もふもふ邪神に懐かれた少年は腹黒聖女様のお気に入り

卯月二一

第1話 俺の日常

「何チンタラやってんだくそガキ! 足引っ張ってんじゃねえ」


「がはっ!」


 俺は鉱山監督官かんとくかんに思いっきりられて転がる。岩き出しの堅い地面が追い討ちを掛け、痛みに思わずうずくまる。


「す、すいません……」


「役立たずが!」


 監督官は俺を見下ろし俺の泣きそうな顔を見ると、興味を失ったのかそのまま行ってしまった。


「ヒロト、災難だったな。監督官殿は朝から虫の居所いどころが悪いみたいでな」


 日焼けした太い腕が俺を立たせてくれる。この人はグランさん、この鉱山で労働者たちをまとめているリーダー的なおじさんだ。


「最近、『魔鉱石まこうせき』の産出量が目に見えて落ちとるからの。このままじゃ閉山かもと皆うわさしておる。監督官たちも仕事を失うのが不安なんじゃろうな」


「キノ爺、滅多めったなことを言うもんじゃねえ。連中の耳に入ったらまた『教育房きょういくぼう』行きだぞ、じいの身体にはもうキツいだろう」


「ふおっ、ふぉっ。わしにとっては坑道こうどうの穴の中で死ぬのも、独房どくぼうで死ぬのも大して変わらんがの。この老いぼれと違って若いヒロトは人生これからじゃからな。ここでは、耐えて耐えて我慢して、連中に従うことが長生きする秘訣ひけつじゃよ」


 この鉱山で最長老のキノ爺は物知りで、いろんな事を俺に教えてくれる。いつも余計な事を言って俺同様アイツらに殴られている。ここの監督官というした役人たちは、老人や子どもを虐待ぎゃくたいしてらしをしているムカつく連中だ。


 遠くでガンガンとなべとおたまを打ち鳴らす音が聞こえる。


めしの時間だな。食ったら、セレスに怪我けがを見てもらえ」


「うん。そうするよ」


 ここは所謂いわゆる、強制労働の鉱山だが、わずかながらも食事が出る。前にいたスラムの生活に比べれば、毎日食えるだけでも俺にとっては天国のような場所だ。


「ねえ、キノ爺」


「なんじゃ?」


 俺は食事の配給の列に並び、前にいるキノ爺に質問する。


「穴の中でとれるあのキラキラした石って何なの?」


「それは『魔鉱石』のことじゃな。とても長い長い時間をかけて魔素まそが岩石の中に定着して固まったものだと言われておる」


「ふーん、そうなんだ。それって何かの役に立つの?」


「そうじゃな。魔道具を動かしたり、様々な物の素材にされておるはずじゃ。儂等わしらの使っておるツルハシにも使われておるの」


「だったら、俺たちの仕事って人の役にたってるんだね」


「そうじゃ。儂等の仕事にも意味があるんじゃよ」


「坊主、それだけじゃないぜ。戦争用の人殺しの武器にも使われてるぞ。どっちかと言えば、そっちの目的で国は俺たちに掘らせてるんだがな。俺たちが頑張ればそれだけたくさん人が死ぬってことさ」


「おいおいシルバー、子どもにする話しでは無いじゃろうに」


「俺は正直者なんだよ、爺さん」


「何が正直者じゃ。シルバーお前は、詐欺さぎで捕まってここに放り込まれたのじゃろうが」


「ははっ、そう言えばそうだったな。俺忘れてたわ。そんな爺さんは王都でも有名な『変態教授へんたいきょうじゅ』様じゃねえか」


「へ、へんたい?」


「坊主、キノ爺はな偉い学者様だったんだけどよ。自分の孫くれえの女子学生の着替えやらをのぞくようなエロジジイなんだぜ。運悪く王族のお姫さんの裸を覗いたのがバレちまってここにいるんだよ。なあ、爺さん」


「美しいものをでて何が悪いんじゃ。この国の法が間違っておる。これは見解けんかい相違そういじゃな。まあ、良いものが見れたし後悔こうかいはしとらんぞ」


「こんな変態だけど国への貢献があったからとかで、首はねられずに済んだみたいだけどな」


「そ、そうなんですね」


 何か凄いんだかそうで無いのか分からないのがキノ爺だ。基本的にこの強制労働施設にいるのは、犯罪者の男たちばかりだ。強盗や殺人で極刑きょっけいは辛うじてまぬがれた犯罪者がゴロゴロしているが、知らなければ普通の人たちにしか見えない。俺からするとみんな優しい兄ちゃんやおっちゃんたちだ。


「えっと、グランさんも何かしたんですかね?」


「あ、ああ。あの人は……」


 詐欺師の兄ちゃんが口籠くちごもる。


「奴は英雄様じゃよ。知りたければ覚悟して自分で聞くことじゃ。儂の口からは言えぬな、そんな話しを教会の人間にでも聞かれたら……、最悪死罪しざいじゃ」


 キノ爺が小声で俺だけに聞こえるように言う。


「死罪!?」


「しっ、声が大きいわい。もうこの話しはおしまいじゃ」


 気になるけど命を賭けてまで聞きたいとは思わない。まあ、人にはいろいろあるということなんだろう。


 俺たちの順番が回ってくる。木のうつわにスープを入れてもらいパンをひとつ渡される。


「ヒロト、どうしたんだい? 怪我してるじゃないの、またアイツにいじめられたのね。アタシが文句言ってやる!」


 ミランダさんが俺を見てそう言う。彼女は教会から派遣はけんされているシスターの一人で、世話焼き好きのおばちゃんだ。


「いえ。たいしたことないですから……」


「駄目よ。ちょっと、セレス! ヒロトを診てあげて」


 俺はミランダさんに引きずられて医療用テントに放り込まれる。ミランダさん、そこら辺の男たちより腕っ節は強いんじゃないだろうか。


「いらっしゃーい。君がヒロト君ね。可愛い男の子は大歓迎よ。お姉さんが張り切って治療してあげるわ」


 このセレスさんも教会のシスターさんだ。一週間前にここに赴任ふにんしてきたお姉さんで、鉱山の男たちの注目の的である。しかしこの国における教会の権威は絶大であり、セレスさんに手を出そうなんて普通は考えない。既に三人捕まって何処どこかに連れて行かれてしまったのではあるが、誰もそのことには触れようとしない。多分もう生きてはいないのだろう。


「ミランダさんが大袈裟おおげさなんですよ。こんなのいつものことなんで、ほっとけば治ります」


「この鉱山には人類の知らない未知の病気もあるらしいのよ。小さな傷口から侵食しんしょくして全身をくさらせ……」


「ま、マジですか……」


「嘘よ」


 うっ、だまされた。唖然あぜんとしてる間にスルスルと服を脱がされてしまった。


「あ、あの。全部脱がす必要はないんじゃないかと……」


「君のことは、念入りに調べないとね。うふっ」


 俺は股間こかんを隠しながら抗議こうぎするが、セレスさんは取り合おうとはしなかった。


 この異世界にはハラスメントの概念がいねんが無いことに、俺はひとりウンザリするのだった。

 

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