とか弓とかそういうわかりやすい武器ではなかった。なんか小さい刃物。だから音がしなかったのか。

 あれなんて言うの? 暗器? ラウルもしや忍者なの?


 ラウルの登場にさほど驚いていないのは、彼の存在を知っていたからだ。

 そう。最初から、俺は一人ではない。

 本当なら一人で気軽にぶらぶらしたいのだが、俺は既に聖女のお披露目を済ませている。

 さすがにその状態で、一人で勝手に出歩くのがまずいことくらいはバカでもわかる。

 でもあんまり人に気をつかわずに息抜きしたいなーということをそれとなく告げたところ、「なら影から護衛しますよ」とラウルが引き受けてくれた。

 おかげで俺は護衛兵など連れず、見た目は一人で気ままに出歩くことができている。

 影からって言っても、尾行されてるってわかってたら気になるもんだろ、と最初は思ったものだが。

 振り返っても、探してみても、ラウルは全然見つけられなかった。遊び心で撒こうとしてみたこともあったが、呼んだところ普通に出てきた。あれはびびった。

 本当に全然わからないので、今ではいないものだと思って気を抜いて過ごしている。

 そのラウルが出てきたってことは、やっぱこれ有事なのか。


「どういうつもりですか、魔王様。白昼堂々、聖女様に手を出すとは」

「まだ出していない。ぶつかってきたのは聖女の方だ」

「魔王!?」


 叫んだ俺に、漆黒の瞳が向けられる。

 やっべ、驚き過ぎて声に出してた。


「なんだ、知らなかったか」

「や、だって俺会ったことないし。こっち写真とかないし」


 あれ。ってことは俺、今結構ピンチなのでは……?

 魔王からしたら、せっかく自分がかけた呪いを俺が次々解いちゃってるわけだもんな。

 目障りなのでは?

 ざっと血の気が引く。これ、この場で殺される可能性、なくはないのでは。

 いやいやいやでもアルベールの話だと外交! 外交してるんだよな!? 会・即・殺はないよな!?

 ガタガタとスマホのバイブのごとく震え出した俺に、何故か魔王はふっと笑みを零した。

 おい何わろてんねん。見せもんちゃうぞ。


「そうだな。ここで会ったのも何かの縁。まずは互いを知るところからか」

「へぇ?」

「そういうわけだ。聖女は連れて行く。国王には飽きたら返すと伝えておけ」

「おい待て!」


 間抜けな俺の声も、切羽詰まったラウルの声も無視して、魔王はマントを翻した。

 すると足元に魔法陣が現れ、光に目が眩んだ俺は思わず目を瞑った。


「ハルト様!!」


 ラウルの焦った声を最後に、俺と魔王はその場から姿を消した。

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